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村人が世界を救って何が悪い  作者: まよねえず
第一章:悪魔の炎編
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18.氷魔の貴公子

 時は少し遡り、エイドがドゥーラと対峙している頃、フラムは大きい扉の前に立っていた。目を閉じて、耳を澄ます。中からはこもって良く聞こえないが、誰かの呼吸音が微かに聞こえる。


「ここか……」


 フラムは少し緊張しながら、重い扉を押す。部屋に入ると、足の裏にやわらかい感触が伝わってくる。足元に目を落とすと、見るからに良い素材が使われた絨毯が、玉座まで伸びている。辺りは、金色に輝く装飾が施された照明や陶器が置かれている。


「ここは王室だな」


 誰かの呼吸が聞こえたから、誰かがいると思ったが、辺りは静まり返っていて、ろうそくが所々しか灯っておらず、薄暗い。導かれるように真直ぐ、呼吸音が聞こえる玉座の方へと向かう。一歩、また一歩と周囲を警戒しながら慎重に進んでいく。背中に背負っている大剣に手を添えて、いつでも対応できるように構える。玉座にたどり着くと、肘かけを掴み、勢いよく横に吹き飛ばす。


「ん~ん!ん~んん!」


 そこには、口を布で覆われ、後ろで手を結ばれた国王が、汗を流し驚いた様子で座っていた。


(ジェラードじゃない!?じゃあ、あいつはどこに――)


 フラムは国王に聞こうと思い、布をほどこうと手を伸ばしたその時、後ろからわずかに音が聞こえた。金属の鎧が動くような音、そして、静かに、それでいてか細く今にも消えそうだが、確かにはっきりと聞こえる音。――死の音だ。

 フラムは慌てて剣を振り、後ろを向く。ガン!と金属がぶつかる音が響き、火花が散る。


「へえ、良く止めたね」


 そこには、瞳孔が開いたジェラードが、フラムに槍を構えていた。以前にあった時とは違う、体にまとわりつくような、ねっとりとした気持ちが悪い威圧感がフラムを襲う。

 直後、フラムの全身を寒気が包む。それは嫌悪感がしたわけではない。実際に、周囲の気温が一気に下がったのだ。

 フラムは知っていた。これが、魔法が来る予兆だということを。あの氷が来ると分かったフラムは、国王を部屋の端まで蹴り飛ばすと、横に飛びその場から離れる。直後、フラムがいた場所に向かって、地面を這うように氷が襲って来る。すると、森でアンデットを凍らせたように、氷の山が一瞬で作られる。初見だったら、逃れることはできなかっただろう。何故なら、わかっていたフラムですら、右足がわずかに巻き込まれて凍ってしまっていたからだ。

 フラムは体勢を立て直し、ジェラードの方を向く。


「これもかわすのか。まあ、一度手の内を見せてしまっているから、仕方ないかな」


 ジェラードがしゃべった後、氷は粉々になり、空気中に消える。


「でも、もう終わりかな。君のその足では、今のようにはいかないだろ?」


 フラムは鼻を鳴らしていう。


「この程度で俺を追い詰めた気でいるなら、この国の衛兵ってのも大したことねえんだな」


 そう言うと、フラムの凍った足から蒸気が上がる。すると、わずか数秒で氷が解けてしまった。フラムは立ち上がると剣を前に構える。その姿をみて、ジェラードは笑って言う。


「それが、噂の悪魔の炎かい?」

「相性が悪かったな」


 フラムは氷が溶かせたことで、自分の魔法が有利だと確信した。しかし、その考えも次の瞬間には覆されてしまう。

 フラムの言葉を聞いた瞬間、ジェラードの表情から笑みが消える。


「相性が悪い?一つ言っておく。僕の氷は、あらゆるものを凍てつかせる。それが、悪魔の炎だとしてもね」


 ジェラードは地面を踏みつける。そこから、ものすごい勢いでフラム目掛けて伸びてくる。フラムは咄嗟に剣に魔力を込める。剣は熱を帯び、炎がゆらゆらと湧き出す。その剣を氷に目掛けて振るう。すると、剣からは氷を覆いつくすほどの炎が飛び出すと、勢いそのままに氷にぶつかる。水が蒸発する音が聞こえる――と思った、次の瞬間。氷は更に勢いを増し、炎を包み込むと、そのまま凍り付いてしまった。

