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17 招待状

 私が顔の熱を引かせるために、長居してしまったベッドルームからお茶会会場に戻ると、そこには男性陣はおらず、ご令嬢たちが優雅にお茶を楽しんでいた。

 ルシアン様の無事はレーヌ様から聞いたが、本人へ謝ることもお礼を言うこともできなかったことは心残りとなってしまった。なんだかルシアン様とはこういう縁がある気がする。

 それに、シャルロット様からの視線が少し痛かった。あんなにルシアン様へ好き好きアピールをしていたのだから、私と部屋で二人きり、何かあった雰囲気を出されたらそれは気に食わないだろう。でもシャルロット様が想像するようなことは何もなかったのだ。少しだけ触れてしまっただけ。

 シャルロット様へ必死に説明したら、垂れ耳を後ろに下げて、悲しそうに笑った。胸の締め付けられる思いである。……罪悪感がすごい。


 お茶会は、私の発情という思いもよらない事実が発覚して解散となった。


 そして、無事家に着いた私は、レーヌ様から預かった招待状を携え、兄を呼びだしてテーブルを挟み、向き合っている。

 両親は領地に行くと言って三、四日、家を空けることになっていたので、この招待を受けることは兄へ報告する必要があった。

 両親の帰りを待てないのには訳がある。発覚した『発情』の症状は自身を危険に晒してしまう。このまま獣人貴族令息とのお見合いは続行できないということ。そして、それを解決する術を知っているかもしれない人物との面会が、明日だからである。


 この招待状はレーヌ様の母親、そして私たちの伯母様でもあるモニカ夫人とのお茶会の招待状だ。今日確定してしまった私の『発情』の話をして、明日ミュレー公爵夫人と会うことの許可をもらわなければならない。


「お兄様、私の話を真剣に聞いてくれますか?」

「な、なんだい、改まって。ちょっと緊張してきたんだけど。えっと、まって、今日、お城に行ってきたんだよね?」

「ええ、そうです。レーヌ様のお茶会に参加してきました。それで新たに招待状をいただいたのですが……」

「ま、まさか、フィリベール殿下に見初められたとかそういう!?」

「なぜ、その方向に……?」

「それで怒ったレーヌ公爵令嬢から呼び出されたっていうことじゃないの!?」

「お兄様……」


 お兄様がこんなにも想像力豊かだとは知らなかった。


「フィリベール殿下は手が早いって有名なんだよ! お手付きとなったご令嬢は数知れず。特に草食動物のご令嬢がお気に入りって噂だけど、人間は興味ないとは言ってないし……なんたってメーラはこんなにも可愛いくて魅力的なんだ……ああ、お城になんて行かせるんじゃ……」


 確かにあの隠しきれないプレイボーイ感。私の勘に間違いはなかったようだ。しかし、殿下とは何もない。今回だって少し、話をした程度だ。レーヌ様に至っては親身になって相談に乗ってくれた、とってもいい人。

