15.正面突破
エイド達はこの魔獣の襲撃を起こした術者の元へ向かうため、街の中を走っていた。しかし、予想以上に魔獣の数が多かった。少し進めば魔獣が襲いかかってくる。切り抜けたと思ったら、街の人が襲われていて、助けに行く。そのため、なかなか進めずにいた。
家の角を曲がると、エイドの目の前に鋭い斬撃が襲う。咄嗟に一歩下がってかわしたエイドの前には、手が鎌のようになった魔獣が睨みつけている。エイドは冷静に相手の動きを観察して、攻撃をかわし、手の鎌を切り落とす。すかさず、剣を返して胴体を切り裂く。紫色の血があふれ出し、魔獣は動かなくなった。
エイドは魔獣の頭部を見ると、やはり魔法水晶が埋め込まれていた。
際限なく襲って来る魔獣にエイドは苛立ったように言う。
「くっそ!これじゃあキリがない!」
そこへ、家の窓を突き破り、二体のゴブリンが飛び出してきた。油断して、体勢が整っていないエイドは、咄嗟に一歩下がると、左右からエアリアとフラムが前に出る。そして、二人はたったの一振りで、首をはね、無力化する。
「油断は禁物だよ」
「わかってる」
エアリアに注意されたエイドは不貞腐れたように返事をする。
しかし、このままでは術者の元へたどり着けない。エイドが何かいい方法はないかと考えていたその時だ。
「お困りのようだね!」
元気のいい声が、エイド達に浴びせられる。声を聴いた瞬間、体が無意識にこわばり、エイドの全身に鳥肌が立つ。振り向くと、ギルドの前でしつこく絡んできた、金髪で眼帯を付けたあの男がにやにやとわらって立っていた。
「あなたは?」
男のことを知らないエアリアは、男に聞くと、男は不気味に笑いながら答える。
「ふっふっふ……よくぞ聞いてくれた。私の名はサマダ!泣く子も黙る、銀等級の冒険者だ!」
自分の胸に親指を指し、自己紹介とは思えないテンションの高さに、エアリアはこの人は変な人だと確信した。
「え、ええっと、サマダさん。私達、急いでるんで」
引きつった笑みをしながら言うエアリア。と、その時だった。数十体の魔獣が、建物の屋根の上からこちらを狙っている。
気配に気が付いたエイドは、苛立ったように剣を構えながら言う。
「そこの馬鹿がでっけえ声出すからだ」
すると、サマダはパンパン!と、自分を注目しろと言いたげに手を叩く。すると、魔獣たちの視線が、一斉にサマダへと集まっていく。
「君たち急いでるんだろ。ここは僕に任せてよ」
エイドはサマダの顔を見て怪訝な顔をする。この男は何か怪しさがある。理由はわからないが、腹の中がもやもやする感じだ。そんな男に背中を任せてもいいものだろうか。
へらへらと笑っているサマダを見て考えるが、時間もないのでなりふり構っている暇もない。今は術者を止めることが先決だ。
「不本意だが、しかたねえ。行くぞ」
「いいのかよ?あの数、あいつ一人で何とか出来るとは思えねえぞ」
「あんな胡散臭いやつ知るか。それに、あいつが任せろって言ったんだ。任せとけばいいんだよ」
そう言うと、エイド達は迷うことなく走っていく。その後ろを何体かの魔獣が一斉に遅いかかる。しかし、全く音もたてず、サマダが一瞬で先回りをして、魔獣の行く手を阻む。
「ここは通さないよ」
サマダの動きを捉えられなかった魔獣は、驚き、瞬時に距離をとる。建物の上の魔獣たちもマサダの出方を伺っているようだ。
サマダは腰に下げている短剣を抜くと、手の中でくるくると回した後に構える。
「さあ、遊ぼうぜ」
サマダに任せてからしばらく走った後、フラムはずっと気になっていたことをエイドに聞いた。
「お前、あてがあるって言っていたが、どこに向かってんだ?」
そういえば説明していなかったなと、思い出したエイドはフラムの問いに答える。
「城だよ。あの中に犯人がいる」
エイドの言葉に、フラムとエアリアは驚いていた。
「まさか、国の関係者が犯人だって言うのか!?」
