20.なんのための魔法(ちから)
エアリアとゴラオーリアが戦っている頃、ジェラードとの闘いは、更に激しさを増していた。
ジェラードから繰り出される氷は、絶えることなくエイドとフラムを襲う。
地面を揺らし、エイドの体をはるかに超える大きさの氷が迫る。エイドは力を込め、一振りする。すると、氷は綺麗に一刀両断され、二つに割れる。しかし、割れた氷がエイドの左右を通り、後ろに回り込むと、背後から迫りくる。そこへ、フラムが駆け付けると、大剣で二つの氷をまとめて砕く。エイドとフラムは背中合わせに立ち、追撃に備える。
「ナイスだ。フラム」
「気にすんな。それより、この氷どうにかしねえと、あいつまで攻撃が届かねえぞ」
二人は既に肩で息をしている。それに比べ、涼しい顔をしているジェラードは指先で氷を操る。これでは、時間がかかるほどこちらが不利になっていく。
「お前の炎で何とか出来ねえのかよ」
エイドの問いに、フラムは顔をしかめて黙り込んでしまう。すると、エイドは言う。
「またためらってるのか?」
エイドの言葉に、フラムは驚いた顔をしていた。
「お前、アンデットが襲ってきたときも、ヒスイが攫われたときも、魔法使うのためらっただろ?」
図星を突かれたフラムは何も言い返せず、黙っていた。すると、エイドは鼻を鳴らして続けた。
「意外と肝は小さいんだな。チキン野郎」
「誰がチキンだ。あの時は――」
フラムが言い返した瞬間、ジェラードが放った氷の槍が二人に降り注ぐ。風を切る音と共に、向かって来る氷の槍に、二人は咄嗟に横に飛ぶ。すると、狙いをエイドに定めたのか、槍の雨はエイドに集中して降り注ぐ。
「チッ!」
エイドは左右に細かく飛びながら、避けきれない槍を叩き切り、攻撃を防いでいく。その時、エイドの足が引っ張られたように、動きを止める。慌てて足元を見ると、地面と足が氷で固定されていたのだ。
(上の攻撃に夢中で気づかなかった……!)
エイドは数秒も立たずに、地面を斬り足の自由を取り戻す。しかし、氷の槍はエイドを取り囲むように宙で止まっていた。それに気づいた時には、すでに遅かった。ジェラードが笑い、指で合図する。逃げ場を失ったエイドに、無数の槍が降り注ぐ。ズドドドド!と、槍が地面にぶつかるたびに揺れが起き、氷の粉塵が周囲に巻き上がる。
「エイド!」
視界が遮られ、状況がわからないフラムは粉塵の中に向かってエイドの名を叫ぶ。しかし、返事は帰ってこない。さっきまでの騒がしさが嘘のように静まり返っている。
やがて、槍の雨は止み、次第に視界が晴れていく。そこには、エイドの姿が確認できないほどに、地面は瓦礫と氷でぐちゃぐちゃになっていた。
「嘘だろ……」
目の当たりにしたフラムは言葉を失っていた。
ジェラードは笑いながらフラムを見た言う。
「先ずは一人。次は君だね」
フラムの中に怒りと同時に、恐怖が沸き上がる。これほどの相手に、たった一人で勝てるのか。冷や汗を流しながら、フラムは剣を構える。
やるしかない。そう自分に言い聞かせ、剣に力を込める。そして、地面を蹴って、ジェラードに突撃――しようと思った。
「ふぅ!危なかった~!」
冷や汗を流して、平然と立っているエイドは言葉を漏らした。それを聞いたジェラードは驚きのあまり口と目を大きく開き、唖然としていた。
「馬鹿な……あれを避けたのか……?」
フラムはホッとして思わず口元が緩む。
「無事なら返事しろよ」
「いや~びっくりして喋るのも忘れてたよ」
服の埃を払うエイドに、ジェラードは言う。
「なるほど。それが勇者に備わると言われている《第六感》か……。厄介だね」
