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村人が世界を救って何が悪い  作者: まよねえず
第二章:囚われの猛獣編
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40. 喪失

 ミネットが姿を消してから三年が経った。

 国王の死が国中に広がり、空気はどんよりと淀んでいた。ココがいる村も、皆暗い表情になっていた。

 十歳になったココは、モントと一緒に城下町での買い物を終え、帰るところだった。

 モントは片手に荷物を持ち、しっかりとココの手を握っていた。


「もう手はつながなくていいって言ってるでしょ、お父さん!」

「たまにはいいじゃないか。それに、最近物騒だからな」


 当時、この国では色々な事件が起こっていた。

 何もない空き家が急に燃えたり、風呂場で溺死した遺体が見つかったり、突然苦しみだした人が病死したりと、ここ数年で何百人と死んでいる。

 確かに、事故に見えることが多いが、風邪の噂では、どの遺体もまるで誰かに殺されたような跡があるということだった。

 それも、事故死に見せるために、細工がされているものばかり。

 体の構造に詳しい人が、かなり隅々まで見てようやく、本当の死因が事故ではないと分かるものばかりであることから、国の新聞では殺し屋の仕業であると結論付けられた。

 それに加えて国王の死。何か関係があるのではないかと、国中は疑心暗鬼になっている。

 そんな危険な街の中を一人で買い物に行かせるわけにはいかないと、毎回のようにココと来ているのだ。しかし、そんな気も知らず、反抗期に突入したココはかなり嫌がっている。

 むすっとした顔でモントと一緒に歩いていると、ふと裏路地の方が気になった。

 立ち止まって視線を移すと、そこはいつもミネットと共に通っていた近道だった。


「どうしたんだい?」

「ミネットお姉ちゃん。どうしちゃったのかな…………」


 ミネットのことを不意に思いだし、悲しそうな顔をするココ。

 モントは何とか励まそうと、ココと同じ目線までしゃがんで微笑む。


「大丈夫だよ。ミネットは強い子だ。それは、ココが良く知ってるだろ?」

「でも、二年も帰ってこないんだよ?」

「確かに心配だけど、必ず帰ってくる。約束したんだろ?」

「うん…………」

「なら、待っててあげよう。いつ帰ってきてもいいように」


 モントは立ち上がると、再びココの手をつないで帰路に着いた。

 それから数か月が経ち、国の情勢はがらりと変わった。

 物価は高くなり、国に治める税金も上昇。更に、狩猟や食料の持ち込みの禁止という、あまりにも理不尽な国の要求に、村中に不満が募っていた。

 この村は狩や森の木の実、植物を集め生計を立てていた。それを禁じられた彼らは、金を集める手段も、食料の調達も絶たれてしまい、どうすることもできなかった。

 そんな生活が長く続き、食料の備蓄も底をつきかけていたある日のことだった。

 ココは小さなパンを細かくちぎり、口に入れると、何度も噛んで、空腹をごまかそうとしていた。


「お父さん、お腹減った……」


 モントは笑って自分のパンをそのままココに渡した。


「お父さんの分は?」

「気にすることはない。お父さんは後で村長に頼んでもらって来るさ」


 それが嘘だということを知らないまま、ココは嬉しそうに頬張る。それを見て、モントは自然と笑みをこぼした。

 すると、家の外が何やら騒がしい。

 モントは何が起きているのか確かめるため、扉を開く。すると、村の中心に村長が座り、その周りを頭に血の上った村人たちが囲んでいる。

 いつものと違う、怒鳴り声を上げる大人たちを見たココは恐怖を感じてモントの裏に隠れる。

 モントは近寄って村長に尋ねる。


「一体何の騒ぎです!?」

「モントか。なに、国王に直接物申しに行こうと思うてな」


 それを聞いたモントは、顔色を変え、珍しく大きな声を出す。


「何を言っているのですか!?国王に反乱した人たちがどうなったのか忘れたのですか!?」

「そんなこと百も承知じゃ!だが、明日には食料が尽きてしまう!そうなれば、皆息絶えてしまう!それだけは避けなくてはならん!」

「しかし…………」


 止まる気配のない村長に、黙り込んでしまうモント。

 村長はそんなモントを見かねて笑って言う。


「何、この老いぼれの命で何とかなるのなら、安いもんじゃろ」


 そこでようやく理解した。村の皆が騒いでいたのは、この生活に対する不満ではなく、村長の身を案じてのことだったのだ。

 しかし、それで本当に救われるのだろうか。それに、村長がいなくなってしまったら、この村は一体誰がまとめるのか。

 モントは未来を考え、不安を抱きながら、これが正しいことなのかと考える。すると、ココがモントの袖をグイっと引っ張る。


「お父さん。私、怖いよ……みんなが変わったみたいで、私が好きな村がなくなっちゃうみたい」


 涙目になりながら、モントに訴えかけるココ。

 その姿を見たモントは決意する。 


(そうだ、こんなの間違っている。国がなんだというのだ。国の好き勝手な理由で、娘を失ってたまるか…………!)


