34. 飢餓の村
エイド達は、死神の手助けもあって、黒衣装の襲撃から逃れることができた。
どこに向かっているのかを聞いても、死神は答えてはくれなかった。
そして、エイドは一番気になっていたことを聞いた。
「なぜ俺らを助けた?」
死神は黙ったまま立ち止まると、ゆっくりと振り返る。
「気まぐれさ。それと、私は忠告したはずだ。巻き込まれる前にここを離れろと」
それだけ言うと、再び歩き出す。
エイドは歩きながら、死神に聞く。
「あいつらは一体何なんだ?なぜ国が闇ギルドとかかわりがある?」
死神は鼻で笑って答える。
「質問ばかりだな」
「茶化してないで答えろよ」
「着いたら教えてやる」
死神はそう言って再び黙ってしまった。
しばらく歩いたところで、目の前に村のような集落のようなものが見えてくる。しかし、明かりの一つもなく、人気がない。
そして、集落の入り口に着いた時、エイド達は言葉を失った。
そんなエイド達に、死神は悲しそうな声で言った。
「ようこそ。飢餓の村へ」
目の前の村は、お世辞にも村とは言えない程、すたれていた。家のほとんどは、屋根がなく、壁も穴だらけだ。触れれば崩れてしまいそうな程、壁にはヒビが入っていて、地面もからからに乾きひび割れている。
すると、近くの家から声が聞こえてくる。
「飯か……飯を持ってきてくれたのか……?」
今にも消えてしまいそうなカサカサとした、生気のない声と共に出てきたのは、骨と皮だけの老人だった。
服もずたずたに引き裂け、あちこちが泥にまみれている。
その声に引き寄せられるように、瓦礫の陰や家の中から続々と人が現れる。子供や女性、男、そのすべてに共通しているのは、骨に皮が張り付いているだけの、瘦せこけているということだった。
「これは…………」
目の前の状況に思わず言葉が漏れるエアリア。その声はわずかに震えていた。
「見たまんまだよ。これが、今の国がやっていることさ」
死神はお面を外しながらエアリアに言った。その顔は今にも涙がこぼれそうな程、悲しみを含んだ顔だった。
死神は皆に聞こえるように言った。
「皆ごめん!今日は持ってこれなかった!でも、明日は必ず持ってくるから、今日は我慢してくれ!」
死神の言葉に、村の人達は肩を落とし、黙って元居た場所に戻っていった。
エイドは今起きていることを知るために、死神に聞く。
「この国は一体何が起きている?お前は一体何者だ?」
死神は一つ息を吸って、答えた。
「私の名前はミネット。殺し屋さ――」
エイド達はミネットに案内されるがまま後に続く。
しばらく暗い森の中を歩いていると、小さくて簡素な小屋があった。小屋の正面は、崖のようになっていて、木々の隙間から村が見下ろせることから、少し高い所にあるようだ。
「その子を奥の部屋に寝かせてあげて」
ミネットはフードを脱ぎながら、ヒスイを奥の部屋にあるベッドに寝かせるように言う。
フラムは抱えているヒスイをそっとベッドの上に寝かせると、部屋を後にして扉を閉める。
ミネットは人数分のお茶を用意すると、
「聞きたいことがあるんだろ?とにかく座りなよ」
エイド達に座らせるように言った。
座った途端、エアリアはエイドを責めるように声を荒げた。
「ヒスイちゃんに何があったの?」
エイドは頭を抱えて、目を瞑って、言っていいものかと迷っていた。しかし、この状況で言わないわけにもいかない。
大きなため息を吐き、話すことも嫌そうに言う。
「ヒスイは、倒れているところを俺が助けたって言ったよな?」
「うん。前に聞いた」
「ヒスイは、スタルト村に来る前に“闇ギルド”に追われていたんだ」
エイドの言葉に、エアリアは目を見開いて驚いていた。
「そんな………!」
「闇ギルドが人身売買をしてるのは知ってるよな?」
「それは、知ってるけど――」
と、エアリアは言葉をブツリと切られたように黙ってしまった。最悪の出来事を想像してしまったからだ。
「そう。ヒスイは、売られていたんだよ。闇ギルトの連中に――」
その話を聞いたエアリアの目は今にも涙がこぼれそうだった。隣で話を聞くフラムとミネットも黙ってはいるが、その表情は怒りに満ちていた。
「今は、逃げるときにあった事故のショックで記憶を失ってるけど、闇ギルトにつかまってた時のことは覚えていたらしい」
エイドは拳を握りしめ、こみ上げる怒りを抑えながら続けた。
「売られる人材は、子供と女性が多かったらしい。その人材はまるで家畜のように扱われていた。飯は残飯か、人が一度咀嚼して吐き出したものばかり。
女性は男どもに遊ばれ、子供は暴力を振るわれていた。反抗的な子供や女は薬漬けにして、無理やり従わせて――」
「もうやめて!!!」
エアリアは気が付くと、喉が痛むほど大きな声で叫んでいた。
「もう、わかったから…………やめて…………」
