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30 うさぎの想い


「ルシアン様、あの……」


 抱きしめられたままの体勢がそろそろ辛くなっていた。腕の中で身動ぎをすると、ルシアン様が慌てて両手をあげる。気まずそうに顔を逸らされた。


「っあ、すみません」

「い、いえ、本当に助かりました。……ところで、なぜルシアン様がここに……?」

「ああ、それはですね……」


 私の疑問にルシアン様は自分がなぜシャマールにいるかを掻い摘んで話してくれた。

 私の『赤い果実(ボズ・エペル)』についてはレーヌ様から聞いたこと。そして、アミール王子が純粋な人間ではないと言う噂を聞き、それを確かめにきたということ。お母様はその噂を知らず、ハレムがある国ということも知らなかった。そして、その噂が本当であった場合は私を連れ戻して欲しいと頼まれたということ。


「なるほど……お母様は何も知らなかったんですね」

「そういうことになりますね……」

「俺は別に騙したりしていない。お前たちがしっかり確認しなかったんだ」


 ルシアン様との会話に気を取られ、すっかり存在を忘れていたアミール王子が口を挟んだ。


「へぇ、その主張でいいですか? シャマール国王にもこのこと報告しますけど。国王はセリアンテとの仲を悪くする気はさらさらないようですし、報告したらあなたも第三王子のようになるかもしれませんよ」

「チッ、別に俺は兄上と同じで、最初から王位継承権はない。報告でもなんでも好きにすればいい」

「え?」


 ルシアン様が「この国は純粋な人間しか国王になれません」と私に耳打ちをした。


「あー、開き直るのは良くないと思いますよ。とりあえず、なによりも彼女を傷つけた謝罪を要求します」

「っ、メーラも俺を騙していたんじゃないのか」

「っ、私が!?」

「ああ、お前も人間じゃなくてほかの血も混ざっているんだろ? だから発情の匂いがするんじゃないのか?」

「そ、それは……」


 『余所行き』の顔を作ることとっくに諦めた様子のアミール王子は、私を睨みつけている。


「失礼なことを言わないでください。メーラは純粋な人間です」

「じゃああの匂いはどう説明する。お前も知っているんだろ?」

 

 ルシアン様がさっと私を抱き寄せて、王子に反論してくれた。

 このまま私の体質について黙っていてもいいが、誤解されたままにしておくのは癪である。

 

「……ルシアン様。私にアミール王子の誤解を解く機会をください」

「しかし……」

「大丈夫ですよ」


 心配そうなルシアン様に微笑んで、私は『赤い果実(ホズ・エペル)』の話をした。アミール王子はきょとんとしながら話を聞いて、最後に大きくため息をついた。


「……はあ、俺の一人相撲だったというわけか。……お前も俺と同じように表面に特徴がでない質で、それに苦しめられているのかと思ったが違うならいい。先ほどの非礼とお前たちに俺自身のことを黙っていたことは詫びよう」


 王子は静かに頭を下げた。さっきの行為は怖かったし、性格もそんなに良くはないけど、それ以外はそれなりにいい人ではあった。昨日のパーティ中も、他の王子や貴族から守ってくれていたことを思い出す。

 それに彼が純粋な人間ではないということも、ルロワ家がしっかりと確認していれば済んだ話でもある。


「とりあえず、婚約はなしということでよろしいですよね?」

「……ああ」


 アミール王子が頷いて、晴れて私は自由の身となった。悩みが一つなくなったということだ。

 しかし、今、もう一つ確認したいことがあった。



「……ルシアン様、あの、先ほどアミール王子の言っていた、私とあなたが同じ、に、匂いがするということについてなんですけど」


 それはあの夢についてだ。全部夢だと思っていたが、もしそうではないとしたら……

 私がやらかした相手はアミール王子ではなくルシアン様ということになる。


「っ、う、あ、えっと……」

「私、記憶が曖昧で……」

「……相当酒に酔ってましたからね、仕方ありません」

「……やっぱり」

 

 やはり、酒のせいだった。メーラはお酒にあまり強くない。覚えておこう。白い肌を赤く染めたルシアン様に釣られて私も顔が熱くなる。


「すみません。メーラの匂いがキツくて……レーヌ様に聞いたマーキングを試しました」

「っ、マーキング……ですか……」


 匂いがキツイとはずいぶんな言われようだが、それは『赤い果実(ホズ・エペル)』のことを言っているとわかる。そして、マーキング。じゃあ、やはり私とルシアン様は……き……