 鋭い眼光で村長を見ると、大きく息を吸って言う。


「私が行きます」


 その言葉に、村長や周りの人が、時が止まったかのように静まり返る。次に発せられたのは、村長の怒号だった。


「馬鹿を言え!お主に万が一のことがあったら――」

「それは、村長も同じことです」


 言葉を遮るモントの気迫に、村長は黙ってしまった。


「あなたがいなくなったら、この村は誰が守るんです?あなたは、この村を守る使命がある。だから、私が代わりに国王へ直接会いに行きます」


 モントは服を掴んで離さないココの頭を撫でながら続けた。


「これ以上、可愛い娘の泣き顔を見たくないんです」


 村長は唸りながら必死に考え、頷いた。


「わかった、認めよう。ただし、身の危険を感じたのならすぐに引き返すのじゃ。この村のことより、お主の命を第一に考えろ。良いな?」

「わかりました。肝に銘じておきます」


 そして、モントはしゃがんで、ココの顔を真直ぐと見る。その顔は、いつも見てる、優しい顔だった。


「そういう分けだ。お父さん、ちょっと行って来るね」


 まただ。ミネットが出て行ったあの時と、同じ感じだ。


「ダメ!行かないで!もう、悲しいのは嫌!!」


 ココはモントに抱き着いて離れようとしない。

 涙を流し、必死にしがみついていると、モントは優しくココを抱きしめた。


「大丈夫。必ず帰ってくる。ココを一人にはしないよ。そうだ、ココが大好きなシャインミートを持って来るよ。そして、できなかったココの誕生日パーティーをしよう」


 モントはまた娘に嘘をついてしまったと、心の中で自分を責める。しかし、ココはいつも約束を守る父の言葉を信じる。


「本当に?本当に帰ってくる?」

「ああ。約束だ」


 自分をだましながら、今にも崩れそうな笑顔を保ち、ココの頭を撫でる。

 

「約束だよ!約束だからね!!」


 モントは泣きじゃくるココを撫でながら、村長に目で訴える。

 それを感じとった村長は縦に首を振った。


「それじゃあ、父さん行って来るね」


 しわが増え、少し硬い手が、頭を離れていく。毎日のように見ていた後ろ姿が、優しくて、大きくて、負ぶってもらった時はあったかくて、触れていると、心が温まる背中が、遠くなっていく。

 何度も追いかけようとした。何度も引き留めようとした。行かないでって言いたかった。

 でも、できなかった。

 父は優しいから。度が過ぎる程優しいから。見ず知らずのミネットお姉ちゃんを自分の家族として受け入れてしまうほど優しいから。

 自分のお腹が減っているのに、平気で噓をついて、食べ物を譲ってくれる食らい優しいから。

 一度決めたら、お父さんは自分の身を削ってでも助ける。助けてくれる。

 それが、お父さんだから。

 涙で視界がほとんど見えない。それでも、見えなくなるまで背中を見続けた。


 数日後、村に新聞が配られた。

 ココは新聞に目を通すとその場に崩れ落ちてしまった。

 自然と大粒の涙が零れ落ちる。

 気が付くと、喉が引き裂けるほど叫んでいた。

 新聞には、こう書かれていた――


『国王への重大な反逆行為を行ったため、モント・シュターンを極刑と処す』


 刑が執行されたのは、この新聞が届く前日だった。

 突然突き付けられた現実に、脳が拒絶しようと痛みだす。

 約束したから。また、いつものように会えると思っていたから。

 突然の別れが受け入れられない。受け入れたくない。

 何度も夢で逢ってくれと願った。しかし、部屋に残る父のぬくもりが、現実であることを突きつける。

 とめどなくあふれる涙は、三日間、彼女を苦しめた――


 父の死が告げられてから、一週間が経った。

 ココの目から、光が失われ、瞼は半分閉じ、一点を見つめて座っている。

 頬は痩せこけ、生きているのか怪しい程、動きもしない。

 すると、家の扉をノックする音が聞こえる。

 しかし、声を出す気力も、迎えに行く気力もないココは何も言わず、動かない。

 再びノックがなり、続けて扉が開く音が聞こえる。

 古くなった足元の板が、重さで軋む音が近づいてくる。

 そして、後ろで足音が止まると、後ろの何者かが、ココの目の前に何かを置いた。

 銀紙に包まれたそれは、良く嗅いだことがある懐かしい匂いだった。

 ココは思わず目を向けて、一心不乱に銀紙を開ける。

 それは、シャインミートのステーキだった。

 そこで、ココは初めて後ろにいる人物を確認した。姿を見たココは、絞り出した涙を浮かべ、かすれた声で名前を呼ぶ。


「ミネットお姉ちゃん――」


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