36. 村のために
森の中を、エイドは血眼になって走っていた。
「はあ……はあ……!」
まるで、何かに焦っているように、周囲を気にしながら走っている。すると、突然何かに気が付いたのか、立ちどまった。
呼吸を整え、気配を探る。少しの音も漏らすまいと、耳を澄ませる。
その時、背後から草を掻き分ける音が聞こえた。
「そこか……!」
エイドは一気に加速して、草を切り分ける。そこには、小さな角を生やしたウサギがいた。
このウサギはコーンラビットといって、繫殖力が強く、作物を荒らす魔獣として有名だ。しかし、エイドはそんなことを知らない。
コーンラビットは、殺気を感じとり、一目散に逃げだす。
「待てえええええええ!」
大きな声を出して、剣を振りかざし死に物狂いで追いかけるエイド。それを、呆れた顔で見ているエアリア。
「あんなに大きな声出したら逃げられるに決まってるのにね」
「エイド兄ちゃんは知性が無い。しょうがないよ」
エアリアと一緒に木の実や食用の植物を集めているヒスイが、心の底から思ったことを口にする。
「ヒスイちゃん、本当にもう大丈夫なの?」
「うん、心配かけてごめん」
ヒスイは申し訳なさそうな顔で謝る。
エアリア達が準備をしていた時、目を覚ましたヒスイは、自分も連れて行ってほしいと言って、今に至る。
ヒスイは周りの反応から、エイドが自分のことを説明してくれたのだろうと知った。
「気にしないで。もしなにかあったら、すぐに言ってね」
「ありがとう」
ヒスイは少しだけ口角を上げてお礼を言った。
その時、遠くの方で炎が上がったのが見えた。そして、少し遅れて爆音が森中に響き渡った。
「全く、あの二人は何を張り合ってるんだか」
エアリアは呆れた様に言う。
爆音の正体は、フラムのものだった。目の前には、煙を上げて倒れる猪のような魔獣だった。
「こいつ食えんのか?まあいいや、持ってくか」
フラムは自分よりも大きな猪の足を掴むと、まるで子供の手を引くように、猪を引きずって歩く。
すると、そこへ五羽のコーンラビットを縄で縛ったエイドが目の前に現れる。
「おっと、やっと一体仕留めたのか?」
「お前こそ、こんだけかかって仕留めたのは、そのちっぽけなウサギだけじゃねえか」
「どっちが多く仕留めれらるかの勝負だろ?質より量だろ。そもそも、お前のそれ、食うとこあんのかよ。上手そうには見えねえがな」
そう、エイドとフラムはどちらが多く食料を調達できるかで勝負していのだ。
「こっちの方が肉的には多いだろうが!それに、まだこれからだ!更に捕まえてやるよ!」
「それは楽しみだね~。ま、俺の方が多いに決まってるけどな!」
エイドとフラムはバチバチと火花を散らしながら睨み合うと、すぐさま次の獲物を捕らえるべく、散って行った。
しばらくの間、森の中は常に騒がしく、あちこちに魔獣と動物が走り回っていた。
その騒ぎに気が付いた飢餓の村の人達は、体を起こして、森の方を眺めていた。
「何の騒ぎじゃ……」
初めて村に訪れた時に、エイド達の前に現れた老人がボソッと呟いた。彼はこの村の村長だ。
森の方で爆音がなるたびに、村の地面が鳴り響く。その揺れに怯える子供達は母の体に身を寄せる。
そして、しばらく様子を見ていると、森の方は静かになった。
「何が起きているのだ……」
村長は、森の方をじっと眺めていると、何やら巨大な影が見えてくる。
それは、森の主とも言える、巨大な猪と闘牛の魔獣だった。
「こ、これは…………」
村の人達は、怯えてその場に腰を抜かすが、走る気力も、悲鳴を上げる気力もない。
「おしまいじゃ……この村も……我々も……」
村長はそのばに崩れ落ちて絶望に打ちひしがれる。
すると、魔獣の方から何やら声が聞こえることに気が付いた。顔を上げると、そこには、昨日訪れた少年達が魔獣の前を歩いてる。
「だから!よく見ろよ!俺の方がでかいって!」
「お前の方こそ、毛のおかげででかく見えてるだけだろうが!俺のがでかい!」
エイドとフラムは睨み合いながら、魔獣を軽々と引きずって歩いている。
その光景に村長は驚きを隠せなかった。
隣を歩くエアリアは村の人達に気が付くと、ぴょんぴょんとはねながら手を振った。
村の入り口の近くに着いたエイド達に、村長は目を丸くして問いかけた。
「こ、これは……お主たちがやったのか……」
「ああ。腹が減ってたから飯取りに行ってたんだ。ついでに、皆の分も持ってきた!」
「肉ばっかりだとだめだと思って、ちゃんと野菜とか木の実も取ってきたんですよ!」
喜々として話すエイドとエアリアに、村長は言葉を失っていた。
しかし、次に飛び出したのは、感謝の言葉ではなく叱責の言葉だった。
「なんてことをしたのだ……!これは、重罪だぞ……!」
大きな声を出した村長は、体力が無いからか、すでに息を切らしていた。
「お主たちの気持ちには感謝する。しかし、見ず知らずのお主たちが、わしらなんぞのために、罪を犯す必要はない……!今ならまだばれない、森に逃げるんじゃ……!」
息を切らしながら、村長は言い切ると、疲労のあまりその場にうずくまってしまう。
