27. 世界一の鍛冶師
さっきまで人が居たとは思えないほど、街の中は静まり返っていた。
そんな街に澄んだ空を見上げ、立ち尽くすフラム。
「良かったのか?あれで」
空の遥か向こうを見上げるフラムに、エイドが聞く。
振り向いたフラムの表情には曇りが無くなっていた。
「ああ。これでいい。これでいいんだ」
その言葉を聞いたエイドは、フラムはもう大丈夫だと安心した。
すると、エアリアがフラムの肩に強引に腕を回す。
「しかし、君も素直じゃないよね~」
「な、何がだよ?」
少し照れくさそうにしているフラムにエイドが追い打ちをかける。
「そうそう、かっこつけちゃって。お礼が言いたいなら素直に言えばいいのに」
エイドはフラムの脇腹を肘で突く。
フラムが街の人達に言った願いはこうだった。
『街の外れにある小さな鍛冶屋がある。そこの爺さんを助けてくんねえか』
その願いを聞いた街の人は、ヴェルフのことだと気が付き、一目散に向かって行った。
(今頃、何も知らねえじじいは混乱してんだろうな)
その姿を想像したフラムは思わず笑みをこぼしてしまった。
「でもさ、フラムが仲間になってくれるなんて、思ってもいなかったよ」
エアリアはフラムから離れるとうれしそうにいった。
実は街の人達がさったあと、フラムがエイド達に言ったのだ。
「俺をその旅に連れて行ってくれないか?」
「いいのか?ヴェルフのじいさんのこととか、ヒバナのこととか」
「それなら大丈夫だ。ヒバナはもう一人で大丈夫。それに、街の人達が良くしてくれんだろ」
フラムは何か思うことがあるのか、少し黙った後続ける。
「それに、この戦いが終わったら、お前たちについていこうって決めてたからよ」
「それ、ヒバナとヴェルフのじいさんには言ったのか?」
「じじいはともかく、ヒバナには言ったから大丈夫さ」
会話を思い出したエイドは、改まった様子で聞いた。
「最後に聞くぞ。本当にいいんだな?」
一瞬黙った後、フラムはいつもの雰囲気に戻る。
「しつけえな。いいんだよ。それより、王様が用意したっていう褒美見に行こうぜ」
話を逸らすように言うフラムに気が付かず、エアリアは張り切った様子だった。
王の使いが言うには、門の前に魔導四輪駆動車を用意してあるとのことあった。
フラムは一足先に門の方へ向かい始めている。その後姿を見たエイドは何か言いたげな様子で黙ってついていく。
門の前には何人かの人だかりができている。
その向こう側には、大人の身長より大きな機械が置いてあった。
「へえ、これが魔導なんちゃらか~」
エイドは近くによると、その構造を詳しく見る。
魔導四輪駆動車は、前後で二つの構造になっていた。前の方は、二人が並んで座れるような運転席になっていて、黒光りする重厚感のある金属が使われたハンドルには管が伸びていて、先端には腕輪のようなものが付いている。これで体から魔力を送り込むようになっているようだ。
運転席の後ろには、大きな箱のようなものがつながっている。
入った瞬間、甘い果実と爽やかな木々の香りが混じったような、清涼感ある香りが漂う。おそらく、この乗客席の床や壁に使われた木々の香りだろう。
中の作りは八人は座れるであろう席があり、エイドが入っても頭上にかなりの余裕があるほど、広い作りになっている。部屋が丸々くっついたようなものだった。
座席は体が沈んでいく勘感覚を覚えるほど、柔らかく、肌触りも良い。
壁には窓もつけられていて、程よい日差しが入ってくるようになっていた。
「すげえな。移動する高級の宿泊施設じゃねえか」
エイドは全身で全てを堪能するために、床の真ん中に仰向けになる。
「こんなの、本当にもらっちゃっていいの!?」
座席の上でぴょんぴょんとはねているエアリアはかなり嬉しそうにしている。
その様子を見ていた王の使いは、苦笑している。
「え、ええ。王は自由に使ってくれとのことでした」
衛兵は王に頼まれていた説明をする。
「魔導車は本来、運転者の魔力を燃料としますが、この魔導車は、魔法水晶を燃料として動くため、後ろの方に装着して――」
衛兵が魔法水晶を装着する方を見ると、すでに魔法水晶を外し、顔を突っ込んで中の構造を確認するフラム。
「なるほど。魔力の微調整をアクセルでできるようになってるのか。この供給回路、コンパクトにするために素材が柔すぎるな。これよりだったら、ラバーフロッグの革を使った方が魔力も外に漏れにくいし、耐久力も上がるな。ここの冷却装置も――」
部品をどんどんと外していくフラムに、衛兵は説明をすることを諦める。その傍らに立っていたヒスイが、
「うちのがすいません」
と、申し訳なさそうに謝罪している。
「い、いえいえ………それでは、私はこれで――」
