32. 運命のくじ引き
少しじめじめとした暗い部屋の中、エイドはベッドの上で横になっていた。
枕元にある机の近くにあるランタンのおかげで、何とか明かりを保っていると言ってもいいほど、部屋の中は暗かった。
窓は曇っていて、外の景色はほとんど見えなかった。
エイドの周りには退屈そうにエアリア、フラム、ヒスイが座っていた。
すると、眠っていたエイドがゆっくりと瞼を開ける。
「……ここは?」
大きなため息交じりにエアリアが説明する。
「宿だよ。覚えてない?死神にビンタされて気を失ってたんだよ」
「あ~そうだったな」
「そうだったな~じゃないわよ!ただでさえ、少ない資金を取られたんだよ?」
声を荒げるエアリアに、ポケットに入っていた袋を雑に放り投げる。
エアリアは慌てて受け取ると、その中身はみんなで分けた時よりも多く硬貨が入っていた。
「こ、これどうしたの!?お金取られたんじゃなかったの!?」
「取られたのは、お金と思わせるための偽物。その金は戦ってるとき隙だらけだったから取った。あっちから仕掛けたんだ。取られたって文句はいえないだろ?」
その話を聞いていたフラムは笑っていた。
「意外ときようだなお前」
と、言った直ぐ後にあることに気が付いたフラム。
「ってことは、俺らは何のために死神を追いかけたんだ!?」
「その方が相手も袋の中がお金だって信じるだろ?」
エイドの言葉に、フラムとエアリアは大きなため息をついた。
そんなことを気にすることなく、エイドは軽々とベッドから出ると、部屋の中をなめるように見渡す。薄気味悪さに、眉間に皺を寄せる。
「ていうか、この部屋なんなの?俺らはいつから秘密結社になったんだ?」
「文句言うな。お前も知ってるだろ?この国、異常に物価が高いんだよ」
フラムに言われたエイドは、店員のおっさんの言葉を思い出した。
確か、大臣がこの国を治めるようになってからこうなったとかどうとか。
しかし、それがわかったところで、自分たちにはどうすることもできないと、エイドは深く考えなかった。
「なるほどな。なら、早いことこの国から出ようぜ」
「スイーツを堪能できてないけど、仕方ないわね」
「究極の卵かけご飯、食べたかった」
エアリアとヒスイは見るからに落ち込んでいたが、仕方ないと了承してくれた。
すると、フラムが咳払いをしてみんなの注目を集める。
「それでなんだが、実はな――」
「「二部屋しか借りれなかった!?」」
エイドとエアリアが声をそろえて大きな声を出してしまう。すると、隣の部屋からドンドン!と、壁を叩く音が聞こえて、二人は肩を震わせ驚いた。
「どういうことだ、四人いるのに二部屋しか借りれないって」
「しかも、一人部屋じゃない!」
二人から言葉を浴びせられるフラムは申し訳なさそうな顔をして困っていた。それを、ヒスイは兄弟げんかを見ている母のように、やれやれと、いった表情で苦笑していた。
「とにかく、ないものはないんだ!」
「「そんな~……」」
エイドとエアリアはその場に崩れ落ちる。すると、ヒスイが隣から口を出す。
「そうなると、誰が誰と寝るかが問題になるね」
瞬間、エイドとエアリアの全身に雷が落ちる。その衝撃は一気に脳内を駆け巡り、知能指数を底上げさせる。いくつかの可能性を導き出した二人は、とうとう行動に起こす。その間、わずか一秒に満たない。
「ヒスイ!今日は一緒に寝るか!」
「ヒスイちゃん!今日は一緒に寝よう!」
二人の思考は、くしくも一致していた。
当然だ。エイドとフラムのペアは、男二人でこの狭い部屋にいたら、むさくるしくて気がくるってしまう。
次に、エアリアとエイドのペアだ。これは倫理上良くない。男二人よりも、絶対に避けなければならない可能性だ。
となると、残る選択肢は――
(妹的存在と一緒に寝るしかない!)
(同性の子供と一緒に寝るしかない!)