エイドは膝を落とし、村長と同じ目線になって優しく語りかけるように言う。
「それなら心配すんな。俺らはもう指名手配犯だ」
エアリアはポケットに入れていた紙を村長に見せる。そして、エイドは続けて言う。
「それに、黙っていったって何も変わらないよ。現状を変えたいなら、行動しないと」
エイドは村長にそう言うと、立ち上がって息を思い切り吸う。
「みんな!!飯持ってきたぞ!!腹減ってるやつは出てこ~い!!」
すると、恐る恐る建物の陰から村人たちが姿を現す。それを見たエイドは腕をまくって言う。
「腕が鳴るね~!」
その頃、袋いっぱいに食べ物を詰めたミネットが、村に帰っている途中だった。
「エイドのやつ、いつの間に私の金取ったんだ?おかげで時間食ったわ!」
愚痴をこぼしながら、木々を縫うように走っていくミネット。すると、村に近づいた時、何やらけむりが上がっているのが見えた。
瞬間、嫌な予感が全身を駆け巡る。
「まさか、あいつらが……!?」
ミネットは更に速度を上げると、物の数秒で村へとたどり着いた。
息を切らして、村の一口で立ち止まると、ミネットは言葉を失って立ち尽くしていた。
目の前には、大きな焚火を囲うように、村人たちが集まっている。その後ろにはたくさんの魔獣と果物が積み上げられていたのだ。
「お兄ちゃん、この肉堅い。センスないよ。ミネット姉ちゃんのほうが美味い」
「な、悪かったな!この三人の中じゃ一番うまい方なんだぜ!?」
エイドは肉を頑張ってかみちぎろうとする男の子に、自慢げに話している。
そこへ、驚いた顔をしたミネットが歩み寄る。
「こ、これはどういうこと……」
「見てのまんまだよ。皆にも飯食わせてやろうと思って」
エイドは固い肉を何とか噛み切ろうとしながらミネットに言った。
ミネットは、嬉しそうに果物や肉を頬張る村の人達をみて、唖然としていた。その理由は、すぐに分かった。
「お前ら、なんてことをしたんだ!!」
突然怒鳴るミネットに、エイドは肉をのどに詰まらせそうになる。
「こんなことをして、ただで済むと思ってんのか!?相手は闇ギルドの連中だ、こんなに派手なことしたらすぐに気づかれる!そうなったら、皆を危険に晒すことになるんだぞ!」
ミネットは泣き出しそうな顔でエイドに訴えかける。
事の重大さに気が付いた村人たちは、さっきまでの笑顔が嘘のように消えていた。
エイドは肉を頬張りながら一言。
「かもな」
と、危機感のないエイドに対して、腹が立ったミネットは、胸倉を掴んで強引に引き寄せる。
それを見ていた村の人達は、少しざわついた。
「知ってて何でそんなことをした!?私のやるべきことは皆を守ることだ!約束したんだよ!」
ミネットが「約束した」という言葉を発した瞬間、怒りとはなにか別に、悲しみを含んだ感情を、エイドは感じ取る。
未ケットは震える手に力を込めて、更にエイドに言う。
「あいつらは、手段を選ばず何でもする悪党だ。それが何人もいる。私は、そいつらの相手をしてるんだ。偽善者ごっこでやってるんじゃないんだよ。私の邪魔をするなら、ここから出ていけ!」
胸のあたりを突き飛ばすように押されたエイドはよろよろと、その場にしりもちをつく。
エイドはゆっくりと立ち上がると、手に持っていた肉を加えて、尻についた砂埃を払う。そして、ミネットを見て言う。
「そんな相手に、お前一人で勝てるのかよ」
その言葉に、一瞬黙ったミネットだったが、顔を上げてエイドを睨みつける。その瞬間、背中に氷を無理やり突っ込まれたような嫌な寒気がエイドを包み込む。
「勝つんだよ。どんな手段を使っても」
ミネットは鋭い眼光で睨みつけながら、腰に下げていた短剣を手に取る。そして、切っ先をエイドの胸に向ける。
「忠告はした。次邪魔をしたら殺す」
その言葉が本気だというのを感じたフラムは、大剣を持ちエイドの側に近づく。しかし、エイドは片手で止めるように指示を出す。
「わかった。ここから出ていくよ」
エイドはそう言うと、村人たちがいる方へ振り返る。
「と言う訳だ、みんなゴメンな!」
村人たちはざわざわとしていたが、仕方がないと納得したのか、再び暗い顔で自分の家に戻っていった。
エイドは持ってきた魔獣たちを持ち上げると、ミネットの隣を通り過ぎる。その時、ミネットに小さい声で言う。
「一つだけ言っておく。お前がやばいことしようってんなら、俺は全力で止める」
「好きにすればいいさ。でも、言ったでしょ。その時は殺すって」
エイドは何かを言いかけたが、口を閉じて、そのまま村を出ていく。その後ろを、エアリア達も暗い表情でついていく。
ミネットは村の入口近くで一人、立ち尽くしてた。
その顔は疲れ切っていて、虚無感を感じさせる。
心が締め付けられ、胸の奥から何かがこみ上げてくるのを感じるミネット。しかし、大きく生きを吸い込んで、こみ上げてくるものを無理矢理押し込む。
胸のあたりに妙な痛みを感じながら、無意識に言葉が漏れる。
「もう、どうすればいいかわかんないよ……おじさん…………」




