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3 レディの作法はこれからです

「はぁー! つ、疲れた……」



 兄のミシェルと幼馴染のオスカーと遊びながら過ごしたせいか、少々ガサツであることは自分でも分かっている。人前では気を付けているし、お作法の先生からは花丸だってもらっている。でも……


 飛び込んだ空き部屋のソファにどかりと座り込み、窮屈だったヒールを脱ぎ捨てる。ばさりとドレスを捲り上げ、足を投げ出した。うっかり太ももまで見えているが、誰が見ているわけでもない。もう直すのも面倒だ。ああ、ドレス、蒸れる。


 これで未来の旦那様を悩殺してやろう! そんな思いで選んだドレスは布がたっぷり使われていて、重くて、暑くて想像以上の大変さだった。世の中の女性はずっとこれに耐えながら、淑女としてパーティに花を添え続けるのか……すごい。


 しんとした静かな室内。一人になって、ふと思う。


 この国の貴族女性は、自分の家のため、より良い家に嫁ぐというのが一般的だ。今のままならば、私も違わずその道を行くだろう。ルロワ家には兄のミシェルがいるから、家を継ぐのはミシェルだ。

 しかし私が十六歳になる現在まで、結婚の打診はなく、婚約者もいない。

 なんたって箱入り娘。大事に大事に育てられた。私はルロワ家にとっての良い家が何なのか、両親からそんな話は聞いたことはない。

 そして、自分が思ったよりも箱入り娘であることを実感した。この国のことを全然知らない。もっとそこを学ぶ必要がありそう。

 手始めに先程シルヴィちゃんとニナちゃんに誘われた、お茶会に出ることから始めるのが良さそうだ。その中で交友関係を広げていき、あわよくば素敵な男性を見つける。

 今日はその第一歩。まだまだ世界は広いのだ。


 とりあえず、当面の目標は、思う存分もふもふできる私だけの人を見つけること……ということで。


 そういえば、シルヴィちゃんのくるんとしたふわふわの髪の毛気持ちよさそうだったな……


「はぁ、もふもふ……」


 ニナちゃんのお耳も触り心地良さそうだったし、まさに三毛猫って感じで……


「可愛かったぁ……」


 ふかふかのソファに深く腰を沈め、手近にあったクッションに顔を埋めた。色々と考えていたら猛烈にもふもふに触りたくなった。

 私が駄々をこねて触らせてもらったオスカーのしっぽが最高だったことを思い出す。なんだか少し、恋しくなってきた。残念ながらここにはないので、我慢していたそれをクッションにぶつけるしかない。


「はー、あー、もー本当に生殺し! もふもふしたい、もふもふしたい、もふもふしたい……!!」


 クッションをまさぐり、足をバタバタ。


 ――ガンッ


 一人だと思っていた部屋に大きな音が響いた。そして、続く痛そうな呻き声。

 恐る恐る音の方へ振り返ると、そこには……


 ぴょこんと動くグレーの毛で覆われた耳はぴんと立ち、それはおそらくうさぎの耳。

 小さくころんとした身体とうさぎの中では短いお耳。ぬいぐるみのように愛らしい小動物が頭の中に浮かんだ。


 しかし、目の前のうさ耳は、細かな刺繍の施された正装に身を包んだ男の子についていた。

 くりくりとした黒い瞳は少し潤み、ぶつけたらしい肘をさすっている。大きな瞳は彼を幼く見せていて、年齢不詳である。年下もしくは同い年くらいだろうか。背はそんなに高くはないが私よりは大きい感じ。


 兄と同じくらい、もしくはそれ以上に整った甘い顔立ちはきっと女の子に人気に違いない。きっと微笑まれたら、周りに満開の花が咲く。耳と同じ色の髪の毛は光を反射させきらきらと輝き、さらさらでふわふわ。とても、とっても触り心地が良さそうだった。

 ……などとじっくり観察している場合ではない。空き部屋だと思って飛び込んで、すぐに靴を脱ぎ捨てた自分が悪いのだが、さっきの発言も行動も全部見られていた、ということだろうか。彼の目線の先を辿るとそこは私の白い足で、慌ててドレスからはみ出ているものをしまって、抱きしめていたクッションを放り投げる。


 どう考えても、今更遅いが、レディらしく座り直した。


「……」

「……」


 沈黙が少し。こほんと咳払いしたうさ耳男子が、ぺこりと頭を下げる。


「……あー、えっと、失礼しました」

「……あ、いえ、こちらこそ……も、申し訳ありません。私、てっきり空き部屋だと思って!」

「い、いえ、空き部屋ですよ。私はもう行きますので」


 目が合うと、すぐに逸らされ、また、ぺこりとお辞儀をしてうさぎの男の子は足早に去って行った。


 静けさを取り戻した室内に取り残された私。


「……可愛い子だったな……あぁ、うさぎかぁ……うさぎもいいなあ、もふもふしたい……」


 あの男の子の髪の毛はとても柔らかそうだった。そして何より可愛い。先ほどまで貴族たちと挨拶をしていて、大柄な男性ばかりと会っていたからか、先ほどの男の子がとても愛らしく見えた。いや、でも私のタイプは王様や王子様みたいな、肉食系もふもふ……


 脱ぎ捨てたままだったヒールを履き直し、立ち上がる。


 あ、さっきの男の子に挨拶はもちろん、それよりも口止めできてないよね?

 これから素敵な旦那様を探すというのに、メーラ伯爵令嬢は、ガサツではしたない、だらしない、なんて噂が広まったら大変だ。追いかけなきゃ! と思うのだが……


「もう少し、休憩してからでいいか……」


 足のだるさには勝てなかった。ストンとソファに座り直し、改めてヒールを脱ぎ捨てる。ここを出たらレディに戻るから、今だけは。


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