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9 モテモテですね?

「お嬢様、モテモテですね」

「……そうね」


 リナが開封済みの手紙の束を抱えて部屋に入ってきた。

 私の誕生パーティの後、いろんなところから誘いの手紙が届いている。一通り父や兄が目を通し、問題ないと判断されたものが私の元へくることになっているというのに、その量は一体。


「こちらがパーティやお茶会のお誘いですね。そしてこちらがお見合いです」


 どどんとテーブルに置かれた紙の束。お見合いでその量なのか。リナに疑いの眼差しを向けていると、続いて部屋に入ってきたトマが、苦笑いを溢す。


「これでもルロワ伯爵家より下位のものは、お断りしているんですよ。さすがにルロワ家より上の方々のものは会わずにお断りはできないということで……」

「……なるほど」


 下っ端伯爵家には申し分ない家柄の方々からそんなにたくさんのお見合い希望が来ているということか。偉いお貴族様たちは私の何がそんなに気に入ったのだろうか。挨拶を交わしただけの獣人の皆さんの印象は薄い。確かに私が可愛いのは認めるが、やはり人間だから、ということが大きいのだろう。

 リナは、世の中がお嬢様の魅力に気付いてしまったとはしゃいでいる。


 しかし、この量は……


「ここに残ったお見合い希望は、全部私がお会いしないといけないの?」

「……そうなります」

「……」


 あの日アミールとの婚約を正式に発表していたら、こんなにも手紙が届くことはなかったのだろう。しかし、そうなってしまったら、あの最低な男と過ごす日が増えることになる。それならば、けも耳男子を毎日日替わりで眺めていたほうが何倍もマシだ。……それは実に楽しそうだ。顔が崩れかかったとき、トマが咳ばらいをして今日の予定を告げる。


「こほん、本日は午前にゴーティエ侯爵家の次男、レナール様、午後はメルシェ伯爵家の長男、サミュエル様とのお約束があります」

「……はぁ、レナール様とサミュエル様……」

 

 トマの口から出た名前に聞き覚えもなければ、まったく顔も思い出せない。なんの獣人だったかもわからない。何一つぴんとこないまま、あわよくば肉食系の耳としっぽもしくは強そうな角がついていたらいいなと不純な願いを持ちつつ、私はドレスに着替えた。


 公表はしていないが、母が頼み込んだせい……いや、おかげでアミールとの婚約は継続らしい。なので、これから約束のある獣人の皆さまはお断りするために会う、ということ。獣人男子に会える楽しみと憂鬱な気分がごちゃ混ぜである。



*** 




「メーラ嬢。パーティではあまりお話できなかったので、改めてお会いできてうれしく思います」

「レナール卿、私もお会いできて嬉しいです」


 目の前にいるのはヒョウ柄の耳としっぽを持つ男性だ。すらりとした長身に、整った顔立ち、やや吊目の瞳が猫科の面影を残す。長いヒョウ柄のしっぽは隠すことなく晒され、床の上でくるりと巻かれていた。望んでいた肉食系男子。私の心は浮足立つが、しかし、残念ながらもうお断りすることが決まっている。嬉しそうに頬を染めて、満面の笑みなのに申し訳ない。


 お茶を飲んで、他愛のない会話をして……すぐに話題が尽きた。余計な希望は与えないようにと私がそっけない返事をしていたからだろう。ヒョウ柄の耳がへにゃりと下がり、明らかに不安そうで心が痛い。それなのに、一生懸命盛り上げようと必死に話をしてくれる姿に申し訳なさは募るばかりである。


 しかし、目の前の男性は時間が経つにつれて、そわそわと落ち着かない様子が見て取れた。


「あ、あの、メーラ嬢、庭がとてもきれいですね。少し歩きませんか?」

「え? ええ」


 我慢できないとでもいうように、いきなり立ち上がったレナール卿がエスコートの体勢を取った。断る訳にもいかず、おずおずと彼の腕に触れる。触り心地の良いスーツに手を置いた瞬間、レナール卿の肩がびくんと跳ねた。


「?」

「あっ、し、失礼」


 不思議に思い彼を見上げると、ここに来た時から頬が赤く染まっていたが、今は顔全体にそれが広がっていた。


「レナール卿……? 大丈夫ですか? どこかお加減が?」

「い、いえ、すみません」


 彼は口元を覆ったままそっぽを向いた。体調が悪いというより、照れている。私を直視できないといった様子だ。

 おやおや? 私の魅力にやられてしまったのかね? 

