9.アクシデント
エイド達は、薄暗くどんよりととした空気が漂う森の中を歩いていた。森の中は、至る所から視線を感じるような気がして気が抜けなかった。
先頭をエイドが、真ん中をヒスイ、その後ろをエアリアが歩いていた。
一歩一歩、足元を踏みしめるように慎重に進んでいく。左右を確認し、木の陰からの襲撃にも警戒する。と、その時、エイドとエアリアが剣を抜いて構える。
「エアリア」
「うん、わかってる」
二人はヒスイを守るように、周りを警戒する。草が擦れる音が辺りから止むことなく聞こえる。
風が止み、ほんの一瞬、森の中から音が消え去った。――刹那、木の陰から二体の黒い影が飛び出してくる。討伐対象のハバリーファングだった。
エイドは瞬時に反応して、一体の首を切り落とす。もう一匹、反対側から襲いかかってきたハバリーファングを、エアリアは下顎から剣を突き刺し、確実に急所の頭を突き刺す。ものの数秒で二体を無力化した二人は、
「来やがったな!」
「あと八体!」
笑いながら剣を構え次の襲撃に備える。
ヒスイはこんなに楽しそうに戦っているエイドを見るのは久しぶりだと、うれしそうな顔をしていた。
エイド達が構えていると、木の陰から二体、三体と、どんどん数が増えていく。そのうちの一体が、エイド目掛けて襲いかかる。エイドは聖剣による一太刀で牙を切り落とすと、続けて剣を振るい首を切り落とす。直後、死体の陰に隠れるながら、もう一体のハバリーファングが襲いかかってくる。予想外な強襲に、エイドは一瞬判断が遅れる。
突進してくるハバリーファングの牙を間一髪のところで掴み、抑え込む。
「ぐぅ……!力強すぎだろこいつ……」
エイドが抑え込んでいたハバリーファングを、エアリアが慌てて仕留める。
「いや、普通素手で止められないから」
エアリアが驚くのも当然だ。ハバリーファングの突進は、岩を簡単に砕き、鉄を貫くと言われ、鎧を着ていても骨が砕けると言われる程、突進が強のだ。
それをいとも簡単に抑えてしまったエイドに、エアリアは驚くよりも、むしろ呆れていた。
「サンキュー、助かったわ」
エイドは笑ってエアリアの方を見る。しかし、エイドの笑顔は徐々になくなっていた。何故なら、エアリアの周りには四体のハバリーファングが転がっていたからだ。
いつもどこか抜けているところがあるが、やはりエアリアの戦闘センスはずば抜けていると、エイドは改めて思った。
二人は、改めて剣を握る手に力を込める。そして、残りのハバリーファングを睨みつける。
「「あと、二体」」
獲物を捕らえる獣の目をしている二人に、ハバリーファングは後ずさりする。しかし、逃げるのが遅かった。
目にもとまらぬ速さで距離を詰めると、二体を一瞬で仕留める。残りのハバリーファングは逃がしてしまったが、クエストの内容は達成したので深くは追わなかった。
エイドとエアリアは剣を振り、ついていた血を払うと、そのまま鞘にしまった。
「ふー、案外早く終わったな」
「街に戻って報告したら、ちょっと街の中見てみない?」
「そうだな。昨日はちゃんと回れなかったし」
そんな雑談をしながら、エイドとエアリアは仕留めたハバリーファングを荷車に乗せている。その時だった。背の高い草の隙間から、腕よりも太く長い蛇が、エイド目掛けて飛び掛かってきた。
「マジか!?」
両手が塞がったエイドは投げるようにハバリーファングを荷車に乗せるが、剣に手を添える頃には、すぐそ足元まで迫っていた。完全にやられたと、確信したエイド。
「目の前の敵を焼きはらえ『フレイム』」
横からヒスイの声が聞こえたと思った途端、大きな火の玉が飛んできて蛇に直撃する。蛇は、炎に包まれると、そのまま息絶えた。