「ああ。そうだよ。それも、超人気ものだ」
エイドは笑いながら二人に言った。そして、二人の脳内にある人物が思い浮かんだ。
「「ジェラード……!?」」
「ぴんぽーん。正解だ」
エイドはふざけたように言うと、続けて説明した。
「犯人が残したメッセージは“GUARDIAN”守護者だ。つまり、この国を守る衛兵のことを言っている」
「でも、それだけで、ジェラードさんだとは限らないでしょ?」
エアリアの問いに、エイドは逆に問いかける。
「初めてあいつに会った時のこと覚えてるか?」
「ん~?別に変ったとこは無いと思うよ?」
「まあ、よく見ないと気づかないよな。あいつの鎧には爪痕のような傷があったんだ」
エアリアは言われて思い出す。確かに、ジェラードの肩のあたりに傷があったような気がする。
「そして、クエストでゴラオーリアに襲われた時、爪には青い鎧の欠片がいくつかついていた。多分ジェラードのものだろう。そうなると、大人しいゴラオーリアが襲ってきた理由がわかる。ジェラードは多分、ゴラオーリアを“支配”しようとしたんだ。でも、失敗した。流石のジェラードもゴラオーリア二体を相手には苦戦したんだろ。そこでやられたのがあの鎧の傷だ」
エアリアは、エイドの観察力と推理力に驚いていた。そして、記憶を遡って思い出す。
「それで、ゴラオーリアは、私達を《支配》した犯人だと勘違いして襲ってきたのか。だとしたら、《支配》したゴラオーリアはどこに行ったんだろ?」
「それはわからない。ただ、あいつは仕事を口実に、常に森にいる。魔獣を《支配》しようと思えばいくらでもできる」
その時、フラムは何かを思い出したようにエイドに言った。
「もしかして、アンデットに襲われた時、あいつはアンデットを《支配》していたんじゃないか?」
フラムは走りながら続ける。
「アンデットは他の魔獣とは違う。魔獣の魂が、死体を操ってるようなものだから、《支配》が上手くいかなかった」
フラムの後に、エイドが続けて言う。
「だから武器も抜かずに魔法で粉々にしたのか。魔法水晶が見つからないように」
犯人と裏付ける証拠はいくつか集まっている。しかし、何かもやもやとした違和感が、エイドの中にはあった。
すると、突然、エアリアが気合を込めた声を出す。
「許せない!絶対に止めてやる!」
エイドは笑ってエアリアに言う。
「当たり前だ。ヒバナちゃんのためにも何としても止め――」
と、エイドが話している言葉を遮るように、目の前を勢いよく何かが通り過ぎる。思わず顔を覆ってしまったエイドは、何が通り過ぎたのかを確認するため顔を上げると、目を見開いた。
目の前からエアリアが消えていたのだ。
エイドは周囲を見渡して、エアリアの姿を探す。その時。
「エイド~!ヘルプ~!」
遠くの空からでエアリアのこえが聞こえる。勢いよく、声のする方を向くと、空高くでコウモリのような大きな魔獣の爪を剣で受けているエアリアがいた。どうやら攫われたわけではなく、攻撃されたようだ。
「こんな時に何やってんだよ!」
フラムは呆れたように言うと、エアリアの後を追う。その後ろをエイドがついていく。
すると、エイドは地面に転がっていた槍を足でけり上げると、片手でつかむ。走る勢いをそのままに、
「そのくだりはもう見ただろうが!!」
怒りに満ちた顔で、槍を魔獣目掛けて思い切り投げる。槍は、真直ぐに進んでいき、見事に魔獣の頭を打ち抜くと、エアリアから離れて落ちていく。
「え?うそでしょ!?」
急に空へと投げ出されたエアリアは、あっけにとられたまま、重力に任せてゆっくりと落ちていく。
「いやああああああああああああぁぁぁぁぁ……」
エアリアは真下にあった、そこが見えない古屋の井戸に、吸い込まれていくように落ちていく。
「「あ」」
急いで駆け付けたエイドとフラムは、目の前で落ちて行ったエアリアを見て声を漏らす。
