33. 真夜中の強襲
シャワーを終えた二人は、眠りに入るため準備をしていた。
「明かり消すぞ」
「うん」
エイドはランタンの明かりを消すと、床に横になった。
ごつごつとした感触を全身に味わいながら、目を閉じる。
しばらく沈黙が続き、眠れない時間が続いたその時。
「もう寝た?」
「まだだ。この固い床ですやすや眠れるかよ」
短い会話を終えると、再び沈黙が訪れる。そして、再び。
「もう寝た?」
「まだだ」
再び沈黙が続き、再び――
「もう寝た?」
「寝れるか~!!!」
エイドは思わず大きな声で怒鳴ってしまう。そして、隣の部屋から壁を叩く音が聞こえてくる。
すると、エアリアは改まったようにエイドに聞いた。
「ねえ、エイドのそのネックレスどうしたの?」
「ああ、これか。これは大事な人からもらったんだ」
エアリアはその話に興味を持ったのか、ベッドから顔を覗かせ、エイドに聞く。
「ねえ!誰から貰ったの?女?女か?」
まるで友達とのお泊りをする子供のようなテンションで話しかけてくるエアリア。
「そこ重要か?」
「重要でしょ!あんたに女がいるなんてありえないもん!」
「そこまで言わなくてもいいだろ……」
エイドはそのネックレスをもらった当時のことを思いだしながら答える。
「かわった女の人だったよ。ちなみに、めっちゃ綺麗だった」
「うっそ――」
エアリアが大きな声を出そうとした瞬間、エイドは慌ててエアリアの口を押えると、指を口の前に持ってきて静かにするように合図する。
「そ、それで、その女の人って誰なの?」
冷静さを取り戻したエアリアは口をすぼめながら聞いた。
「俺も詳しくは知らねえけど、冒険者だって言ってたな。なんか、仕事に疲れたって。それで、話してるうちに仲良くなってな。ガキの俺には理解できなかったけど。そんで、彼女が村を出るときにこれ貰ったんだ」
「へ、へえ……冒険者なのに、仲良くなったんだ?」
「冒険者としての彼女は嫌いだけど、人としては良い奴だからな」
「そ、そうなんだ。も、もも、もしかして、その人のこと好きになっちゃったとか?」
うわずった声で尋ねるエアリアにエイドは呆れた様に答える。
「なんでそうなる?」
「べ、べべ、別に!気になっただけだし……」
「まあ、その人のことは好きだけど」
「ええ!?好きな――」
大声を出そうとするエアリアの口を、またしてもエイドは急いで抑える。
「そ、それで、その人が好きって……」
「ああ。あの人凄い良い人でさ。村の手伝いとか凄いしてくれてさ。それで言ったら、お前も同じだろ」
「わたし?」
「他に誰がいる?冒険者としてのお前は嫌いだけど、エアリアは好きだ。それと同じだろ」
予想外の言葉にエアリアは顔が熱くなるのを感じていた。これが何なのかはわからない。急に鼓動が早くなる。胸が苦しくなったような、変な感じがする。それなのに、嫌な感じはしない。
訳の分からない現象に戸惑っているエアリアに、エイドは言う。
「もういいか?明日も早いんだ。早く寝るぞ」
そして、エイドはエアリアに背を向けるように横になったその時だった。
「床じゃ寝れないでしょ?ベッドで寝る?」
小さい声でエアリアは言った。
「なんだ、譲ってくれるのか?」
「違う!それじゃあ私が寝れないでしょ!」
「じゃあ、どうしろって――」
エイドは言い終わる前に、言葉の意味を理解した。同時にエアリアは言う。
「一緒にだったら、寝れるじゃん……」
と、言い終わった後に、エアリアは自分が言ったことに気が付いて、顔を真っ赤にする。
ベッドはエアリアが仰向けになってすべて埋まってしまうほど、面積は少ない。そこで一緒に寝ようなどと、今までの自分からは考えられなかった。
(私は一体何を言っているんだ!?それに、こいつに何でこんな緊張してるんだ?)
エイドは黙っているエアリアに戸惑ったように再度問う。
「ほ、本当にいいのか?」
「もう、いいって言ってるじゃん!」
(だから何でいいって言っちゃったの!?)
