21.悪魔の炎
「「速攻で片付ける!」」
二人は声をそろえて言った。
ジェラードは自分の頬を伝う汗を拭いながら言う。
「二人に増えたところで、僕の魔法の前では打つ手はないよ」
ジェラードが掌を二人に向ける。すると、二人は足元に気配を感じると、同時に左右に飛ぶ。そこから氷の槍が飛び出す。
エイドは氷の槍を挟んでフラムに言う。
「俺が合わせる!フラムはとにかく攻め続けろ!」
エイドのサポート力を知っているフラムは黙って頷く。二人は同時にジェラードに向かって走る。
先に前にでたフラムは炎をまとった大剣を握り、背中につきそうなほど剣を引き、全力で振りぬく。遠心力によって加速した炎は、渦巻きながらジェラードに向かう。
氷では防げないと知ったジェラードは、すぐさま横に飛びかわす。そこへ、すでにエイドが剣を引いて構えている。
ジェラードは冷静に、氷の壁を作り出す。振るわれたエイドの斬撃は氷に阻まれわずかに上にそれ、直撃をさける。その時、炎の中からフラムが飛び出す。意識外の攻撃に、反応が遅れるジェラード。フラムは飛び出した勢いをそのままに顔面に蹴りを入れる。
ジェラードは鈍い痛みに耐えながら、地面に手をついて、氷の壁を作りながら身を翻すとすぐさま体勢を立て直す。
エイドは凍りの壁を瞬時に切り崩すと、一気に加速する。しかし、それをわかっていたかのように、ジェラードはエイドの直線状に、無数の氷槍を作り出す。咄嗟に、迫りくる氷槍を切り崩しながら、エイドは後ろへと飛ぶ。そして、入れ違うように後ろからフラムが飛び出す。
炎を纏った剣を振るう度に、肌が焼けるような熱を放つ炎がジェラードを襲う。幾度と氷で壁を作るが、ことごとく溶かし、破壊されていく。
着実に距離を詰めてくるフラムに、ジェラードは焦りを感じながらも、冷静に対処していく。
目の前に、数枚の氷の壁を作り出す。その中に、密度の高い氷の壁を紛れ込ませた。炎がその氷の壁に触れた瞬間、目の前を覆うほどの蒸気が一気に巻き上がる。フラムは動揺して攻撃の手が緩んだその時、両足に突き刺さるような冷たさが襲う。ジェラードは、フラムが動きを止めた一瞬のうちに、ひざ下まで氷を作り出し、動きを止めたのだ。
ダメージを負ったこの状況で、二人を相手にするのは不利だと考えたジェラードの苦肉の策だった。
ジェラードは一気に後ろに飛び、距離をとる。しかし、それすらも許さないと言わんばかりに、エイドは一直線に前に出る。しかし、現状は一対一。こうなってしまえば、ジェラードの有利は揺るがない。
エイドの間合いまで、あと数歩足りないというところで、周囲の温度が一気に下がった。
氷の結晶が一瞬で集まると、無数の氷の槍がエイドの目の前に出来上がる。ジェラードが合図するのを待たないうちに、槍は一斉にエイドとフラムを襲う。
しかし、エイドは恐れることなく、目を見開き、槍に向かって最短距離で一直線にジェラードに向かう。それには、流石のジェラードも驚きを隠せない。
「正気か!?」
それでも、ジェラードは攻撃の手を緩めることはない。
エイドの顔面を無数の氷槍が貫こうとした瞬間――
「《不知火》!」
フラムの足元から伸びる炎が、植物のように四本生えると、風に揺られた草のようにゆらゆらと揺れる。炎は、揺れながら触れた氷槍を斬りさき、細かくなった氷を蒸発させていく。
無数にあった氷槍は一瞬で消え去り、エイドとジェラードを障害物のない、一本の道ができる。すでに最速で走っているエイドは、そのままジェラードに斬りかかる。
無謀ともいえるエイドの突進。そして、フラムの予想外に妨害に、ジェラードの思考は一瞬、ほんの一瞬、遅れてしまった。その一瞬が、命取りになるとも知らずに。
エイドの握る聖剣の表面が、強く光を放つ。瞬間、ジェラードの全身に鳥肌が立つ。《第六感》がなくてもわかる。これを食らったらひとたまりもない。それを本能が感じ取ったのだ。
ジェラードは展開陣を解き、大幅に割いていた魔力を目の前の防御に使う。ジェラードに作り出せる、最高硬度の氷の壁を目の前に作り出す。
エイドはそれでもかまうことなく、大きく息を吸い、手に力を込める。その時、ふと、エアリアとの会話がよみがえる。
『聖剣を使うなら教えてあげる。この聖剣には……というより、勇者にしか使えない必殺技があるの』
『必殺技?そんなもんがあるのか』
『そう。絶対に負けられない、ここぞっていうときに使うの』