「大丈夫!?」
心配したエアリアが、エイドのもとに駆け寄る。
「ああ、ヒスイのおかげで助かったよ」
ヒスイの方を見ると、やってやったぞという顔をしてピースをしていた。
ヒスイの魔法を見たエイドは、改めて魔法の凄さを感じていた。
「それにしても、ヒスイの魔法がここまで凄いとはな」
「銅等級の冒険者ならとっくに超えてるかも」
エイドとエアリアのべた褒めに、ヒスイは頬を赤らめて少し照れた様子だった。
仕留めたハバリーファングを荷車に乗せた三人は、来た道を引き返していた。流石に十頭ともなると、かなり重量があるし、道が悪いこともありエイドとエアリアは少し手こずっていた。
「ヒスイ、降りろよ。少しは軽くなるだろ」
「エイド兄ちゃんの非力を私の体重のせいにしないで」
的を射た鋭い言葉にエイドは言い返せず、黙ったまま荷車を押す。すると、エアリアは立ち止まっていう。
「あれ?地震?」
エイドも立ち止まってみるが、確かに地面が揺れているような感じがしていた。それは、一定の間隔で揺れる。
「なんか、大きくなってないか?」
揺れはだんだんと大きくなり、反響してわからないが、どこからかズン、ズン!と、まるで足音のようなものも聞こえてくる。
エイドとエアリアは、周りを警戒しながら腰の剣に手を添える。
ズドン!と最後に大きな揺れが起こった。すると、さっきまでの揺れが嘘のように収まったのだ。
「え、えええ、え、エイド兄ちゃん」
後ろの方から、怯えるヒスイの声が聞こえてくる。エイドは振り向きながら言う。
「そんなに地震が怖かったのか、意外と子供だ………な………」
三人はその姿を見て言葉を失っていた。
そこには、自分が豆粒に思える程、巨大なゴリラがいた。白と黒の縞々の毛色に、針のように鋭い毛を全身に生やしている。涎を流す口からは、自分の身長と同じくらいの牙が見えている。
よく見ると、爪には誰かを仕留めた後なのか、防具の破片のようなものがちらほら見えている。
「グォオオォォオォオオォオオォオオオオ!!」
鼓膜が破れる程の咆哮が、棒立ちのエイドとエアリアに降り注がれる。それで我に返った二人は、がっちりと荷車の取っ手を掴む。
「「いやあああああああああ!」」
二人は悲鳴を上げながら、目にもとまらぬ速さで走り出す。
「おいおい!なんだよあれ!」
「こっちが聞きたいわよ!あんな化けもの見たことない!」
涙目になりながら全力で走る二人。しかし、一行に後ろからついてくる足音はやむ気配がない。振り向くことすらできない状況で、二人は前だけを見て一心不乱に走り続ける。
しかし、こんな重いものを引きながら、全力で走り続けられるわけもなく、徐々に速度が落ちていく。
「ああああ!もうだめだ!彼女出来る前に死ぬなんて嫌だああああ!」
「私だってもっと美味しいもの食べたかったあああ!」
エイドとエアリアは泣きながら愚痴をこぼしていると、巨大な魔獣はすぐそ後ろまで近づいていた。
魔獣の手がエイド達を襲おうとした、その時。ごうっ!と、空気が燃焼する音が聞こえてくる。直後、エイド達の後ろを壁のように高い炎が飛んでくる。魔獣は炎の壁に阻まれ、手を出せないでいる。
炎は更に火力を上げ、魔獣と同じくらいの大きさまで燃え上がっている。あまりの熱量にエイド達は顔を覆っている。
魔獣はどうすることもできず、渋々来た道を引き返していった。魔獣がいなくなると、炎は一瞬で空に溶けるように消えていった。炎が通った道は、何も残っておらず、全てが黒く焦げていた。
「助かった……のか?」
「でも誰が……」
エイドとエアリアは炎が飛んできた方を見る。そこには良く見覚えのある男が立っていた。