帰り際、大きなため息を吐きながら、街の方へと戻っていく衛兵をヒスイはお辞儀をして見送った。
一通り堪能したエアリアは、満足そうな顔をしている。
「さて、準備はもう終わってるし、いつでも行けるけど、どうする?」
そこへ、ゴーグルをつけたフラムが顔についた汚れを拭いながら入ってくる。
「こっちの整備も終わってるぞ。いつでも行ける」
準備は整ったにもかかわらず、エイドは床にあぐらをかいたまま、お地蔵さんのように固まって動かない。
すると、急に顔を上げると、心配そうな顔つきをしていた。
「なあ、やっぱり――」
何かを言おうとした瞬間、魔導車の外が何やら騒がしくなった。
エイド達は何事かと外を見ると、聞き覚えのある大きな声が聞こえる。
「おい!クソガキ出てこい!」
そこには、フラムが使っていた大きな剣を乱暴に振り回しながら、叫んでいるヴェルフが、血相を変えて叫んでいる。
「ヴェルフさん!?何やってんの!?」
エアリアは急いで駆け寄ると、なんとか動きを止める。しかし、ヴェルフはそれでも暴れようと必死になる。
「あのクソガキはどこだ!クソガキをだせ!」
それを見たエイドは、からかったような顔で隣にいるフラムを見る。
「お呼びだぜ?」
「言われなくてもわかってる」
フラムは親に小言を言われる前の子供のように、ヴェルフの前に行く。
「なんだよじじい」
「なんだよじゃねえ!お前、あれはどういうことだ!」
「どうもこうも、街の人があんたを手伝いたいって言ってるだけじゃねえか。良かったな。俺がいなくなって、人手が足らなかったとこだろ?」
「お前、ここを出てくんだってな?あれは恩返しのつもりか?」
「別にそんなんじゃ――」
フラムが答える前に、ヴェルフはエアリアの拘束を逃れ、フラムの胸ぐらに掴みかかる。
「なんで黙って出てこうとした」
その声に、フラムは思わず目をそらしてしまった。
耳が良いフラムには声色ひとつでわかってしまう。その人の感情が。それも、長年一緒にいた人ならなおさら。
「それは悪かった。だが、もう決めたんだ」
フラムは胸ぐらをつかむヴェルフの手を強引に引き剥がす。そして、自分の意志をぶつける。
「俺は、あんたをも超える、世界一の鍛冶師になる!そのために旅に出る!」
フラムの言葉に、ヴェルフは面食らった顔をしていた。そんなヴェルフに更に続ける。
「俺はあんた以上の鍛冶師を知らねえ。だから、俺はあんたを超える。それが、あんたにできる唯一の恩返しだ」
「くっ……!がっはっはっはっはっはっは!!」
ヴェルフはフラムの言葉を聞いた途端、腹を抱えて笑い出した。
「俺を超えることが恩返しだ!?」
「ああ」
「言うようになったじゃねえか。毛も生えてねえようなガキだったくせによ」
ヴェルフは睨みつけるようにフラムの目を真っ直ぐに見る。周りの人は、喧嘩になるのではと、ソワソワしながら見守っている。
しばらくの沈黙が続き、ヴェルフがゆっくりと口を開く。
「いいぜ。やれるもんならやってみやがれ。但し――」
ヴェルフは手に持っていた大剣やらの荷物をフラムに投げつけて
「それまでは、ここの門は潜らせねえ」
「ちょっと、それは――」
あまりの発言に、エアリアが口を挟もうとしたが、エイドは首を振ってそれを止める。
「ここはな、命かけて鍛冶してるやつしかいねんだ。遊びでそんなこと言ってるようなやつが、この国に居られると困るんだよ」
街の人達も、言い過ぎだと思えるヴェルフの言葉にざわつき出す。
しかし、フラムはまっすぐヴェルフの目を見据えて、動じることはない。
「わかった。俺はあんたを超えるまで、ここには帰らない」
フラムの言葉に、更に周りの人達がざわつき出す。
「その代わり、ヒバナのことは頼んだぜ」
フラムはその言葉だけ告げると、荷物を抱えて魔導車に戻ろうとする。
それに対し、エアリアが声をかけようとした、その時。
「フラム!」
ヴェルフが名前を呼ぶ。それに反応するように、フラムも足を止める。当然だ。
フラムがヴェルフと出会ってから、初めて名前を呼ばれたのだから。
刹那、今までのヴェルフとの出来事が一気に甦る。
そして、ヴェルフはフラムの背中を押すように、
「気いつけていってこい」
優しく、まるで我が子が出かける時に放つ言葉のように告げる。
立ち止まっていたフラムの目から、涙が際限なく溢れ出す。
勢いよく振り返ると、口からよだれを垂らし、鼻水と涙でぐしゃぐしゃになった顔で深々と頭を下げる。
「ヴェルフ・バーリン!厄介者の俺を、こんな出来損ないだった俺を……ここまで育ててくれてありがとうございました!」
ヴェルフは、薄っすらと瞳に涙を浮かべていた。
「元気でな」
いつもと同じく、ヴェルフの愛のある言葉は、確かにフラムの耳に届いていた。