震える声で俯くエアリアの目からは、小さな涙が、絶え間なく落ちていた。
すると、黙っていたフラムが低い声で言う。
「事情は分かった。だが、なんで話してくれなかった」
「ヒスイが言っていた。いずれ私から話すから、黙っててくれって」
フラムは冷静さを取り戻すために、一度大きく息を吸う。
部屋の中は空気が重く、しばらくの沈黙が続く。その沈黙を破るように、ミネットが話始める。
「で、世間話は終わったかな?」
「ああ、悪かった」
エイドは一度謝ると、再び改まって聞いた。
「この国のことについて教えてくれないか?」
ミネットは一口お茶を含むと、ゆっくりと口を開く。
「今から二年前、ラットワップ王が死んだ。それが、この国がおかしくなった始まりだった。
ラットワップ王には、子供がいた。当時四歳だった。王が死んだら、当然次の王はその子になる。でも、王になると言ってもまだ四歳の子供だ。国を治められる器じゃない。
そこで、王の代わりに国を統治したのがフェイク大臣だった」
「店のおっさんが言ってたな。その大臣のせいで国がおかしくなったって」
「その通り。大臣は権力を持った途端、とんでもないことを言い出した。それは、国へ治める納税を倍にするということだった。
最初は金だけだったが、次第に農作物も、生産量の半分以上を必ず治めるようにと言いだしだんだ。
そうなると、当然国民他国からの輸入に頼ろうとする。しかし、情報が洩れることを恐れた大臣は、輸出入の禁止令を出した。更に、魔獣の仮にによる食料調達や野生の植物に手を出すことも。
当然、国民たちは黙っていなかった。何度も抗議したが、大臣にかわって言うのはいつも王。その王に対する抗議となると、反逆罪になる。
大臣は抗議する国民たちを片っ端から反逆罪で捕らえていった。次第に、権力に屈した国民たちは、国に対して反発することもなくなった。
食料の大半を国にとられ、生きるための資金も持っていかれる。満足に食べ物も与えられず、金もなくなった人たちは、城下町から離れ、この村に流れて行った。そして、今に至るってわけ」
エイドは吐き気がするような話に、怒りに震え奥歯をかみしめる。
「それはわかったんだが、何故、闇ギルドが絡んでくる?」
フラムの問いに、ミネットは答える。
「国の衛兵たちは、大臣が実権を握った瞬間に全員解雇させられたんだ。
大臣は新たに自分だけの軍隊を作り出そうとして、手を出したのが闇ギルドだ。
そして、真っ先にその情報を嗅ぎ付け、近寄ってきたのがあいつら、《狂った道化師》だ」
「やっぱりそうだったのか……」
エイドが呟いた後に、慌てた様子でフラムが言う。
「おいおい、《狂った道化師》っていやあ、あの三大闇ギルドの一つじゃねえか」
「そこまで知ってるなら、この国が今やばいってことはわかるよね」
ミネットはそっとティーカップをテーブルに置きながら言った。
十数もの闇ギルドが存在するが、その中で特に危険視されている闇ギルドが三つある。
《狂った道化師》《亡霊の騎士》《血を貪る鬼》
この三つの闇ギルドを総じて“三大闇ギルド”と呼ばれている。しかし、《亡霊の騎士》は十年ほど前に、最強の冒険者、アルフレッド・アダマスによって解体されている。
《血を貪る鬼》はギルドマスターである男が、一〇〇年も前に自首していて、今は残党がちらほらと活動しているくらいで目立った脅威はない。
つまり、今闇ギルドの中で最も脅威となるのが、《狂った道化師》ということになる。
そのことに気が付いたフラムは頭を抱えて大きなため息を漏らす。
疲れ切った顔をしたエイド達を見たミネットは、席を立つ。
「今日はもう遅いから、特別に泊めてやる。そして、日が昇る頃にはこの国から出ることだ」
そう言うと、フードを着てどこかへ行こうとするミネット。
「ちょっと待て、どこ行く気だ?」
慌ててエイドが止めると、ミネットはうんざりとした顔で答えた。
「悪党狩りさ」
「悪党狩りって、殺すのか?」
「君には関係ないでしょ」
「…………最後に一つだけいいか?」
「何?こう見えても私忙しいんだけど」
少し苛立ちを含んだ様子で返すミネットに、エイドは真剣な顔で聞いた。
「お前は、味方で良いんだよな?」
その問いに、ミネットは迷うことなく答える。
「それは君たちが決めることさ」
そう言い残して、ミネットは暗闇の中へと消えてしまった。
取り残されたエイド達は、疲労もあって言葉も出ない。
エイドはエアリアとフラムに言った。
「今日は、あいつの言葉に甘えてここで寝よう」
エイドの言葉でようやく動き出したエアリアは、何も言わずに地面に横になる。それに続いて、フラムも倒れるように仰向けになる。
エイドは自分も横になり、これからのことを考える。そんなことを考えているうちに、意識を失うように眠りについてしまった。




