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8 けも耳がダメなんて聞いてません!

「ん……」

「お嬢様! 目を覚まされましたか?」

「……リナ?」


 ぐっと伸びをしてよく眠ったなあ、と欠伸を噛み締める。目を開けるとそこには見慣れた天井と匂いがあって、自室であることがわかる。

 ずきんと痛みのする額が、夢現から私を引き戻す。 


 ……え、ベッド? なぜ私はベッドにいるのか。ここはどこ? 今何時? きょろきょろと辺りを見回すと、巻き角のメイドが駆け寄ってきた。


「お嬢様!」

「あれ? 私……」

「お嬢様、やっぱり体調が優れなかったんですよ。途中で倒れて運ばれたと聞いたときは心臓が縮む思いでした」

「……倒れて、運ばれた?」


 心配そうに瞳を潤ませながらリナは私を抱きしめた。ほわんといい匂いがして温かい。


「ええ、なんでもランヴェール卿が運んでくれたそうですよ」

「はっ!」

「なかなか目を覚まさないから心配しました。もうお嬢様の誕生パーティは終わり、今は翌日の昼過ぎですよ」


 状況を呑み込めていない私に気づいたように、リナは説明を入れてくれる。

 随分と眠ったようだ。ぼんやりする意識の中、リナの温もりを感じながら私は記憶から消し去りたい数々の失態を思い出していた。また、うさ耳の彼の前でやらかしたのだ。恥ずかしすぎる。

 盛大な独り言を聞かれ、生足を見られ、男に頭突きをするところも見られて、それだけでは足らず目の前で気を失うとは……

 しかもあんなに可愛い小柄なうさぎさんに、運んでもらったなんて……


「うう、穴があったら入りたい……」

「あ、お嬢様、目が覚めたら呼ぶようにと奥様から仰せつかっているのですが、もう呼びに行ってもよろしいですか?」

「……ええ」


 放心状態のままリナに返事をすると、彼女は温かいお茶を手渡してから部屋を出ていった。


 とにかくあのランヴェール卿の前で様々な失態を演じたのは間違いない。どこかでお礼と謝罪がしたい。

 あと、婚約者だと言われたあの二重人格男はどうなったのだろう。うさぎの彼に追い払ってもらったことを覚えているが……


 そういえば、とても素敵な夢をみた気がする。もふもふの中に埋もれる夢。獅子のような風貌でもふもふで立派なたてがみは温かく、心地よかった。ずっと抱きしめていたかった。


 現実逃避で思考を彼方に飛ばしているとノックの音が私を呼び戻す。


「メーラ、入るわよ」

「っ、はい、お母様」


 お母様が部屋に入ってきた。むっと眉間に皺が寄り……明らかに怒っている。


「あなた、アミール様に何をしたの?」

「……えっと」

 

 予想はできていたが、倒れた娘のことよりまずそれか、という気持ちになった。


「婚約は考えさせてくれと言われた、母の気持ちが分かりますか!」

「っ、申し訳ありません……」


 やはり、母の怒鳴り声に身体が委縮する。咄嗟に謝ってしまった。私は悪くない。いや、確かに頭突きはしたが、無理やりしてきたのはあちらのほうだ。

 

「とりあえず、頼み込んでもう一度機会をいただくことにしました」

「はい!? な、何故……」


 向こうから婚約のなしが伝えられたならば願ったり叶ったりだったというのに。


「何故ではありません。私が彼を見つけ、ここまで連れてくるのにどれだけ苦労したか!」

「あの方は、私に……」

「逃げられぬようにしなさいと言いましたよね」

「……はい」


 確かにお母様は苦労したのかもしれない。この国には人間はおらず、探すとなると隣国まで広げなければならない。その中で、セリアンテ王国の一伯爵令嬢と結婚してくれる殿方を見つけるのは大変だっただろう。

 お母様は隣国の出身だ。ルロワ家と同じ生粋の人間の一族の娘だったが、獣人と結婚させられそうになり、家出同然、家どころか国も飛び出して父のもとへ嫁いできた。それほどまでに人間の血を誇りに思い大切にしているのだ。それは知っているが……

