30.《ラットワップ》
村を出発して一時間ほど魔導車に揺られていると、目的地らしきものが見えてきた。
遠くから見ただけでも、多くの建物が密集している。その中で、城壁に囲まれたひときわ大きな建物が見える。あれが《ラットワップ》の城だろう。
「やっと見えてきたな」
「待ってろよ~!私のスイーツ!」
運転するフラムの隣をいつの間にか歩いているエアリアは、期待に満ちた笑顔で両手の拳をつきあげている。
「お?そろそろか?」
ヒスイとチェスをしていたエイドは、外の様子を見ながら駒を動かす。その一手に、ヒスイは顔をしかめている。
「負けた……もしかして、わざと長引かせてたでしょ?」
「まさか。俺にそんな知性があるとでも?」
エイドはごまかすように笑って外に飛び出していく。
ヒスイは少し機嫌悪そうにしながらチェスを片付ける。
しばらくして、街の入り口にやってきたエイド達は目を輝かせて口を開けていた。
街の中心に伸びる一本の道。その両脇にはたくさんの店が並んでいる。その店のどれもが、何らかの食べ物を並べている。
入り口を一歩超えた瞬間、全身を殴られたと錯覚するほどの香りが漂って来る。甘い果実の香りに、あまじょぱい料理の匂い。鼻をくすぐる香辛料のような匂い。人間の食欲を最大限にかき立てるような匂いに、エイド達の腹が同時になった。
「これが、豊穣の国か……想像以上だな」
そう呟くフラムの口の中は唾液であふそうになっていた。その隣にいるエアリアは滝のように涎を流していた。
「それじゃあ、ここからは別行動にしよう」
「そうだな。それじゃあ、四時に街の集合ってことで。宿は俺が取っておく。この魔導車も置いてこなきゃならないしな」
ヒスイの提案に賛成するフラム。
「それじゃあ、軍資金を配ろう!」
エイドは袋から所持金を取り出し、全員に配る。
「それじゃあ、解散!」
エアリアの掛け声に全員はそれぞれの目的のため、街に向かう。
エアリアはスイーツを探しに、エイドは街をぶらぶらとし、ヒスイは卵かけご飯を求め、フラムは鍛冶屋に向かって行く。
街の中は思っていたよりも人の数が少なく、《ロドゴスト》よりも比較的に歩きやすかった。
エイドは街の中をぶらぶらとしていると、店の男の人に声を掛けられる。
「いらっしゃい!もしかして、冒険者かい?」
「あんな奴らと一緒にしないでくれ」
「そ、そうかい………」
冒険者という言葉に反応したエイドは店員を睨みつけると、店員は気圧されてしまった。
「それはそうと、これ食ってかねえか?」
そういって見せてきたのは、店の前に並べてあったフルーツだった。見た目はリンゴのようだったが、表面は水風船のようにプルプルと艶が出ていた。
「これは?」
「アクアップルっていってな、普通のリンゴよりみずみずしく、ゼリーのように柔らかくて甘みが強い果物なんだ」
「へえ、美味そうだな!一つくれよ」
「毎度!銅貨五十枚だ!」
「五十枚!?」
あまりの値段の高さに、エイドは思わず大きな声を出してしまった。
「普通のリンゴでも銅貨二枚だぞ!?」
「悪いな。今景気が悪くてよ。最近じゃ観光客も減って、こっちもギリギリなんだ」
その話を聞いて、エイドは村の話を思い出した。
「もしかして、死神とかいうやつの噂が原因か?」
店員は一瞬面食らった顔をしたが、周りの目を気にしながら小声で言った。
「それもそうだが、根本はこの国王さ」
「国王が何かしたのか?」
「実は、先代の王がなくなって、今の国王はその息子が引き継いでるんだが……まだ十歳というわかさでな」
「そりゃあ大変だ」
エイドは買ったアクアップルを頬張りながら、話を聞く。
「王と言ってもまだ子供だ。右も左もわからんさ。その王の代わりに、今は補佐の大臣がほとんどの仕事を担ってるってわけだ」
「で?それが景気悪いのとなんか関係あるのか?」
「実はその大臣が――」
店員が話の続きを話そうとしたその時だった。
「お~っと、見ない顔だね?何の話をしてるのかな~?」
声を掛けられたエイドは振り返る。そこには衛兵の格好をした見るからにガラの悪そうな男が二人いた。
そして、どういう分けか、男二人を見た店員は怯えたように黙り込んでしまう。それに気が付いたエイドはここは余計な事を言わないのが吉だなと、判断する。
「この果物が美味かったんで、どこで採れたか聞いてただけっすよ」
エイドは適当に答えると、衛兵は呆れた様な顔をしていた。
「この果物のどこが美味いんだか。甘ったるくて胸焼けしちまうぜ」
そういってアクアップルを一つとると、足元に落とし踏みつぶしてしまう。その様子を、隣にいたもう一人がけらけらと馬鹿にしたように笑う。
すると、衛兵はエイドを睨みつけるようにして言う。
「一つだけ忠告しとく。この国では騒ぎを起こさねえことだ」
そう言い残してその場を去ろうとする衛兵に、エイドは低い声で言う。
「おい、このおっさん、家計が厳しいって言ってんだ。その足の裏に食べさせた分の金置いてけよ」