自分の心とは裏腹に、言葉が飛び出してしまうことに、エアリアは混乱していた。
一度落ち着こうとしたその時、咳ばらいをして、そっと布団に入ってくるエイドに、更に鼓動が早くなる。
「こっち向くのは禁止」
「わ、わかってる」
二人の間に沈黙が続く。しかし、なんて声を掛けていいのかもわからず、お互いは顔を赤くしながら相手の出方を伺っている。
布団なら寝れると思ったが、こっちの方が気になって眠れないと、ギンギンに目を見開いたエイドは何とか落ち着こうと深呼吸をする。その時、エアリアの背中が触れる。
「「ひぃ!!」」
二人は変な声を上げると、何事もなかったかのように黙りこんでしまった。
エイドは何とか離れようとするが、これ以上離れると、落ちてしまう。だから、落ちないようにと体勢を直すと、エアリアの背中に触れる。
ビク!と反応していたが、エアリアは何も言わなかったから、エイドはそのまま背中を付けたまま目を瞑る。
背中越しに、エアリアの体温と、心音が伝わってくる。更に、エアリアが少し体を動かすと、ふわりと柔らかく、いい香り漂って来る。
何度も寝ようとするが、悶々とした時間が過ぎていくだけだった。
(このままじゃだめだ!倫理上良くない気がする!)
エイドは決心して、エアリアに言う。
「な、なあ、俺やっぱり床で――」
刹那、頭が割れそうな程、圧力がかかったような嫌な感覚が襲う。
その気配は、窓の外からだと気が付き、目を向けた。
――バリンッ!!と窓が割れる。
破片の共に、黒い衣装に身を包んだ人影が、エイドとエアリアの上に覆いかぶさるように飛び込んでくる。その手には、ギラギラと輝く、湾曲した刃物が握られていた。
エイドはエアリアが被っていた布団を強引に引きはがすと、黒衣装の人物の目の間に広げる。
視界を覆われた黒衣装は、なりふり構わずナイフに全体重を乗せてそのまま、エイドがいたところに突き刺す。
ブスッ!と、布が裂ける音が聞こえるが、手ごたえはない。
黒衣装が外したと気が付いた時には、すでに遅かった。
いつの間にか、ベッドから飛び降りていたエアリアが、布団越しに黒衣装の頭を狙い蹴りを入れる。
足は美しい軌道を描きながら、吸い込まれるように頭を捉えると、ミシミシと音を立てながら、蹴りぬいた。
黒衣装はエイドのすぐ目の前を通り、壁に張り付くように叩きつけられると、ずるずると地面に落ちていく。
「流石勇者様。悪党には容赦ないね~」
「レディの寝込みを襲う奴なんて、悪党じゃなくても容赦しないわよ」
エアリアの言葉に殺意がこもっていることに気が付いたエイドは、もう変なことするの止めようと思った。
気を失っている黒衣装に近づいたエイドは、ナイフを取り上げる。そして、覆面を強引にとると、エイドは目を疑った。
その後ろから、不機嫌そうにエアリアが言う。
「いったい誰なのそいつ。もしかして、死神の刺客とか?」
「いや、違う……」
エイドは、心臓を締め付けられるような嫌な感じがしていた。
冷や汗を流しながら、エイドは震えた声で言う。
「この国の衛兵だ。そして、“闇ギルド”の一員だ」
目の前で倒れている男の首筋には、確かに道化師のタトゥーが刻まれた。
闇ギルド。金さえもらえば人身売買に違法薬物の取引、暗殺や人殺しと、法を逸脱した行為を平然と行う、犯罪者の集団だ。
冒険者が集まるギルドが正義だとすれば、犯罪者が集まる闇ギルドは悪と言えるだろう。
国が血眼で調査を行っても痕跡も残さず、煙のように消えてしまう。故に、中々とらえることができないのだ。
今では、一つの社会問題として取り上げられるほど、闇ギルドは危険な存在なのだ。
エアリアは状況が飲み込めないのか、混乱した様子でエイドに聞く。
「衛兵?闇ギルド?どいう事!?」
しかし、エイドの耳に届いていないのか、慌てた様子で扉を見る。
すると、勢いよくフラムとヒスイが扉を開けて入ってきた。
「おい、大丈夫か!?すげえ物音が聞こえて――」
「ヒスイ!今すぐ外に出ろ!」
