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閑話:お嬢様はしっぽがお好き

オスカー視点のお話

「ねえ、オスカー。私には何色のしっぽが生えてくるのかな」

「……お嬢様」


 これは、メーラお嬢様が、自分にも獣人の特徴が現れると信じて疑わなかった頃の話である。




 ルロワ伯爵家。それはこのセリアンテ王国で唯一の人間の一族。


 俺はそのルロワ家に仕える騎士の一族に生まれた。銀色の毛並みとふさふさしっぽが自慢の狼が先祖の獣人である。

 父がルロワ伯爵と仲が良かったこと、そしてそのご子息と同い年ということで、邸に招かれ、ルロワ家の兄妹と一緒に遊ぶことが多かった。


 三歳年下の彼女は兄のミシェル様よりも活発でお転婆。しかし、彼女の母であるミリアン様が厳しい方であるから、淑女としての作法は幼い頃から叩きこまれている。

 そんな彼女はミリアン様のいない隙を狙って、かけっこや木登りなど、ご令嬢とはかけ離れた遊びをした。彼女なりの息抜きであるそれに付き合わされるのは決まって俺。


 今日もルロワ家のご令嬢、メーラお嬢様の遊び相手となっている。そして今は、休憩中。ごろんと庭の芝生に寝転がり、青い空を見上げていた。


「オスカーはわんちゃんなのよね」

「わ、わんちゃん……」


 なぜか彼女は俺のことを犬だと思っている。誇り高き狼なのに。


「私のご先祖様は何なんだろう。お父様もお母様もお兄様もだあれも教えてくれないの」

「それは……」


 あなたはこの国唯一の人間のご令嬢ですよ。皆がそう何度も伝えているのだが、なぜか頑なに信じない。

 もう十二歳になったにも関わらず、いまもなお、自分にしっぽが生えてくると信じている。この獣の耳やしっぽに憧れる始末。

 伯爵様たち、彼女の家族は、自分たちは人間の一族であるということを彼女に理解させることをすでに諦めている。

 それほどまでに獣人への憧れが強く、頑固なのだ。


「私はオスカーのわんちゃんみたいなふさふさなしっぽか、今日お屋敷に来てるおじさんみたなかっこいい角が欲しいなあ」

「……いつか、生えてくるといいですね」


 いつまで待っても、絶対に生えてくることはないのだが、聞く耳を持たないのであれば仕方ない。彼女が自分で目を覚ますまで夢を見させてやろうということになっていた。


 しかし……


「あ、そうだ。ねえ、オスカー!」

「は、はい」

 

 勢いよく起き上がった彼女は真っ赤な髪を風に靡かせ、きらきらと輝く金色の瞳でこちらを見つめて言った。嫌な予感。


「しっぽ、触らせて!」


 これだけはやめて欲しい。


「っ! い、いくらメーラお嬢様の頼みでも、それはいけません」


 幾度となく繰り返されたこのやり取り。彼女は俺のこの自慢のしっぽが、とてもお気に入りなのだ。確かにふさふさでふかふか、触り心地は抜群だが。


 俺はさっと自分のしっぽを抱えて守る。お嬢様はわきわきと両手を上げて、こちらに迫ってくる。


「なんで! けちね!! ちょっと前まで触らせてくれてたのに」

「そ、それは……!」


 そう。少し前までは、彼女の好きにさせていた。彼女は自分の仕えるルロワ家のご令嬢であるわけで、断りずらい。それに、しっぽを触ると彼女がとても嬉しそうにするから……

 優しく撫でられたり、気持ちよさそうに頬ずりされると胸の奥がぎゅっとして、熱くなる。俺自身も触れられることは嫌ではなく、心地よいと思っていた。


 しかし、今はもう彼女にしっぽを触らせるわけにはいかない。


 お嬢様に好き勝手に触らせて、乱れた毛並みをるんるんと整えていた時だった。

 それを見ていた父が言った。「そのうち勘違いするからやめとけ。もし間違って何かあったら、申し訳が立たない」と。

 最初はそれの意味が分からなかった。でも、訓練で大人に混ざっていると色んな話を聞くことができたから……

 そして、俺は完全に理解した。それがどういう行為で、どんな意味を持つのかを。


「お、お嬢様もいずれ大人になるのですから」

「ええ、そうね! 立派な角の生えた大人になるわ!」

「……」

「大人になることと、しっぽを触るのがダメなこと、それにどんな関係があるの?」

「うっ、それは……」


 正直に伝えて彼女が理解してくれるのだろうか。これは愛し合うものたちがする行為であると。


 ……いや、まだ早い。自分が人間であると理解していない彼女にはわからないだろう。


「しっぽは……信頼し合ったもの同士でしか触れてはいけないのです」


 間違ったことは言っていない。これで納得して、そのわきわきと動く両手を下ろして欲しい。

「それなら、なんの問題もないわね! だって私はオスカーのこと、私を守る騎士様としてとっても信頼しているし」

「……っ」


 蜜を垂らしたような金色を細めて、にこりと笑った。こんなに嬉しい言葉は他にない。ドッと心臓が大きく跳ねて、顔に熱が集まるのが分かった。

 言葉に詰まった俺に、お嬢様は構わず抱きついてくる。短い両腕をいっぱいに伸ばして、今にも全力で左右に振ってしまいそうなしっぽを抱き締めた。


「ッ!」

「ふふ、捕まえた!」


 可愛らしく笑ったお嬢様は両手でしっぽを撫でまわす。頬ずりをして感触を確かめる。


 そのすべてに、全身の毛が逆立つような、そして、燃えるような。自分では制御できない衝動に襲われた。足の間にすっぽりと収まる小さな身体。その真っ赤な果実をぱくりと食べてしまいたい。


 眩暈がした。そこで、ふっと父の言葉が頭を過り、どうにか自分を保とうと深呼吸をする。頭を抱えながら、慌てて抵抗した。


「お、お嬢様、駄目です。離してください」

「いやよ! もう少し堪能させて」

「ほ、本当に、それ以上は、っ」

「減るもんじゃないんだから」


 俺の理性が減る! そう大声で叫びたい。無理矢理引き離して怪我でもさせてしまったら、そう思うと強くも出れない。


 わしゃわしゃと俺のしっぽを可愛がるお嬢様にほとほと困り果ててしまう。


 そんな時……


「メーラ!」


 遠くから、救世主がやってきた。読書を終えたらしいミシェル様だ。


「お兄様?」

 

 お嬢様の気が逸れた瞬間を見逃さない。さっと彼女から距離を取り、もう一度深呼吸。


「オスカー、大丈夫か?」

「も、申し訳ありません……」

「とりあえず、メーラは押さえておくから早く逃げて」

「ちょっと、お兄様! 離して! まだモフり足りない!」

「いい加減にするんだ。オスカーは駄目だって言ったんだろう」

「うっ、でも信頼し合ってるならいいって」

「……オスカー」

「すみません……」


 がばっと大きく頭を下げて、瞬時に駆け出す。

 

 自覚したくなかった色々と、落ち着かない熱。お嬢様は俺の獣の耳としっぽに興味があるだけなんだ。そう何度も言い聞かせた。


 そして数年後、自分が人間である。そう理解した彼女が成人を迎えた日。

 真っ赤な果実はまんまとうさぎに搔っ攫われるわけなのだが、それはまた別の話……


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みんなかわいすぎるっっっっ
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