 見当違いのことを言ってあわあわしている兄の、あまりにも不安そうな顔に笑えてきた。


「お兄様、その噂の真偽はわかりませんが、殿下と婚約者のレーヌ様は仲睦まじい様子でしたよ」

「そう? ……まあしょせんは噂だしな。じゃあメーラの話って?」

「……何から話せばいいのか。こほん、本当に真面目に聞いてくださいね」

「ああ、お兄様がメーラの話を聞かなかったことなんてあるかい?」


 お兄様が美しく微笑んだ。ご令嬢たちを虜にする笑顔だ。


「……あ、あの、やはり人間も発情するようなのです……」

「は……?」


 私の言葉にぽかんと口を開けたまま固まった兄は、さっきの麗しさをどこかに置いてきている。


「どういうこと……?」

「だから人間も発情して、異性を誘惑する匂いを発するみたいなんです!」

「……メーラ、僕たちは人間だよ?」

「え? ええ、そうですよね。残念ながら、もふ耳もしっぽもありませんし」

「メーラ、お城で何を吹き込まれたんだい。僕たち人間が獣人と同じように発情なんてするわけないじゃないか」


 呆れたようにふうと息をつくお兄様に少しだけ頭にきた。真面目に聞いてくれると言ったのに。


「現に、わ、私の身体にそれが起きているのです!」

「……え?」

「何人かのご令息たちとお見合いをしましたが、ほとんどの方が私に対して、その、興奮状態になりまして」

「なっ」

「今日お城で、確認してもらったんですけど、やっぱり発情状態だって言われました」

「えええ!? 待って、確認って何したの!?」

「そ、それは、いいじゃないですかなんでも」

「危険はなかったのかい!?」

「ええ、大丈夫でした。それで、お兄様にはそのような症状はありませんか?」

「ないないない!」


 ガタンと音を立ててお兄様が立ち上がる。私に掴みかからんとする勢いだ。


「そして私も今日初めて症状を自覚しました……」

「自覚……?」

 

 私は今日の出来事を思い出して、少し頬が熱くなる。

 

「ルシアン様に押し倒された時、ドキドキしてそわそわして、胸が苦しくて、そして、彼に触れたい、触れられたいと思ったのです」

「まって、メーラ。色々聞きたいことがありすぎるんだけど、まずは、それが自覚症状なの?」

「レーヌ様から聞いた発情の症状と合致したのですけど……」


 お兄様が私の顔を覗き込み、肩をがしりと掴む。レーヌ様と話したことを思い出しながら、恥ずかしさを堪えて話しきったのだが、お兄様は私の肩を強く掴んだまま、固まってしまっている。


「……メーラ、お兄様もね、そんなに詳しくはないんだけどね。……なんたって僕には婚約者もいないし? それにほら、僕が結婚するには人間のご令嬢を見つけなきゃいけないじゃない?」

「え、ええ」

「でも、メーラより少しだけ長く生きているから知っていることもあるんだけど……」

「? ええ、それが?」

「……特定の人に、メーラがそう思ったのであれば、それは……恋っていうんじゃないの?」

「……はい?」


 濃い? 鯉? 恋!?

 誰が? 誰に? まさか私が、ルシアン様に?


「は、ぇ……?」


 確かにレーヌ様にも同じようなことを言われたが、そんなことはないはず。

 私が読んだ物語では二人が出会って、互いを深く知って……心が動かされて、そうして……

 あんなふうに近付いて匂いを嗅がれて、どきどきするなんて絶対に発情のせいだ。

 それに私の好みは肉食系。大きくて強そうなもふもふが好きなのだ。まさに王様のような。

 それなのに王様とは真逆のうさぎさんに……私が、恋……?


「っ……」

「メーラ? 大丈夫? 真っ赤だけど」

「え!? ええ、ええ。大丈夫です。もう、まったくお兄様ったら何を言ってるんでしょう。私がルシアン様を好きなんて、そんなそんな」

「まぁ、メーラがそういうならいいけどね……それと、このミュレー家の紋のついた招待状がどんな関係があるのかな」

 

 沸騰しかけた頭と旅立ちかけていた意識をどうにか取り戻して、ミュレー公爵夫人の話をする。


「……僕もミュレー公爵夫人には会ったことがないんだけど、恐い人だと聞いたよ? 大丈夫?」

「レーヌ様もいますし、大丈夫だと思います」

「そう、わかった。メーラの発情についてはまだ信じられないけど、それで君の悩みがなくなるのならば、いっておいで」

「ありがとうございます。お兄様」


 お兄様との話を終え、明日の予定が決まった。

 

 自室に戻り、ベッドに沈む。明日に備えて早く眠りたい。

 

 やはり、お兄様には発情はないようだ。前回聞いた時のように曖昧にではなく、明確に聞いても、あれを恋だと言われてしまう始末。

 また、ルシアン様のことを思い出して、顔が火照る。お兄様が変なことを言うからだ。

 これ以上何も考えないように布団に深く入り直した。



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