『どうやって使うんだ?俺魔法使えないぞ』
『簡単だよ!ケツに力入れてこう叫ぶの――』
「勝利へ導け、《エクスカリバー》!!」
エイドは叫びながら、全体重を乗せ、渾身の力で剣を振りぬく。剣から放たれる光は、剣の軌道をなぞっていく。氷の壁に刃が当たるが、剣は止まることはない。まるで豆腐を切っているかのように刃がするすると入っていく。氷の壁とともに、斬撃はジェラードの鎧を切り裂き、内側にある皮膚を切り裂く。吹き飛んだ鎧の下から、赤い液体が噴き出す。
エイドは剣を振るうことに力を込めすぎたことで、振り抜き、そのまま横に転がっていくように倒れる。
ジェラードは歯を食いしばり、胸の痛みに耐えると、勝ち誇ったように笑っていた。傷が浅すぎたのだ。
「聖剣は使いこなせていなかったようだね!」
倒れるエイドのすぐ上に、体をはるかに超える大きさの氷槍が作られる。後は、ジェラードが氷槍に合図を送るだけ。そうすれば、この戦いは、自分の勝利で幕を下ろす。ジェラードはそう思っていた。
勝ち誇ったエイドの笑う顔を見るまでは――
「その鎧、固くて邪魔だったんだよな」
エイドが倒れながら言ったその時、頭上に作った氷の槍が砕け散る。飛んできたのは、フラムが使っていた大きな剣だった。
ジェラードはエイドに集中しすぎて気が付かなかった。目の前から物凄い熱気が伝わってくる。目だけを動かして前を見る。そこには、掌に吸い込まれるように炎を集めるフラムが、すぐそこに迫っていた。
ゆらゆらと炎を纏った掌から眩い光を放っている。それはまるで、悪魔がこちらを睨みつけているようだった。
フラムは力強く一歩踏み出し、間合いへと入る。この距離では氷の壁を作り出すこともできない。
フラムは掌に込めた炎をとどめながら、ジェラードの腹目掛けて掌底を打つ。
「《炎魔・熱風掌》!!」
掌にとどまっていた膨大な炎は掌底と共に、一気に放たれる。炎の塊が、回転しながらジェラードの全身を包み込み、後ろへ吹き飛ばしていく。肉を焼く音とともに煙を上げながら、壁に激突してようやく止まった。
炎は壁を突き抜け、しばらく進んだあと、宙に消えていく。
ジェラードは口から血を吐き出し、そのまま倒れこんだ。さっきの衝撃で鎧は全て砕け、全身から蒸気を上げるジェラードはぴくりとも動かなかった。
「はぁ……はぁ……」
フラムは息を切らしながら、大の字で倒れているエイドを見る。すると、エイドは笑って、親指をたてフラムに突き出す。
「やったな!」
それに、フラムも親指を立てて、笑って答える。
「ああ。俺らの勝ちだ」
フラムはエイドの手を取ると、勢いよく引っ張り、立ち上がらせる。
二人が勝利の余韻に浸っていた、その時だった。地面を踏みしめる音が後ろから聞こえてくる。嫌な予感がしたフラムは、恐る恐る振り向くと、倒れていたジェラードがゆっくりと立ち上がっていたのだ。
フラムとエイドは冷や汗を流し、目を丸くする。
「嘘だろ……もう魔力もほとんど残ってねえよ」
「俺なんて体動かねえよ……」
エイドは魔力を一度も使ったことがない。にもかかわらず、あれだけの魔力を一気に使ったのだ。体が耐え切れるはずもなく、反動で体が動かなくなっていた。
押せば倒れそうなほど、フラフラとした足取りで、エイド達の方へ向かって来るジェラード。
「はぁ……はぁ……僕は、負けられない……負けられないんだ……あの方……ためにも……」
その執念に、どこか狂気じみたものを感じたエイドは全身に鳥肌が立つ。二人は、ゆっくりと後ろに、更に後ろへと下がっていく。
「やるしかねえのか?」
フラムが覚悟を決めたその時、岩が砕かれるような音が聞こえた。同時に、部屋全体が音に合わせて揺れ始める。
フラムは耳を澄ませて聞くと、その音は、どうやら下から聞こえてきているようだ。徐々に迫ってくる音と揺れに、エイドとフラムは身構える。しかし、立つことがやっとのジェラードは気が付いていないようだった。
「下からなんか来る!?」
音がすぐ真下で聞こえたフラムはエイドを担いで、後ろに倒れるように飛ぶと、地面に亀裂が走る。そこから出てきたのは、大きな拳だった。
拳はジェラードを吹き飛ばすと、全体の姿をあらわにする。その姿を見たエイドとフラムの顔は血の気がなくなっていた。
「ゴラオーリア……!?なんでここに……!」
エイドが言うと、声に気が付いたゴラオーリアは鋭い眼光を向ける。
(こんな時に限って!)