 恐らく彼の年齢は兄と同じくらい。こんなにも良い反応をしてくれると、楽しくなってきてしまっている自分がいる。


「お顔が赤いみたいですが……」


 悪戯心に火がついて、少しからかってみようなんて、悪いことを考えたのがいけなかったのだ。

 少し身体を寄せて、古典的な媚びる体勢。腕に触れただけで肩が揺れたのだから、こんなにくっついたら、もしかしたら飛び上がってしまうかも。なんて、彼の顔を覗き込もうとした瞬間……

 

「メーラ嬢っ!」

「ひょわ!!」


 座っていたソファに押し戻され、体勢を崩した。淑女あるまじき声を上げ、ソファに転がってしまう。すかさずそれに覆いかぶさってくるヒョウの獣人男子。


「れ、レナール卿……!?」

「メーラ嬢、すみません。なんだか、変な気分になってきて……」

「は、はい!?」

 

 変な気分とは、どんな気分!?

 大きな身体に押さえ込まれ、身動きが取れなくなっている。少しずつ近付いてくる顔は真っ赤で、呼吸も荒い。


「メーラ嬢から、とても、いい匂いがするんです」

「へっ、あ、あの! っ……」

 

 すんっと首元の匂いを嗅がれ、ぞわぞわぞわと悪寒が走った。そのあと、どう見ても正気を失っているようなギラついた目とともに、顔が近づいてくる。いけない、このままでは私の身体が傷物に!


 あれ、この展開前にも……


「っ、レナール卿、すみません! ふんっ!!」

 

 ……仕方なかったのだ。私のか弱い細腕では、ヒョウ男子を押し返せなかったのだから。

 

 顎を押さえながら呻いているレナール卿を見ながら、慌てて彼の下から抜け出し、部屋の外に声を掛ける。バタバタと部屋に入ってきたトマの視線が私の赤くなっているであろう額に向いた。


「れ、レナール卿は体調が優れないようなので、送って差し上げてください……」


 うずくまったまま、動けないレナール卿に礼を取り、部屋を出る。

 

 ふう、何とか事なきを得た。しかし、今回のは私が悪い。男性をからかうものではないな。反省しつつ、午後の予定に備えて、昼食をとることにした。




***



 午後のサミュエル卿は犬だった。大型で垂れ耳の犬。

 会った瞬間からちぎれんばかりにしっぽを振られ、人懐っこい笑顔を向けられる。オスカーで慣れ親しんでいるためか、少し親近感。あのもふもふのしっぽいいな。

 微笑ましい気持ちで左右に振られるしっぽをみていたら、いつの間にか私は、尻もちをついていた。私を含めこちらの使用人もあちらの使用人も誰一人として反応できず、しばしの沈黙。


 ようやく理解出来てきた。今私はサミュエル卿に飛びつかれて、押し倒されているということに。大型犬が全身で喜びを表現しているときと同じ状態である。

 あれ、なんだかサミュエル卿って、可愛い。まんま大型犬……撫でまわしたい……

 思考が旅立ちかけた。


「ああ、メーラ嬢、いい匂いがします。はぁ、堪らない……」


 耳元で熱っぽい声とはぁはぁと荒い呼吸が聞こえた時、これは大型犬などではなく、獣人であり、男だと一瞬で目が覚める。


「ひっ」


 あああ、またも私の身体が!! 得意の頭突きもできず、もう駄目だと思った時、ふっと身体の上から重みが消えた。


「お嬢様!」


 鋭い声に目を開けると、サミュエル卿はオスカーによって取り押さえられ、私はリナの腕に抱かれていた。


「な、なんて無礼な!」


 リナが声を張り上げた。オスカーに取り押さえられているサミュエル卿は真っ青で何が起きているのかわからないという顔をしている。


「お、オスカー。離してあげてください。リナも、私は大丈夫です」

「しかし、お嬢様……」

「お嬢様……」

 

 お尻を払い、立ち上がる。まさに捨てられた子犬状態のサミュエル卿を見下ろしながら、できるだけ優雅に微笑んだ。


「サミュエル卿……躓いてしまったのですよね? 大丈夫ですか?」

「は、はい。メーラ嬢。大変失礼しました。貴方に触れてしまったことなんとお詫びしたらよいか……申し訳ありません……」

「と、言うことです。さ、皆さん気を取り直して……いえ、サミュエル卿はもうお帰りのようですからお見送りを」


 サミュエル卿はルロワ家よりも上の貴族。余計な問題を起こすのは避けたほうがいいだろう。恐怖に震えている足をどうにか踏ん張り、動揺を隠して声を張る。


 午前のレナール卿もこのサミュエル卿も一体なんだというのか。獣人は皆、自制心というものがないのだろうか。一日に二度も襲われかけるなんて。いくら私が魅力的だからと言ってお見合い段階で手を出してくるなんてあんまりだ。


「ねぇ、リナ。私って何か匂う?」

「え?」


 きょとんとしたリナがすんすんと私の周りを嗅ぐ。


「いつも通り、石鹸と髪に使っている香油以外の匂いはしませんよ」

「だよねぇ……」


 この日から始まったお見合いの日々。私が男性獣人不信になるのには時間はかからなかったのである。



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