「またお前らか」
仕留めた鳥を二匹担いだフラムだった。
「お前、魔法が使えたのか?」
「んなことはどうでもいい。それより、てめえに聞きてえことがある」
何故か怒りに満ちた様子のフラム。
「ヒバナをそそのかしたのはお前だな」
「そそのかした?何に言ってん――」
エイドが言い終える前に、エイドのすぐ横を先程の炎が通り過ぎる。少しかすったのか、服の一部が焦げていた。
「いきなり何しやがる!殺す気か!?」
「知るか。人の妹に手を出しやがって、このロリコン野郎!」
「知らねえよ!身に覚えがねえ!」
「とぼけんな!あのヒバナが顔隠すの止めて、お前の話ばっかしてたんだぞ!言い逃れできるかよ!」
見に覚えのないエイドは、混乱しながらも、次々に飛んでくる炎をかわす。
説明をして小一時間経った。ようやく誤解を解くことができたエイドは、髪の毛がちりちりになり、服もいたるところが焦げていた。
「はあ……はあ……ちゃんと話を聞けっての」
「てめえが早く話せねえからだろ」
ヒスイとエアリアは二人のやり取りを、弁当として持ってきたサンドイッチを少し離れてたところで食べながら
「終わった?」
サンドイッチを口に頬張ったまま、呆れた様に言うエアリア。エイドは疲れた様子で答える。
「ああ。こんなやつほっといて、早く帰ろうぜ」
「さっさとどっか行きやがれ」
フラムは手でエイドを払うようにする。それに対して馬鹿にするようにエイドは舌を出す。
再び荷車を押し始めたエイドとエアリアは街に向かって歩き出す。すると、エアリアとヒスイはフラムに手を振った。
「さっきはありがとうね!」
「赤髪の兄ちゃん、助かった」
照れ隠しなのか、フラムは返事をせず、ただ背を向けたまま手を振って森の中へ消えていった。
森を無事に抜けたエイド達は、疲れ切った表情で荷車を引いて、門のすぐそばまで来ていた。二人は森でのことを思い出し、話していた。
「あれはやばかったな」
「ホント、死ぬかと思ったよ」
二人は笑いながら話しているが、笑いごとではないのではと、荷車に座っているヒスイは話を聞きながら内心思っていた。
エイド達が門の前にたどり着いた時、横から来た人も門を通ろうとしていたため、立ち止まる。先に譲ろうと顔を上げた。すると、エイドは顔をしかめる。
「またお前かよ」
「それはこっちの台詞だ」
そこには、森で別れたフラムがいた。お互い、道は違ったが、目的地は一緒だっためこうなるのは当然だ。
「もしかして、お前俺らのこと好きだったりして」
「殺すぞてめえ」
「冗談だよ」
殺意のこもった炎を掌に作り出すフラムに、エイドは両手を上げ、降参するように言う。
すると、門の向こうから、見知った顔の女の子がこちらに向かって来るのが見えた。
「あ、エイドさん!やっほー!」
「おお、ヒバナちゃん。ここいいる馬鹿のお出迎えか?」
「お前は後で消し炭にしてやるから覚悟しとけ」
殺意を放つフラムを無視しながら、エイドはヒバナに手を振る。
ヒバナは後ろの台車に乗ってあるハバリーファングが気になるのか、覗くようにして見ていた。
「すごい、これ二人がやっつけたの?」
「そうだよ、すごいでしょ!」
エアリアは、腰に手を当てて自慢げに言う。そんなエアリアを、尊敬のまなざしで見つめるヒバナの服を掴んで持ち上げるフラム。
「ほら、さっさと行くぞ」
「ちょっと、降ろしてよ!もうちょっとお話させてよ!」
ヒバナは手足をばたつかせながら、フラムに連れられて街の中へ消えてしまった。
見送ったエイドはエアリアに言う。
「俺たちも、クエストの報告に行こうぜ」
「そうだね」
エイドとエアリアは、再び荷車を引き、ギルドへ向かった。




