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6 うさぎの苦労

 喧騒の中、俺の耳は探している声を拾うことはできない。こういう時に役に立たなくてどうする。

 うさぎの中では短い耳が、色んな音を拾って右に左に空しく動き回る。

 

 情けないことに、俺はまた殿下を見失って、探し回っていた。さっきまで隣にいたはずなのに、飲み物を取ってこいと言うから、行って戻ったら……すでに見える範囲から消えていた。

 今日はもう大人しくしているという約束など、彼にとってはあってないようなものだったのだろう。初めから守ってもらえるとは思っていなかったが、こんなにも短時間で逃げられると流石に堪える。

 確かに久々のパーティで、しかもレーヌ様がいないというこの状況は、殿下にとってまたとない機会。今までの鬱憤が爆発していると言ってもいい……


「すまない。これを片付けてもらえるか」


 手に持った少しも減っていないワイングラスを召使に渡し、視線を巡らせる。

 あの見た目ならすぐにでも見つかると思うだろう。しかし、そううまくはいかない。こういう時の殿下の雲隠れの能力はどんなに目が良くても、耳が良くても、鼻が良くても破ることができないのだ。


「今度こそ、レーヌ様の怒りが爆発するかも……」


 ふるりと寒気がして、早く探さねばと気持ちが急いてしまう。ここに来たばかりの時と同じ順で、室内をしらみ潰した。期待していたわけじゃないが、あの部屋にはもう、人間のご令嬢はいなかった。

 殿下は屋敷内にはいないようだ。俺は庭園に出た。

 ここは薔薇が満開で匂いが強く、鼻が全く機能しない。これはもう生垣も全部覗いていく覚悟が必要だろう。

 自邸の庭よりは劣るが、それなりに広い庭園を前にどっと疲れが襲って来た時、俺の耳が思わぬ音を拾った。


「な、なにするんですか。離してください」


 もしや殿下? 確かに見境はないが女性に無理やりするところは想像できない……いや、まあ、あり得なくもないか……?

 急いで声のする方に向かう。


「なぜ嫌がるのか理解できんな。婚約者だ。別に構わないだろう?」


 あ、殿下じゃない。まったく聞き覚えのない男の声に、急ブレーキをかける。しかも婚約者ということは、ああ、痴情のもつれ……関わってはいけないやつだ。

 くるりと回れ右をしたところで、ちょっとだけ様子がおかしいことに気が付いた。


「いや、待って、近寄らないで、っちょ……!」


 女性の方が本気で嫌がっているようだった。聞こえてしまったのだから仕方ない。ここで見て見ぬふりはできない。もし危険そうだったら止めよう。そう思って木陰から顔を出す。


 すると……

 

「っふん!」


 見覚えのある赤毛の女性が異国の服に身を包む男の顎に強烈な頭突きをかましていた。

 

「!! ふっ、ははっ」


 見事に頭突きが顎に入り、よろめく男につい笑いが漏れた。俺の出る幕はないかと思った時、体勢を立て直した男が動いた。


「っ、お前!」


 慌てて木の陰から飛び出し、振り上げられた手を掴んで押し返す。自分より頭半分くらい大きな男を睨みつけ、女性を背に庇った。俺の身体は小さいが、けして力が弱い訳じゃない。いや、待った。別に小さくない。他の獣人がでかいだけで、うさぎの同族の中なら大きいほうだから。


「っ、何だ、お前は!」


 男が、こちらを睨んでくる。この服は隣国の正装だ。しかもつい最近まで酷い干ばつに苦しみ、我が国が援助をしたばかりの国の。


「あー、その辺にしておいたほうがいいと思いますよ。もうじき、ここをセリアンテ国王が通りますから。この国唯一の人間のご令嬢を傷つけたりなんかしたら、国際問題とかになっちゃうかもしれませんよ」


 なかなか怒りが収まらないらしいシャマール国の男の腕に力を込める。こちらとしては、なるべく穏便に済ませたい。もちろん国王がここに来ることはないが、ここは名前をお借りして……

 男は俺の顔をしっかりと確認し、胸元の記章も確認してから、あからさまに狼狽えた。


「ご令嬢に手を上げるのはどうかと思いますよ」

「……っ、お前……ランヴェール卿」


 俺のことを知っているのか……

 よく見るとその顔に見覚えがあった。シャマール国全体が飢えていく中で、唯一干ばつの被害を受けていなかった地域を治めていたくせに、何もしなかった王子によく似ている。だが記憶の中の王子より少し若い。……弟か?

 確か同腹の弟がいたはず。問題の王子が第三王子だったから、こいつは第四王子というところだろう。


 しかしそんな王子がなんでこんなところに。しかもセリアンテ王国の令嬢が婚約者とはどういうことだ。後ろには僅かに震えている赤髪の少女がいる。掴まれた腕に痛々しい跡が残っており、無性に腹が立った。

 アミールと名乗った男に冷笑を向け、さっさと散れと圧をかける。俺を見て狼狽えるということは、何かやましいことでもあるのだろう。

 男は悔しそうな目をこちらに向けながらも、大人しく去っていった。



「ランヴェール卿……本当に助かりました……ありがとうございます」

「いやぁ、見事な頭突きでしたね。ルロワ伯爵令嬢。見惚れてたらうっかり、出るタイミング逃しちゃって」


 まだ少し震える肩が、あまりにも華奢で、男に勇ましく頭突きをかました女性とはかけ離れており、それが少しおかしくて失礼だと思いながらも笑ってしまった。

 なんだか今日は彼女と縁があるらしい。ふと、先ほどの室内で見た真っ白な足を思い出して、顔に熱が集まっていく。それを振り払うように彼女の目を見た。金の蜜を垂らしたような綺麗な瞳がこちらをまっすぐに見つめている。吸い込まれそうになって慌てて、視線をずらすと、赤くなった額が目に入った。


「私が止めるのを躊躇ったばっかりに……ああ、赤くなって……」


 ああ、頭突きを見て笑ってる場合ではなかったな。もう少し早めに止めに入るべきだった。痛々しいそこに無意識に触れていた。


「あ、何か冷やすものを持ってきますね」

「あ、え、そ、その……っ」


 もごもごと口ごもり、俯いた彼女は次の瞬間ぐらりと傾いた。


「メーラ嬢!」


 咄嗟に腕に抱きとめて、完全に気を失ってしまった女性をどうするべきか急いで思考を巡らせる。


 腕の中の彼女は羽のように軽く、華奢で白くて、赤くて綺麗で……甘い匂いがする。


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