歯を食いしばり、動かない足に力をいれて、何とか立ち上がる。剣を握り、戦いに備える。しかし、次の瞬間には、その必要がなくなってしまう。
「こら!もっと優しくって言ったでしょ!」
ゴラオーリアの声にしてはか弱い女性の声がして、エイドは驚く。ゴラオーリアはしょんぼりとした様子で頭を下げる。その時、頭の後ろから出てきた女性を見て、肩の力が抜けた。
「エアリア!無事だったのか!」
「エイド!フラム!」
エイドとフラムに気が付いたエアリアは満面な笑みを浮かべてゴラオーリアから飛び降りると、エイドの元に駆け寄る。
「どうしたの!?ボロボロじゃない!」
疲れているエイドの代わりに、フラムが答える。
「この事件の犯人と戦ってたんだよ」
フラムが指さす方を見ると、そこには、気を失っているジェラードが倒れていた。
「さすがだね、二人とも!」
エアリアは二人に嬉しそうに抱き着く。フラムは鬱陶しそうに振り払おうとするが、戦いでの疲労でなかなか力が入らず、中々振り払えない。エイドに関してはされるがままで、首に腕が巻き付き、顔が真っ青になっていった。
すると、フラムが何かに気が付いたように言う。
「それより、ジェラードは倒した。これで《支配》は止まっただろうけど、魔獣はそのまま野放しだろ。なんとかしねえと」
フラムの言葉にはっと、我に返り、事態の深刻さに気が付いたエアリアは二人から離れると、目に見て分かるように慌てていた。
「どどどどど、どど、どうしよう!?」
そんな慌てるエアリアを後ろから優しく指でつつくゴラオーリア。
「どうしたの?」
エアリアが聞くと、ゴラオーリアは目を真直ぐに見て頷いた。その眼を見たエアリアは、ゴラオーリアがまるで、自分に任せろと言っているような気がしていた。
ゴラオーリアは王室の窓をぶち破り、屋根を上り、城の頂上に上る。息を大きく吸い込み、倍以上に膨らむ胸。
「ウオォォォオォオオオォォ!!」
城全体を揺らす程の雄たけびが、街中に響き渡る。
「なんだ!?」
「わかんないけど、信じてみよう!」
耳を塞ぎエアリアに聞くエイドにエアリアは答えた。
ゴラオーリアの雄たけびが響き渡った瞬間、魔獣たちは一斉に動きを止めた。
ゴラオーリアは城の屋根を次から次へと飛び移り、そのまま地面に着地する。目の前には数体の魔獣が立っている。驚きからか、動く気配は全くない。すると、
「ウオオオォォオオオォオォオ!!」
再び、目の前の魔獣に向けて大きな雄たけびを上げる。目の前にいた魔獣は慌てて、何度も転びながら逃げ出してしまった。すると、ゴラオーリアは横に視線を向ける。そこには今にも人を襲おうとしていた魔獣がいた。目が合った魔獣は動きを止め、ゆっくりとその場から逃げる。その魔獣を見た魔獣が逃げ、更にそれを見た魔獣が――と、街中の魔獣が一斉に逃げ始めたのだ。
ゴラオーリアは逃げていない魔獣がいないかを探しながら、街を駆け巡り、一匹残らず門の方へと誘導していく。その様子を城の窓から見ていたエアリアとフラムはありえない光景に目を丸くしていた。
「どうなってんだ?エアリア」
「私だってわからない。分からないけど――」
すると、ゴラオーリアは足を止め、エアリアが見ている窓を見つけると、地面に拳をつき、頭を下げた。そして、再び魔獣を追い出すため街を駆け回る。
エアリアは安心したような優しい笑みを浮かべるながら言う。
「魔獣にも、人の気持ちが伝わるのかもしれないね。あの魔獣みたいに」
その後、ゴラオーリアによって、魔獣は一匹残らず森に返っていった。
この前例にない異常な光景は、街中を驚かせ、後に国のシンボルである国獣として認定され、銅像が建てられることになった。