しばらく固まった後、何事もなかったかのようにエイドは踵を返す。
「よし、行くか」
「おいおい!大丈夫なのか?」
「エアリアなら大丈夫だろ。多分、きっと、恐らく……」
だんだん声が小さくなり、自身がなくなっていくエイドに、フラムは本当に大丈夫かと心配になっていた。
「とにかく、俺らはジェラードの所に行かないと。今は、エアリアの屍を越えて行くんだ……」
「いや、勝手に殺すなよ」
二人は、エアリアの犠牲を無駄にしないためにも、城に向かって走り出した。
城の入り口には、何百人の兵が集まっていた。その先頭には、無精ひげを生やした男が立っている。この衛兵隊の隊長だ。
「ジェラードが不在の今、私達がこの国を守るのだ!行くぞ!」
「「「おお!!」」」
体調の掛け声に、衛兵たちは武器を掲げて気合を入れる。そして、体調は街へと迎えうため振り返る。と、次の瞬間。顔面に鈍い痛みが走ると、徐々に気が遠のいていく。
「がはっ!?」
薄れ行く意識の中、体調が目にしたのは黒髪の少年の足の裏だった。そう、隊長の顔面を蹴り飛ばしたのはエイドだった。
「た、隊長!!」
隊員たちは、倒れる隊長を見て思わず叫ぶ。
「貴様!何者だ!」
隊長に蹴りを入れたエイドに、剣を構えながら聞く。
エイドは剣を抜いて構えると答えた。
「通りすがりの村人だ!!」
エイドは掛け声と同時に、衛兵たちの群れに突撃していく。エイドは、振るってきた剣を横にいなすと、横凪に剣を振るう。鎧に浅い切り傷をつけ、吹き飛ばす。まとめて数人を吹き飛ばすと、エイドは地面を蹴って高く飛ぶ。衛兵の頭を踏みつけ、奥へと向かおうとする。しかし、足を滑らせ地面におちてしまう。衛兵たちは、エイドの着地を狙い、槍を構えている。
「やば!」
エイドに槍が届きそうになったその時、ドゴォン!と地響きと共に物凄い音が鳴った。すると、目の前にいた衛兵が、飛んできた衛兵に巻き込まれて吹き飛ばされていく。
「正面から突撃するバカがどこにいんだよ!」
衛兵が飛んできた方を見ると、大剣を振り回すフラムが大きな声で怒鳴っていた。
すると、エイドは笑って言う。
「ここに二人いるじゃねえか」
エイドは地面に手をついて、足を大きく回しながら周りの隊員を蹴飛ばす。その勢いを利用して立ち上がると、次々に衛兵たちをなぎ倒す。
その後ろで、エイドの後を追うように、衛兵を一振りで何人も吹き飛ばしてくフラム。
「なんだこいつら!強すぎる!」
衛兵たちは、その脅威に委縮して、攻められずにいた。
「このまま押し切るぞ!」
「おうよ」
フラムに合図すると、エイドは身をかがめて足に力を込める。剣を前に構えると、一気に地面を蹴る。地面がえぐれ、物凄い速度で城の方へと突撃する。目の前に立つ衛兵たちをなぎ倒し、後ろにいるフラムに道をつくる。その後ろをフラムが走ってくる。
最後の一人を吹き飛ばすと、速度をそのままに門を一刀両断する。
城の中に入ると、さっきまでの騒ぎが嘘かのように静まり返っていた。場内を灯すろうそくでさえ、どこか弱々しい感じがしている。
「さて、あのキザ野郎はどこにいる」
エイドの横で、フラムは目を瞑り耳を澄ましている。
足音のようなものが聞こえるが、城の構造のせいか、反響して位置までは掴むことができない。
「しかたねえ。手分けして探すか」
フラムは、上に続く階段を指さして言う。
「俺は上を見る。お前は一階を見て回れ」
「お前が仕切ってるのが気に入らねえが、その方がよさそうだな」
エイドとフラムは無言で二手に分かれる。
その頃、ジェラードは城の中を歩いていた。その手には、魔獣に埋め込められていた魔法水晶が握られていた。淡い光を放つ魔法水晶をしばらく見つめたあと、懐にしまう。すると、何かを感じ取ったのか、ゆっくりと振り向く。
「思ったよ早かったな」
静かに呟くとジェラードは再び歩き出す。その背中は、どこか哀愁が漂っていた。