すると、店員は余計なことを言うなと言わんばかりの顔でこちらを見ている。しかし、エイドも怒りがこみ上げていてこのまま引き下がることはできない。
衛兵はゆっくりと振り返ってエイドを睨みつける。
「何言ってんだお前。俺はただ落ちてたそれを間違って踏んじまっただけだ。悪いのはそいつだろ?」
「そうだったのか?俺はてっきり、足に口があるから落として踏んだのかと思ったよ」
エイドは明らかになめきった態度で衛兵と会話をする。それが気に障った衛兵は怒りに満ちた表情になる。
「おい、俺らをなめてんのか?この国に仕える衛兵だぞ?どうなるか分かってんのか?」
「なんだ、衛兵だったのか?チンピラがコスプレしてるもんだと思ったぜ」
更に煽られる衛兵はこめかみに血管を浮き上がらせるほど怒りに満ちていた。
「わかった。てめえを国家反逆罪で死刑にする」
「それを決めんのは王様だろ」
いたって冷静なエイドのとどめの一言で、完全にキレてしまった衛兵は腰に掛ける剣を抜いて、エイド目掛けて振りかかる。
エイドは相手を睨みつけながら、腰に下げる聖剣に手を添える。
雄たけびともに、男が雄たけびと共に剣を振り下そうとした、その時だった。
衛兵後ろから風を切る音が鳴る。刹那、背筋が凍るほどの寒気が襲う。
「やめときな」
そこにいたのは黒いフードに身を包み、お面を被った姿の人物。
「死神…………」
エイドは驚いた表情で呟く。死神が実際にいたこにではない。いつの間にか衛兵の背後を取っていた、そのことに驚いていたのだ。
周囲には気を張っていたが、死神の気配を全く感じなかった。そう思ったら、目の前に現れた瞬間、見るものすべての動きを封じる程の殺気を放つ。
こいつは紛れもなく死神だと、直感が言っているのだ。
「て、てめえがなんでここに――」
衛兵が言葉を発した瞬間、背中にナイフを突き立てる。
「黙って消えろ。じゃないと、二度と女を抱けないようにしてやるぞ?」
死神の声そのものがナイフのように鋭く、衛兵の耳を通り、脳に突き刺さる。
衛兵は冷や汗を流し、呼吸が荒くなる。そして、ついには振り上げた剣を下し、鞘に戻す。
「い、行くぞ!」
「う、うっす!」
もう一人の衛兵に怒鳴ると、城の方へと戻っていった。
それを見た店員は汗を拭い、大きなため息を吐いた。
エイドはしばらく死神に警戒していると、こちらに向かって来る。すると、ポケットに手を突っ込むと、銀貨を一枚店員に渡した。
「悪いな」
そう一言だけ言うと、お面越しにエイドを見ている。
「あんたが死神だろ?噂と違って、意外といい奴だな」
しかし、死神はまったく答える様子はなかった。すると、エイドの横を通り過ぎるとき、肩にポンと手を乗せて一言告げる。
「忠告する。面倒なことになる前に、さっさとここを出てくことだな」
そういってエイドの背後に回った瞬間、エイドは慌てて振り返ると、すでに死神の姿はなかった。
「また面倒なことになりそうだな……」
エイドは嫌な予感がすると、大きなため気を漏らした。
「おーい!エイドー!」
すると、遠くで名前を呼ぶ声が聞こえる。声がする方を見てみると、口にはシュークリームを加え、両手にはパイとクレープをもっているエアリアがいた。
エアリアは口に食わていたシュークリームを一瞬で飲み込むと、怒りに満ちた表情になる。
「ちょっとひどくない!?スイーツが高すぎて食べたいもの全然買えないんだけど!」
「知ってるよ。さっきこの人から聞いた。で、何の用だ?」
「どうせ食べるものないんでしょ?だったら貸してほしいなって」
エアリアは片手に持っていたクレープを一口で食べながらエイドに頼む。
「しゃーねえな。後で倍にして返せよ」
エイドはポケットにしまっていた袋を取り出そうとする。しかし、ポケットには何も入っていなかった。反対のポケットも探してみるが、何も入っていない。
「どうしたの?」
エアリアは首を傾げながら、パイを頬張る。しかし、それどころではない。自分の小遣いがなくなってしまったエイドは顔色を変える。
どこかに落としたかと、記憶をたどるが、最初に取り出したのはここだ。だから、ここにあるはず――
「ああああ!!」
エイドは何かを思い出し大きな声を出す。
エイドが思いだしたのは死神が自分の隣を通った時だった。肩に手を乗せた時、その動作に意識を集中させて置き、その隙にポケットから金が入った袋を抜き取ったのだ。
エイドは慌てて辺りを見渡すが、死神の姿は当然ない。
「まさか?」
「そのまさかだ」
エアリアは苦笑してエイドに聞くと、エイドも苦笑して答える。
そして、徐々に怒りが湧いていたエイドは、拳を握ってこめかみに血管を浮かべる。
「あの野郎!ぜってにとっ捕まえてやる!行くぞエアリア!」
「え?ちょっと、誰を捕まえるの!?」
状況のわからないエアリアはいきなり走りだすエイドの後を必死で追いかけた。