 予想外の出来事にフラムは慌てて横に飛び、氷をかわす。後ろの壁に直撃した氷は、部屋全体を揺らしながら、一瞬で壁一面に広がっていく。

 それを見たフラムの頬を一筋の汗が伝う。炎を凍らせるなんて聞いたこともない。そてに、こんなものを食らったらひとたまりもない。

 フラムは緊張のせいか、すでに肩で息をしている。自然と剣を握る手に力が入り、汗がにじむ。そんなフラムに、残念そうにジェラードは言う。


「悪魔の炎もこの程度か。どうやら、君のことを過大評価していたようだね」

「うるせえ。まだ本気出してねえだけだ……」


 強がるフラムだが、ジェラードとの実力差をひしひしと感じていた。魔法の質が圧倒的に違いすぎる。それに加え、戦闘経験の差がある。自分よりはるかに強い。


「なるほど、君にとって、僕は本気を出すまでもない相手だと、そういうことだね」


 ジェラードはため息交じりに言うと、フラムを睨みつける。――刹那、距離があったはずのジェラードが、すぐ手の届く範囲、間合いに入っていたのだ。


「なら、本気を出させてあげるよ」


 風を切る音と共に、鋭い突きがフラムを襲う。フラムは咄嗟に構えた大剣の平で受け止め、攻撃を防ぐ。攻撃を受けた手がビリビリとしびれる。こんなものを食らったらと想像するとゾッとする。

 そんなことを考えている暇も、ジェラードは与えない。再び構えた槍が、何個にも増えた。実際に増えたわけではない。それほどの速さで、さっきの突きを繰り出しているのだ。

 フラムは身を小さくし、何とか攻撃をしのぐ。しかし、全てを防ぎきれるはずもなく、何発かの攻撃が体をかすめていく。そのたびに、焼けるような痛みが走る。

 すると、ピタリと、攻撃の嵐が止んだ。そう思った直後、脇腹に鈍い痛みが走る。ミシミシと音を立て、脇腹にめり込んでいく槍。骨が軋む音が体全身に響く。そのまま、フラムは王室の入り口の方まで吹き飛ばされてしまった。

 やわらかい絨毯の上を何度も転がりながら、ようやく動きを止める。


「がはっ……!ごほっ……!」

 

 肺の空気を強引に吐き出されたせいか、うまく呼吸ができない。呼吸を整えようと空気を吸うが、余計に咳き込んでしまい、いつまでたっても呼吸が落ち着かない。

 そこへ、軽蔑するように見下しながら、ジェラードが近づいてくる。


「哀れだね。弱い奴は、守りたいものも守れない」


 ジェラードは槍をうずくまるフラムに狙いを定めて構える。


「自分の弱さを嘆きながら、眠るがいい」


 容赦のない突きがフラムを襲う。――ガギン!と、フラムを貫くはずだった槍は、後ろに大きくはじかれる。

 ジェラードは一瞬驚く。しかし、数秒後には笑っていた。


「やあ、遅かったね」


 ジェラードの槍をはじいたのは、ドゥーラの服を強引に引っ張り、扉から勢いよく飛び出したエイドだった。


「ヒーローは遅れてやってくるもんだろ?」


 エイドはフラムの前に立つと、ドゥーラを横に放り投げる。すると、ドゥーラは転がるように王室を後にした。

 ジェラードは笑いながらエイドに言う。


「へえ、ドゥーラを倒したんだ」

「ああ。魔法ってのは厄介なもんだな。結構手こずったよ」


 エイドは話しながら、フラムが苦しそうにしているのを背中で感じ取る。


「大丈夫か?」


 ジェラードから目を離さずに、後ろでうずくまるフラムに言う。フラムはようやく呼吸に落ち着きが戻り、ゆっくりと立ち上がる。


「ああ。大丈夫だ」


 フラムが答えた後、ジェラードはどこか嬉しそうにエイドに言った。


「やはり君が来ると思っていたよ。()()()()を持つ君がね」

「こいつは驚きだ。俺が勇者だって言った覚えはないんだけどな」

「僕はこの国で起こっていることは全て知っているからね。君とあの外れにいる鍛冶氏との会話は既に耳にしている」

「未練たらたらの彼氏並みに気持ち悪いぞおまえ。さてはもてねえだろ?」

「僕が愛しているのはこの国だけだからね」


 ジェラードの言葉に、狂気じみたものを感じたエイドは、背筋に寒気を感じる。

 ジェラードは槍をエイドに向けて言う。


「悪いけど、ゆっくり話をしている時間もないんだ。邪魔をするというのなら、君たちには死んでもらう。この国のためにもね」


 低く、威圧感のある声に、空気が変わったことを感じ取ったエイドの体に力が入る。刹那、ジェラードが一気に距離を詰め、エイドの胸を目掛けて槍を構える。エイドはわかっていたかのように、槍を右にはじく。しかし、ジェラードは弾いた勢いを利用して、体を回転させ、無防備になった左に横なぎを繰り出す。そこへ、フラムが間に入って槍を防ぐ。槍と剣がこすれるたびに、ギリギリと音と火花を放つ。フラムはなんとか押し返そうとするが、微動だにしない。それも、フラムは両腕で抑えているのに対し、ジェラードは片腕だというのにだ。


(こっちは両手だぞ!?まじでへこむぜ……!)