 しかし、娘の意思を無視して、あの乱暴な男と無理やり結婚させようとするのはどうなのか。しかも完全に私が悪いと決めつけて、まったく話しを聞いてくれる気配がない。


「次お会いしたら、……既成事実でもなんでもいいから繋ぎとめる術を考えなさい!」

「っ、……」


 とても母親とは思えない発言に開いた口が塞がらない。政略結婚するお嬢様たちの親は皆こうなのか、それとも私の母だけがこうなのか。


 もしかして、私が知らないだけで、このセリアンテ王国では、人間は獣人と婚姻してはいけないのだろうか。もしそうなのであれば、アミールとの結婚が最善なのかもしれない。しかし、良いのは顔だけみたいな男とこれから先、長い人生一緒に暮らしていくかと思うと……


 あの態度といやらしい触り方を思い出して鳥肌が立った。 


「……なぜ、人間でないといけないのですか」

「何?」

「この国では人間は獣人の方と結婚できないのですか?」

「貴方、何を言っているの?」

「私は獣人の方と結婚したいです」

「なっ! メーラ! 貴方、この血をなんだと思っているの!?」

「何なんですか。娘の貞操よりも大切なものですか?」

「……っ」

「……」


 お母様の顔から血の気が失せてまさに顔面蒼白。自分が何を言ったのか、娘の心配をしていないことに気が付いたのか。それとも口答えした娘に怒りで言葉も出ないのか。


 お母様は無言のまま私を見据え、大きく息を吐いた。


「疲れているようね。もう少し休みなさい。何もすぐに結婚しなさいと言っているわけではないの。アミール様とはゆっくり仲を深めればいいわ。昨日、短時間お会いしただけじゃまだよくわからないでしょう」

「……」


 お母様の意思は固いらしい。私の返事を待たず、部屋を出ていった。残された室内。

 もふもふの幸せな夢は薄れ、楽しみだったこれからの生活に暗く影が落ちていく。


「メーラ? 入ってもいいかな」


 どんよりした気分が消えないままベッドにいるとお母様と入れ替わりでノックの音が響いた。


「は、はい!」


 心配そうな声に慌てて返事をすると、「入るよ」と言って入室したお父様はそわそわと視線を巡らせている。

「メーラ、君、殿下に何かしたのかい?」

「……はい?」


 また、私の心配より先にそれか。しかし、殿下に何かした記憶は一切ない。


「どういうことですか?」

「いやね、メーラが倒れたという報告を殿下から受けて、終いには、殿下の婚約者のレーヌ公爵令嬢のお茶会に出るように言われたんだ。正式に招待状を届けると言われて……」

「殿下って、あの殿下ですか?」

「そうだよ、あのフィリベール殿下だよ」


 あのライオン王子のことで間違いないようだ。しかし、彼と会ったのは挨拶の一度きりである。何かした覚えはまったくない。


「あの初めの挨拶の時、お父様も隣にいましたよね」

「ああ」

「その後はお会いした記憶がないのですが……」

「じゃあなんで……」

「……あっ」


 フィリベール殿下には一度しか会ってないが、その側近のランヴェール卿には何度もやらかしている。


「何か思い当たることが?」


 殿下の側近の方の前で、婚約者に頭突きをかまして、そのあと倒れて運んでもらいました。などとは口が裂けても言えない。


「い、いえ、なんでもありません」

「そうかい。とりあえず、理由がわからないけどお断りなんてできるわけないから、出席してもらうしかないんだけどね……」

「はい、大丈夫ですよ、お父様」

「うんうん、粗相のないようにね」


 「はい」と返事をして、会話がなくなる。要件は済んだのではないのだろうか。お父様がじっと自分の手を見つめたまま部屋を出ていこうとしない。


「……あと、婚約者のことだけど、父様はメーラが愛した人と一緒になってもらいたいと思っているよ。それが例え、人間でなくても……」

「お父様……」


 私がぼんやりしている理由に気が付いているようだ。お父様が味方ならば、まだ望みはあるかもしれない。


「……人間は獣人の方と結婚できるのでしょうか」

「……ああ、もちろんできるよ。私の姉はミュレー公爵家に嫁いでいる」

「ミュレー公爵家……」

「レーヌ様は私の姉の娘、ということになるな」

「……そうなんですね!」

 

 身近に獣人に嫁いだ人がいて、しかもそれが殿下の婚約者の母親とは。しかもその方にお茶会に誘われている。これは今後の参考になりそうだ。もし、ライオン王子との何かを勘違いされているのならば、その誤解を早急に解く必要があるが。


 あの人間婚約者から逃れる方法がもしかしたらあるかもしれない。そう思うと少し心が軽くなった。

 



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