ヒスイに対して怒鳴ったエイドを見るのが初めてだったエアリアは、只事ではないということに、ここで気が付いた。
エイドはヒスイに忠告したが、少し遅かった。
ヒスイの視線は、吸い込まれるように倒れる男に向かって行く。
音が聞こえなくなっていき、自分の心臓がはちきれそうになる。呼吸が早くなり、首筋のタトゥーに目がいった瞬間。
「おぉえぇえええぇえ!!」
胸からこみ上げる気持ち悪さを抑えきれずに、うずくまり、胃の中のものをすべてぶちまけてしまった。
「ヒスイちゃん!?」
「大丈夫か!?」
フラムがヒスイの肩に手をそっと添えると、何かに怯えるように、何かに怯えていた。
状況が理解できないフラムはパニックになり、エイドに怒鳴りつける。
「おい、これはどういうことだ!」
「とにかく、今はヒスイを連れて――」
言葉を遮るように、背中の方に意識が集中していく。同時に、キィン!と、糸をはじいたような音と、何かがこちらに向かって風を切る音がフラムの耳に届いた。
鍛冶氏をやっていたフラムには何が向かってきているのかが分かった。
この音は、弓が放たれた音だった。
「伏せろ!!」
フラムの言葉から、エイドは何かが飛んでくると理解した。しかし、このまま良ければ、目の前にいるヒスイに当たってしまう。
エイドは、咄嗟に後ろにあった机を、背中を向けたまま蹴り上げる。
放たれた矢は、宙を舞う机に突き刺さると、わずかに貫通して、エイドに当たる前に床に落ちる。
しかし、それは相手の罠だった。
机の陰で見えなかったが、窓の外から投げ込まれたであろう魔法水晶が宙を舞っていた。
「逃げるぞ!!」
エイドの言葉に、フラムとエアリアが一斉に動き出す。エアリアは、乱雑にエイドと自分の武器だけをとって部屋を飛び出そうとする。
しかし、それよりも早く、魔法水晶は強い光を放つ。
爆音と共に激しい熱風が巻き起こる。エイドはエアリアを守るように後ろから抱き着くが、爆発の勢いを殺せず、転がるように部屋を飛び出す。
背中に焼けるような痛みを感じながら、エアリアの安否を確認する。
「大丈夫か?」
「うん、ありがとう」
キョトンとした顔のエアリアを強引に立たせると、
「とにかく、今は逃げるぞ!」
エアリアの腕を強引に引くようにして、廊下を走る。
フラムも気を失っているヒスイと装備を抱えて合流すると、宿の入り口をけ破る。
しかし、目の前には何十人もの黒衣装が待ち構えていた。
エイド達は足を止めて後ろに下がろうとする。しかし、背後にも黒衣装が回り込んでいた。
「どうする、エイド」
フラムは苦笑しながらエイドに判断をゆだねる。
「決まってるだろ。お前はヒスイを守れ。俺とエアリアで何とかする」
エアリアは黙ってエイドに聖剣を渡して、《フィオーレ》を抜く。
エイドも聖剣を構えると、腰を低く落として攻撃に備える。
エイドは足をわずかに後ろに下げたその瞬間だった――
黒衣装の先頭が、地面を這う影のようにエイドの喉元目掛けて襲いかかってくる。
エイドは剣を振るって迎撃しようとした――
「目を瞑れ」
女の声が聞こえると、エイド、エアリア、フラムは直感的にその言葉を信じて目を瞑る。同時に、目に前に目が焼ける程の閃光が放たれ、鼓膜が痛むほどの破裂音が響く。
エイドは音に顔をしかめると、肩を叩かれる。目を開けると、お面を被ってフード被った女がいた。
「死神…………!」
エイドが声に出そうとした瞬間、死神は人差し指を顔の前に持ってきて、静かにするように言う。
死神は顎で合図を出すと、エイドはその意図をくみ取り、近くにいたエアリアの腰に手を回し、一気に担ぎ上げる。
「ちょっと、なに!?」
エアリアが目を開けた時には、黒衣装の人たちは、半数が意識を失い、半数は目を抑えてうずくまっていた。
エアリアの声に気が付いたフラムは目を開け、現状を把握すると、何も言わずにエイドの後を追う。
その様子を離れた家の屋根から見ている影があった。それは、大臣と話をしていた男だった。
「やっぱ出てくるよな~死神……」
男は笑いながら呟くと、家から飛び降りて、闇に姿を消した。