同じタイミングで誘った二人はお互いに睨み合っていた。
「おいおい。何を言っているんだエアリアよ。こいつは俺の妹的存在だぞ。俺と寝たいに決まっている。さっさとあきらめろ」
「そっちこそ何を言ってるのかしら?ヒバナちゃん口説いておいて、そんなこと信用できる?無理にきまってるわ。諦めるのはあんたの方よ」
「やっぱお前口説いてたのか!」
今にもエイドにとびかかりそうになっているフラム。
「馬鹿、前も話しただろ!あれは誤解だ!それにいいのかヒスイ、こいつの寝相の悪さを知っているだろ!?だったら、自ずと答えは出るはずだ!」
エイドはフラムの誤解を解きながらも、ヒスイへの説得もかかさない。
「そ、そんなことないよね!それに、エイドだっていびきかいてうるさいじゃん!」
「それは鼻が詰まっていたからな!今は詰まってねえし!」
と、お決まりの言い合いが始まってしまって、ヒスイは大きなため息をついた。そして、一度だけ両手を合わせてパン!と鳴らす。
その音は、直接頭の中に響くように、強烈に響いたような感じがした二人は、冷静さを取り戻し、ヒスイの方を見る。
ヒスイはいつも通りの冷静さで、三人に提案した。
「くじ引きにしよう」
その言葉に、三人は納得して頷いた。そして、ヒスイが用意した棒を三人はじっと見つめる。鼓動が早まる。《第六感》を極限まで発揮して、エイドは勢いよく引いた。その結果――
「「なぜこうなった……」」
エイドとエアリアは、俯きながら生気の感じられない抜け殻のようになっていた。
「は~……こうなったらしょうがない。私、先にシャワー入るね」
この部屋には、幸いシャワールームが付いていた。
エアリアは着替えを持ってシャワールームに向かう。そして入ったと思ったら、首だけを出してこちらを見つめる。
「なんだよ」
「見るなよ」
「誰がお前の裸見るんだよ!さっさと入れ!」
エイドは近くにあった枕をエアリア向けて投げるが、その前にエアリアはシャワールームに入ってしまった。
そして、エイドは床の上に仰向けになってエアリアが上がるのを待つ。
悲鳴が一度聞こえた後、何かぶつぶつ言っていたが、聞かないふりをしていた。
エイドは天井の一点を見つめながら、この国のことを考えていた。
この国はなぜこんなにも物価が高くなってしまったのか。そして、あの衛兵とは思えない男たちの態度。それに怯える街の人。正体不明の死神――
エイドは自分の手を見て思いだす。
「…………柔らかかったな」
「何言ってんの変態」
いつの間にかシャワーを終えていたエアリアに、エイドはビク!と驚く。
「だ、誰が変態だ!」
「顔がそう言ってた…………って何ジロジロ見てんのよ」
風呂上がりのエアリアを見て、その可憐さに目を奪われていた。髪を拭いているエアリアの服は、
少しサイズが大きいのか、ゆったりとして、胸元が見えそうになっていた。
エイドは少し顔を赤らめて視線を逸らし、初めて会った時もこうだったなと思いだす。
「お前は風呂に入ると別人になるのか?」
「は?わけわかんないこと言ってないで、さっさと入りなよ」
エアリアは少し不機嫌そうな顔でエイドの後ろにあった椅子に座る。
エイドもエアリアに言われるがまま、面倒くさそうにシャワールームに向かう。
入っていくのを見たエアリアは、顔を赤らめてボソッと呟いた。
「少しは興味持てよ……バカ…………」
吹いたタオルを机の上に置こうとした時、机の上に青色に輝く宝石が付いたネックレスが置いてあった。
見れば見る程、吸い込まれそうな輝きをしている。
思わず手に取ったエアリアはまじまじと見つめる。
(そういえば、エイドの部屋に飾ってあったっけ)
エアリアは、エイドの部屋に大事そうに飾ってあるのを思い出す。部屋の汚さに反比例し、このネックレスだけ綺麗にしてあったから、印象に残っていた。
村を出た後も、身に着けることはなかったが、大事に持っていた。
きっとエイドにとって大切なものなのだろうと、そっと机に戻す。
「ひゃっ!冷てぇ!どうなってんだ!」
シャワールームからエイドの悲鳴が聞こえてきて、エアリアはくすっと笑みをこぼした。




