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村人が世界を救って何が悪い  作者: まよねえず
第一章:悪魔の炎編
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11.悪魔の子

 十年前、フラムがまだ八つの時、どこでもありそうなありふれた日常を過ごしていた。

 フラムは、家の庭で、自分の体が隠れる程大きな木刀を振り回していた。


「九十八……九十九……百……!」


 百まで数え終えると、汗を拭い剣を地面に放り投げると、その場に座り込んだ。乱れる呼吸を整えていると、家の扉を開けてフラムを呼ぶ声が聞こえてきた。


「フラム~ご飯できたよ~!」


 優しい声の彼女はフラムの母親、アネモネだ。青紫色の髪を後ろで束ね、肩の方に流している。そして何より、優しい目をしている。

 アネモネはフラムの元へ歩いていくと、呆れた様に言う。


「また、チャンバラごっこ?」


 アネモネの言葉に納得いかなかったフラムは、少し怒りを含んで言い返す。


「違うよ、素振りだよ。す・ぶ・り!俺は、勇者のように強くなるんだ!それだけじゃない」


 フラムは自信満々に続ける。


「自分で作った最強の剣を使って戦うんだ!勇者を超えるためにはこれしかない!」


 フラムは自分の夢を自信満々に語る。それを苦笑しながら聞いていたアネモネ。


「もう何回も聞いたよ。強くなるためには、まずご飯を食べて大きくならなくちゃね。ほら、さっさと入った入った」


 そういって、フラムを半ば強引に、家の中に連れて行った。

 こんなどこにでもある平凡な一日。明日も同じように平凡で幸せな一日が訪れると思っていた。

 翌日、その日は、突き刺すような日差しが降り注ぎ、過去最高気温だったそうだ。もちろん、部屋の中も熱気がこもり、窓を開けてもかなり暑かった。


「あち~……」


 部屋の真ん中でぐったりとしているフラムは、気の抜けた声で言う。そこへ、幼いアネモネを背負ったアネモネが怒りを含んだ表情で歩み寄る。


「全く、だらしないわね。暑さにそんなんだから、炎を操る魔法が成長しないのよ」


 フラムはこのころから、魔法が使えた。しかし、思うようには使えず、試行錯誤していた。

 アネモネは更に続けて言う。


「お父さんは炎の中でも涼しい顔をしていたんだから」


 何故か自分のことのように誇らしげに言うアネモネに、フラムは不機嫌そうな顔をして言う。


「知らないよ。お父さんと一緒にしないでくれ。それに、のろけ話ならきかないからね」


 一向に動く気配のないフラムに、アネモネは思い出したように言う。


「そう言えば、今日約束の日だったんじゃないの?」

「約束?」

「ヴェルフさんの所で剣をうつって言ってなかった?」

「やっば!忘れてた!」


 それを聞いた瞬間、フラムは飛び起きると、急いで準備を始める。

 この日、フラムは初めて剣を打った。ヴェルフの所に通って一年が経ち、技術が向上したからと、ようやく剣を打つ許可をもらったのだった。

 わずか一分で準備を終えたフラムは、慌てて扉を出ようとする。


「母さん、行ってきます!」

「ちょっと待って」


 アネモネはフラムを止めると、ぼさぼさの髪の毛を整え、服についている埃を払うと、両肩をポンと軽くたたく。


「よし、完璧!行ってらっしゃい!暗くなる前には帰ってくるんだよ」

「うん!行ってきます!」


 フラムは返事をすると、勢いよく家を飛び出していった。アネモネは見送った後、呆れて笑みをこぼす。


「全く、誰に似たんだか」


 アネモネは遠くを見るような目をして呟いた。



 呼吸が苦しくなるほど熱がこもった部屋。外の気温も高く、そこは地獄のようだった。

 熱のせいで水分はほぼ蒸発して、カラカラに乾いた空間では、呼吸をするのも大変だった。

 そんな熱がこもる部屋の中、フラムは一心不乱に鋼を打っていた。力強く叩くたびに火花が飛び散る。


「もっと腰入れてうたんか!」


 後ろで見ていたヴェルフはフラムの腰を叩きながら怒鳴る。


(こっちはまだ子供なんだ。あんたみたいに力もねえんだよ。それに、気を張ってないと、暑さで意識が持っていかれそうだ)