 そこへ、軽く飛んだエイドの右足の蹴りがジェラードの顔面を捕らえた。かと、思ったが、足と顔の間には、ジェラードの手があった。あの一瞬でエイドの攻撃を防いだのだ。しかし、エイドもジェラードの動きに対応する。

 エイドはフラムの肩に手を乗せると、その手を軸に体を大きく捻り、左足でジェラードの顔面に蹴りをいれる。防ぐ手立てのないジェラードに直撃する。体が大きくのけぞり、後ろへ一歩下がる。

 そこへ、フラムが一歩踏み込んで斬撃を繰り出す。だが、ジェラードはすかさず槍を縦に構えて斬撃を防ぐ。槍を構える腕はビリビリと痛み、震えている。フラムの力が先程よりも力が上がっているの。すると、槍に深い切り傷ができ、ジェラードは苦しい顔をする。


「馬鹿力だね……!」


 呟くジェラードに、フラムの体の陰からエイドが飛び出す。ジェラードは目では追うことができていた。しかし、フラムの攻撃で腕がしびれ、反応が少し遅れる。

 エイドの斬撃は、ジェラードの胸ではなく、槍を捕らえた。ヒュン!と風を切る音と共に、ジェラードが持つ槍の先端が地面に落ち、真っ二つに切れてしまった。その断面は、剣で切ったとは思えないほど粗さが全くなく、綺麗な断面になっていた。

 エイドとフラムは武器を失ったジェラードに追撃を仕掛ける。そこで、フラムは違和感のようなものを抱いた。初めての共闘だというのに、どう攻めればいいのかが自然とわかってしまう。そして、自分が攻撃に専念できるのは、おそらくエイドのサポートがあるからだろう。エイドとの戦いやすさに、気持ち悪さを感じながらも、攻撃に専念する。

 追い詰められたはずのジェラードだったが、その顔は不気味な笑みを浮かべていた。

 ジェラードは一歩下がると、指を上に向けて振る。直後、周囲が冷気に包まれると、ジェラードの足元から二人目掛けて、無数の鋭い氷が襲いかかる。


「下がれ!」


 エイドの掛け声に、フラムは急停止して後ろに飛ぶ。

 エイドはふぅ、と息を吐き剣を構える。そして、迫りくる氷を切り落としていく。頭、肩、腕、足、脇腹。順に迫ってくる氷を的確に切り裂いていく。一歩でも間違えれば、死ぬ。そんなプレッシャーの中、エイドは目を見開いて最適な優先順位を導き出し、一切の無駄のない動作で切り刻んでいく。そして、氷の勢いが弱くなったのを見計らい、エイドは勢いよく後ろに飛び、態勢を整える。


「あの氷鬱陶しいな!」

 

 呼吸を整えながら愚痴をこぼすエイドに、フラムが言う。


「そりゃあ、そうだろ。あいつの二つ名知ってるか?」

「爽やか腹黒イケメンとかか?」


 エイドのボケに、フラムはあえて黙って答えた。


「《氷魔(ひょうま)の貴公子》、氷のエキスパートだ」

「な、なんだって……」


 エイドは驚きのあまり目を見開く。すると、


「外見だけじゃなく、二つ名までイケメンなのかよ!?くっそ~!人生は不平等だな!」


 これでもかと嘆きの言葉を発するエイドに、フラムは呆れて言葉も出なかった。ジェラードも、呆れたようにため息をつくと、エイドに言う。


「もう話は済んだかい?」


 エイドはジェラードを睨みつけると、


「お前の顔面の骨格歪めるくらいボコボコにしてやる!」


 泣きそうな顔で剣先を向けて言った。呆れていたフラムも、渋々剣を構えて攻撃に備える。

 ジェラードは鼻で笑って、手をエイドとフラムに向けて言う。


「出来るといいね」


 次の瞬間、ジェラードの背後から、無数の氷の槍が作られる。槍はパキパキと音を立てながら、照準をエイドとフラムに向けていく。そして、ジェラードが合図した瞬間、槍は一斉に二人に襲いかかった――


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