「あ! メーラの想像しているやつじゃなくて……! 身体を擦りつけるやつ……!」

「……?」

「獣人のマーキングは相手に自分の匂いをつけること。身体を擦りつけることによって、匂いが移る」


 私がミュレー公爵家で聞いたマーキングとは何か違った。ハテナを浮かべている私に、アミール王子が補足する。

 と、いうことはやはり、あれは私の願望、ただの夢、ということに……ああ、恥ずかしい。顔を見れない。

 

「だが、メーラ。騙されるな。匂いが思いっきり移ってるからコイツやることやってるぞ。ことがことなら責任を取ってもらったほうがいい」

「っち、黙れ。話に入って来るな」

「おーこわっ」

「……責任?」


 話しに乱入してきたアミール王子はルシアン様にぴしゃりと弾かれ、彼に向かってべっと舌を出した。やることを、やった……とは? 何の責任?


「ああ、もう! そうです。すみません、メーラ。あなたが酔っているのをいいことに、私は……キスをしました」

「……き、すっ」


 真っ赤な顔で告げられたことは改めて面と向かって言われると、衝撃的である。

 ああ、やっぱりあれは夢ではなかったのだ。ということは、私が彼の耳や、しっぽに触れて、私から唇を奪ったというこで……


「あ、ああああ、すみません!!」

「でも、よく聞いて欲しい。それはメーラの体質のせいじゃない。俺が、したかったからしたんだ」


 私の謝罪とルシアン様の言葉が重なった。よく聞こえなかった。

 ルシアン様が私の目を見て、もう一度しっかりと口にする。


「俺が、したかったからした。順番を間違えてしまったけど、俺はメーラが好きです」

「は、ぇ……?」


 したかった? え? 誰が誰を好きだって?

 ルシアン様が、私を……?


「っえええ!?」 

「一目惚れだった。その後、匂いにも惹かれたし、それに惑わされたのは否定できないけど……でも、そんなの関係なしにメーラが好きだ。他の誰かが、きみにマーキングするなんて考えられない」

「……ルシアン様」

「色々あって獣人が恐いかもしれない。それに俺は手の早いうさぎだし……でも俺はメーラが嫌がることはしないと約束する。だから……ゆっくりでいいから俺のことを見て」


 うさ耳をぺしょっと垂らして、真っ赤な顔で懇願してくる彼の姿は破壊力抜群だった。握られた手がとんでもなく熱い。

 まさかすぎて、これこそ夢のようで、信じられなくて、でも目の前のうさ耳男子の熱は本物で……胸がいっぱいになり、小さく頷くことしかできなかった。


「ありがとう」


 一面に花が咲いた。彼の笑顔で花が綻んだ気がした。

 ああ、私も好きだ。ルシアン様のことが。私の体質のせいじゃなくて、ルシアン様に触れたいのも触れられたいのも全部、好きだからなんだ。彼がうさぎだから安心するんじゃなくて、ルシアン様だから……


「あの、ルシアン様、私も……っ」

「そのためにも、私はもっともっと精進する必要があります。結局自制できずに、メーラに酷いことしてしまったわけですし」

「あ……え……?」

「心配しないでください。当分は自重しますので。なるべく近寄らないようにしますから」

「ええ?」

「でも、忘れないでくださいね。私が愛するのはメーラだけです」

「……っ」

「さて、私はまだこの国でやることがありますので、メーラは先にセリアンテにお帰りください。アミール王子との破談については私のほうから早馬を出しますのでご安心を」

「え? ええ、はい……」

 

 ルシアン様の先ほどまでの緩んだ顔も、少し砕けた口調も元通り。すっかり、仕事モードになっている。私に言葉を捲し立てながら、アミール王子の腕をがしりと掴んだ。


「さて、アミール王子、私と一緒に国王の元へいきましょうか」

「……なぁ、ルシアン・ランヴェール。メーラの話、聞かなくて本当にいいのか?」


 ルシアン様に連れられて歩き出したアミール王子に、憐みの視線を向けられた。



次回完結の予定です。最後までお付き合いいただけますと幸いです。

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