 フラムは言い返そうと思ったが、そんな余裕すらもない。ただひたすらに鋼を打つ。

 しばらく打つと、気づいた頃には暑さも、疲労も感じなくなっていた。ただひたすら目の前の鋼を打って、打って、打ちまくっていた。

 汗が目に入ろうとも、喉の乾きも忘れて、ひたすら打ちまくる。その顔はとても楽しそうな顔をしていた。

 自分が満足いくだけ打ったとき、フラムは完成度なんてどうでも良くなって倒れ込んでいた。


「だぁ……はぁ……はぁ……」


 腕も動かないし、呼吸をするたびに体が水分を欲しているのがわかる。これほど疲れたのは初めてだった。

 ヴェルフはフラムが打った剣を手に持って見る。すると、笑って倒れたフラムに言う。


「初めてにしては上出来だ。だが、こんなんでへばってる暇はねえぞ。ほら、次打ってみろ」


 この時、初めてこのじじいに殺されると、心の底から思った。

 しかし、手のひらに残る鋼を打つ感触に、自然と笑みがこぼれていた。

 もっと打ちたい。この感覚をもう一度味わいたい。そして気づいた。剣を打つことはとてつもなく楽しいということに。

 フラムはフラフラと立ち上がると、横に転がっていた金槌を拾い上げる。


「やってやるよ……」


 鋭い眼光で笑って言うフラムに、ヴェルフは水を渡す。

 フラムは一気に飲み干すと、真っ赤に輝く鋼の前に立ち、力いっぱい金槌を振り下ろした。




 熱中しすぎて、気がついたら外が暗くなり始めていた。その頃には、もう腕は全く上がらなくなっていた。

 疲れ切ったフラムに気がついたヴェルフはフラムに言う。


「今日はここまでだな。歩けるうちにさっさと帰んな」


 フラムは声も出ないくらいに疲れていたため、無言で立ち上がると、挨拶もせずふらふらとした足取りでそのまま鍛冶屋を後にした。

 街の中を何度も倒れそうになりながら歩いている。すると、どこから声が聞こえてきた。


「今日の晩ごはんはシチューだよ」


 声のする方を見ても、そこには家の壁があるだけだった。しかし、窓の中ではシチューの鍋に喜ぶ子供達が写っていた。


(ああ、またか……)


 この頃から、フラムの耳は異常鋭くなっていた。離れたところにいる人の小話や噂話や家の中で起きる痴話喧嘩の声とか、聞きたくもない声が四方八方から飛んでくる。

 初めてなった時は病気かと思ったが、アネモネも耳が良かったようで、遺伝だろうと言った。今では、徐々になれてきてコントロールも出来るようになってきた。しかし、疲れたときはこうして、耳が過敏に反応することが多い。

 わかったところで、こうなってはどうすることもできないフラムは、雑音が鳴り響く街の中、我慢しながら歩いた。

 ようやく家の明かりが見えてきた所まで来たフラムは、少し立ち止まって呼吸を整えた。

 剣を上手く打てたことを自慢してやろう。そう思いながら家に向かおうとした。その時だった。


「……しか……だ……す……ない」

「……かった……そくして………」


 なんて言っているかはわからなかったが、聞き覚えのない男の声が家の中から聞こえてきた。それを聞いたフラムは、悪党が家に入ったんだと思った。

 何か会話をしているが、小声で話していてはっきりとは聞こえない。


「フラムを……ヒバナ……に……って」

「………する」


  フラムは疲れなんて忘れて、ヒバナと母さんを助けないと。そう思って走った。


「………してるわ」


 アネモネの声が聞こえた。

 ――刹那、視界が強い光で包まれる。直後、爆音と熱風が同時にフラムを襲った。風圧で地面を転がる。天と地がめちゃくちゃになり、自分がどっちを向いてるかがわからない。

 キーンという甲高い音が耳に残る。ぐるぐると回る視界が次第に戻ってくる。そして、顔を上げた時、目の前の光景に絶句した。

 家の天井は吹き飛ぶ、天に届きそうなほど、青い炎が家を包み、燃え上がっていたのだ。


「ヒバナ……母さん……!!」


 フラムはなりふり構わず炎の中に飛び込もうとした、その時だった。


「フラム、ヒバナをお願い!」


 アネモネの声が聞こえたと同時に、炎の中から布に包まれたヒバナが飛び出して来た。

 フラムはなんとかヒバナを受け止める。気を失っているが、息はしている。しかし、顔にはやけどを負っていた。


(あとは母さんだけだ!)


 フラムは少し離れたところにヒバナを置くと、再び炎に近づく。


「母さん!今助けるから!」


 フラムに助ける策は特になかった。しかし、父親が炎に耐性があるのなら、自分にもあるはず。そう思って火の中に飛び込もうとした。しかし、


「来ちゃだめ!」


 今まで聞いたことがない怒号が、フラムの動きを止めた。アネモネは優しかった。起こることはあったが、フラムにとって怒鳴られたのは初めてだった。

 すると、戸惑うフラムに、アネモネは小さい声で続けた。


「耳の良いフラムなら聞こえてるでしょ?私もフラムの声が聞こえる」

「ああ、聞こえてる、聞こえてるよ!」


 フラムは必死に叫んだ。叫ぶことしかできなかった。


「いい。よく聞いて。これが私の最後の言葉になると思うから」


 その言葉に、フラムの中で何かが崩れ落ちるような、何かを失うような、そんな感じがした。

 フラムからの返事はなかったが、アネモネは続けて言った。


「私は助からない。これから、フラムとヒバナは、二人で生きていかなきゃいけない。それは、今のフラムとってとても厳しく、険しいいばらの道になる」

「何言ってんだよ!必ず助ける!俺が助けてみせる!」


 それでも、俺はどうすればいいかわからなかった。母さんのもとにたどり着くにはどうしたらいい。そう考えている間に、周りの住民が気づいて駆け寄ってきた。

 これで助かる。そのことを伝えようとしたその時、再び母の声が聞こえてきた。


「あなたは強い子だよ、フラム。あなたなら、どんな壁だって乗り越えられる」


 アネモネの声を聞いているうちに、アネモネがどこか遠くに行ってしまうような、もう二度と聞くことができないような気がした。そう思うと、黙って聞くことしかできなかった。