ジェラードが言う《第六感》とは、かつて魔王を打倒した勇者に備わっていた能力というより、体質に近いものだ。普通の人間では感じ取れない悪意や敵意などをより鮮明に感じることができる。それだけではなく、相手の攻撃や心を直感的に感じ取り、攻撃を避けたり、危険を回避する。勇者のその動きを見た人は、みな口をそろえてこう言ったそうだ。“未来が見えている”と。
今まで、エイドやエアリアが感じていた背筋の寒気や視野が広くなるような感覚は、この《第六感》によるものだった。
エイドは剣を構えて答える。
「へえ、これ《第六感》って言うのか」
「知らないまま、それほど使いこなしているとは、流石勇者の力に選ばれただけのことはある」
すると、ジェラードの周りがキラキラと輝きだす。それは、次第に部屋中に広がっていく。
エイドは寒気のようなものを感じ取り、戦闘態勢をとる。しかし、寒気は《第六感》によるものではない。実際に温度が下がっているのだ。
吐いた息が白くなり、肌に突き刺すような寒さが広がっていく。
「君を一番の脅威だと認識した。だから、僕も本気で君を潰す」
ジェラードは両手を広げて言った。
「《展開陣》」
――刹那、瞬きをする間もなく、足元に光り輝く無数の線が部屋の隅まで広がる。それは、ただの線ではなく、模様のようにも見える。
「なんだ、これ?」
驚くエイドにジェラードは笑って答える。
「これは《展開陣》という、高等魔法さ。簡単に言うと、この魔法陣が広がる範囲は、全て僕の間合いになったんだ」
《展開陣》、それは、自分の魔法を魔法陣にして広範囲に広げる、高等魔法だ。ジェラードが言うように、自分の魔法の有効範囲を広げることができる。ジェラードの場合、今まで自分の周囲一メートル程からしか氷を生み出すことができなかった。しかし、《展開陣》を発動したことで、魔法陣が広がる範囲から、自由自在に氷を生み出すことができるようになったのだ。
「ご丁寧なことだな。いいのかよ、自分の手の内をべらべらと話して」
「関係ない。知ったところで、防ぐ術はないからね」
言い終えた瞬間、ドンっ!と、大きな音がエイドの後ろから聞こえる。首だけを動かし、後ろを見ると、先がとがった二つの巨大な氷の柱が、エイドに狙いを定めてそびえたっている。
エイドは慌てて横に飛びかわす。直後、エイドがいたところに氷の柱が突き刺さる。エイドはそのまま、距離をとるために後ろに飛ぼうとする。しかし、背中に何かがぶつかり、動きを止められる。それは、氷の壁だった。刹那、エイドの脳裏に電流が走る。咄嗟に、横に一歩踏み出した瞬間、背後から氷の槍が飛び出してくる。
エイドは脇腹に焼けるような痛みを感じる。氷の先端は、血に染まっていた。どうやら脇腹をかすめた様だ。
「エイド!」
フラムが助けに向かおうと、走り出そうとした瞬間、フラムを囲うように分厚い氷の壁が作られる。
「君は黙って見てなよ。その氷を溶かせないような君は、足手まといになるだけだからね」
あざ笑うかのように、フラムに言い放つジェラード。
フラムは何とか出ようと、何度も氷を斬りつける。しかし、何度傷をつけても次に剣を振るう時にウは、氷の傷は塞がている。
「クソ、クソクソクソ!!」
怒りに任せて振っていたフラムの剣が地面に転がる。
「俺は、また失うのか……何もできないまま……俺は……」
歯を食いしばり、地面にひざまずくフラム。
フラムは迷っていた。魔法を使おうとするたび、目の前で炎に焼かれる母の姿を思い出す。それがトラウマになり、炎を使うことをためらってしまう。炎は怖いものだ。もし、味方に当たったら、母のように大切な人を傷つけてしまうかもしれない。そう思うと、体が勝手に力を抑えてしまう。
その姿を横目で見たエイドは声を荒げて言った。
「まだためらってんのかよ!?」
自分の周囲から現れる氷からにげながら、エイドは続けて言う。