 アネモネは続けて言う。


「あ~あ。フラムが作った剣で活躍する姿、見たかったな~」



 笑って言っているが、その声は涙をこらえるように震えていた。

 すると、フラムの思いが一気にあふれ出す。


「そんなもんいくらでも見せてやる!今日剣を打ったんだ!ヴェルフのじいさんにも褒められてさ、だから、俺の夢もすぐそこなんだ!もう目の前まで来てるんだよ!だからさ……そんな……最後みたいに……言わないでよ……」


 フラムの頬を涙が伝う。地面に落ちると同時に、膝から崩れおちる。

 フラムは必死に祈ることしかできなかった。

 

(神がいるなら救ってくれよ。勇者がいるんなら救ってくれよ)


 絶望していたその時、


「フラム」


 何度も、何度も何度も何度も何度も何度も聞いた、自分を呼ぶ優しい声。母さんとの記憶が一気に蘇る。

 フラムは慌てて声がする方を見て顔を上げると、炎で崩れた壁から、母の顔が見える。

 優しい瞳と目が合うと、その瞳から一粒の涙があふれ出し、優しく微笑む。


「愛してるよ、フラム」


 ――刹那、無情にも炎は更に勢いを増して家を包み込む。


「母さん……母さん!!」


 フラムは喉から血が出るほど叫んだ。母さんは死んでない。また、優しく名前を呼んでくれるはずだ。今日の話をして、褒めてもらうはずだった。

 フラムは必死に叫んだ。しかし、母さんの返事はなかった。

 地面に座りながら、燃える家をただ眺めている。

 煙に乗り、今までの日常が、幸せがすべて奪い去っていくような気がした。

 それを眺めることしかできない、自分の非力さに腹がたった。

 もし俺に力があれば救えたかもしれない。

 俺は無力だ。


「誰か、うちの子がまだ中にいるの!」


 フラムが打ちひしがれていたその時、必死に叫ぶ女の人の声が聞こえた。

 それは、隣に住む近所のおばさんだった。あの人の家にも、フラムとヒバナと同じくらいの子供がいた。隣の家に燃え移った火が一気に広がり、逃げ遅れてしまったのだろう。

 女性を落ち着かせるために、駆け付けた街の人がなだめる。


「落ち着いて!今火を消すから!」


 気がつくと、周りにはすごい数の人が集まっていた。

 男たちは何度も水を汲んではかけを繰り返す。しかし、炎の勢いが鎮まることはない。


「しかし、どうしてこんなことに」


 集まった人だかりの中から、声が聞こえた。その直後だった。

 近所のおばさんがこちらを睨みつけてくる。その目は、恨み、怒り、殺意、あらゆる負の感情がこもっていてた。

 その眼に、フラムの背筋に寒気が走った。

 そして、女性は叫んだ。


「そいつよ!そいつが、火をつけたのよ!」


 瞬間、全員の視線がいっせいに俺に向けられた。

 違う、俺じゃない。そう言いたかったっが、声が出ない。

 女性は更に叫ぶ。


「私見たのよ!そいつが火の魔法を使ってるのを!遊んでて火をつけたのよ!」


 ありもしない作り話だった。普通だったら、そこまで影響はなかっただろう。しかし、こんな騒ぎのなかで被害者が叫ぶ声には影響力があった。被害者が必死に訴えるのだから間違いないと、野次馬の誰もがそう思った。

 すると、周りの視線が一気に冷たく突き刺すような視線へと変わった。


「まじかよ」

「ありえないわ」

「本当に人間の子供かよ」

「人間の革を被った化け物だな」

「まるで()()だな」


 聞きたくもない罵詈雑言が流れ込んでくる。


(違う、俺じゃない。家の中に誰かいたんだ。信じてくれ)


 心のなかで叫んだって届きはしない。

 この瞬間、フラムは独りなったのだと悟った。

 ありもしない罪を着せられ、関係のない人からは蔑まれる。

 ならば、誰にも期待しない。そうすれば、裏切られることも、理解してもらう必要もない。

 フラムは隣に倒れているヒバナに優しく手を添える。


「安心しろヒバナ。お前は俺が守ってやる」


 フラムは覚悟を決めた顔で呟いた。

 たった一人の家族を絶対に守り抜く。心の中でそう誓った。

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