「ヒスイが言っていた。魔法は心を現す鏡だって。心が悪に満ちていれば、魔法は人を傷つける。優しさがあれば、誰かを守ることができる。お前はどっちだ!」
エイドは、頭部を狙ってきた氷の槍を斬り刻む。しかし、氷の影に隠れていたもう一つの氷に気が付かなかった。氷の塊がエイドの腹にめり込んでいく。腹から生暖かい液体がこみ上げる。口の中に鉄のような味が広がる。吐き出した赤い液体を見て、エイドはそれが血だとようやく気が付いた。
そのまま、後ろの壁に激突すると、膝から崩れ落ちそうになる。しかし、ここで膝を折ってしまえば、追撃で確実にやられる。エイドは何とかこらえると、予想通り、襲ってきた氷を剣で受け止める。ギリギリと音を立てながら、徐々に壁に押し込まれていく。力が入らず、斬ることもできず、ただ耐えるだけ。それでも、エイドはフラムに叫び続ける。
「お前の魔法はなんのためにある!人を助けるためか!?傷つけるためか!?お前が決めろ!フラム・マトリカリア!それは、お前の魔法だろ!」
フラムはエイドの方を見て顔を上げる。その顔は、口から血を流しながらも、笑っていた。そして、優しさに満ちた声で言った。
「俺は、お前を信じてる!」
誰かを守るための力。誰かのために力を使う。考えたこともなかった。その時、フラムの脳内にゴラオーリアからエイドを救ったときの記憶が流れる。あの時、なぜ魔法が使えたのだろうか。目の前で誰かが傷つく姿を見たくない。そう思ったら、体が勝手に動いていた。
(そうだ……もう、誰も失わない……誰も失いたくない……!!)
フラムを囲っていた氷が徐々に解け始める。その状況をジェラードは横目で確認する。
「誰かを失うくらいなら、悪魔にだろうがなんだってなってやる!!」
フラムが叫ぶと、周りに炎が渦巻き始める。――瞬間、氷は周囲へ勢いよくはじけ飛ぶ。白い蒸気が一気に立ち込め、飛び散った氷の破片ですら、一瞬で蒸発させる。
ジェラードは驚き目を丸くして言葉を漏らす。
「なんだ……この火力は!」
フラムは大剣を拾い上げ、エイドを狙っている氷目掛けて剣を振る。すると、剣から放たれた炎の渦が、周囲の氷を溶かしながら、エイド目掛けて飛んでいく。
エイドを襲う氷を溶かした瞬間、フラムは炎と繋がる剣を更に横に振る。すると、エイドに当たる直前で直角に曲がり、ジェラードに標的を変えた。
フラムは握る拳に力を込めると、更に火力を上げてジェラードを襲う。
ジェラードは咄嗟に後ろに飛び距離をとると、すかさず、分厚い氷の壁を三枚作り出す。しかし、氷の壁をいともたやすく穴を開けると、真直ぐにジェラードに襲いかかる。炎の渦がジェラードを包み込むと、炎の渦と一緒に、壁に叩きつける。
炎は周囲に飛び散ると、空中でぱちぱちと音を立てて消えていく。
ジェラードの体からは大量の蒸気が立ち込める。鎧にひびが入るほどの衝撃に膝をつき、息を切らしている。
「はぁ……はぁ……!」
さっきまでのフラムからは想像できないダメージに、ジェラードは驚きながら、何とか呼吸を整えようと必死になっていた。
フラムは地面に倒れこみそうになっていたエイドの元に駆け付ける。肩をくみ、倒れる寸前で支える。
「なんだよ。やればできるじゃねえか」
「悪いな。でも、もう迷わねえ」
エイドはフラフラしながらも、何とか立ち上がると、ジェラードの方を見る。すると、膝に手をつきながら、なんとか起き上がるジェラード。
フラムはエイドに言う。
「まだ動けるか?」
「長くは無理だが、何とか行けるぜ」
「それなら――」
フラムは大剣の切っ先をジェラードに向けて構える。同時に、エイドもフラムと同じように切っ先を向ける。
「「速攻で片付ける」」




