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15 赤い実の誘惑

前回のお話のルシアン視点です。

 何がどうしてこうなった。


 ラスを呼びに来た侍女を押し退けて、執務室を飛び出した殿下を追って着いた先はレーヌ様のお茶会の会場だった。レーヌ様に怒られますよと何度か止めたが、聞いてくれる気配もなく、殿下とラスが意気揚々と扉を開け放った。驚くご令嬢たちを気にも留めず、ずんずん部屋に入っていく。

 そしてあれよあれよという間に、隣接するベッドルームに押し込まれ、今、人間のご令嬢と対面している。


 誕生パーティの時に倒れ、目覚める前に傍を離れてしまったから少し心配していたが、彼女が元気そうで安心した。しかし、もう彼女と会うことはないだろうと思っていたのだ。確かに殿下へ彼女の人間の婚約者についてと『発情』の疑惑についてはお願いしていたが、まさかこんな形で会うことになろうとは。 

 俺はあの日のことがずっと忘れられなくて、目に焼き付いた姿を追い出しても追い出してもすぐに戻ってきて、何にも集中できない日々が続いていた。それも時間が解決するだろうと……会わなければ忘れるだろうとそう思っていたのに。


 メーラの匂いは部屋に二人きりになった瞬間から、俺の理性を崩しにきていた。ラスが言っていた「アーヤが発情していると、屋敷の外からでもわかる」の意味がようやくわかった気がする。くらくらする匂いに包まれて、何とか平静を装っていた。


 そして、そんな彼女の悩みはまさに『発情』についてだった。


 俺が断ると、この役目はラスに回ってしまう。いや、そもそもラスの役目だった。なんでラスなんだ。確かにラスは婚約者のアーヤ嬢にしか興味がないから、安全といえば安全だが、メーラに他の男が近づいて、この強烈な匂いを嗅ぐと思ったら耐えがたい。ラスだってこの匂いと彼女のこの姿を見たら何かしてしまうんじゃないか?

 今日もあのパーティの時のような、胸元の大きく開いたドレスを着ている。白く豊かな膨らみから目を逸らして、顔を見れば、赤らんだ頬が艶かしく、潤んだ蜂蜜色の瞳は劣情を煽る。


 話の途中、彼女が殿下やラスのことを名前で呼ぶのに俺だけ家名で呼ばれることもなぜか気に入らなくて、恥を忍んでお願いしてみたら、すんなり呼んでもらえて、俺は舞い上がっていたのかもしれない。彼女は少なくとも俺のことを嫌っていない。そう思ったら嬉しくて、もう少し距離を縮めたいと思ってしまった。


「え、っと私が確認してもよろしいでしょうか」

「え?」

「あなたが発情しているかどうか、私が確認してもいいですか? そう、ですね。私も比較的安全なほうだとと思いますよ。だいぶ理性があります。あ、うさぎの中では……なんですけど。それに、扉の向こうには殿下もラスもいます。鍵もかかっていないので叫べばすぐに助けがくるでしょう。だから……」


 しどろもどろに伝えた俺の言葉は、あまり説得力がない気がする。今だって、ギリギリ耐えている状態だし、顔は熱いし、心臓もバクバクいっているのだから。


「はい……お願いします」

「え……」


 メーラは恥ずかしそうに、はにかんで、お願いしますと言った。俺を信じてくれると。

 また俺の心は舞い上がり、ここまで耐えれたのだから、このまま最後まで耐えられると思った。彼女の誕生パーティーの日に、抱きかかえても平気だったし、同じ部屋にいても耐えられた。だから何ともないと……


「あ、あの、ルシアン様? 私、臭くないですか」


 しかしあの時とは桁違い。心をざわつかせる匂いが強烈に香ってくる。その匂いに引き寄せられて、保っていた距離を詰めた。近寄った途端、ぶわっとより強くなる香り。触れられる距離にある真っ白な肌と華やかに纏められたところからこぼれ落ちた赤い髪。前髪から覗く、怯えるように揺れる蜂蜜色の瞳に俺の理性はぐらりと揺らいだ。見当違いな心配をしている彼女に何か言わなければ、というか、もうすでに彼女が発情状態であることは間違いなくて、今すぐ離れて部屋を出た方がいい。分かっていても離れがたく、さらに近付きたいと思った。


 ぷつんと何かが外れる音がして、ドッと熱が押し寄せてくる。


「っ、臭いどころか……、めちゃくちゃいい匂いがします」

「え? る、ルシアンさ、ま……っ」


 メーラの身体が強張ったのを感じた。それが俺のせいだと言うことにも気が付いている。でも、衝動が止められなくて、気が付いた時には彼女の華奢な肩を押していた。


「あっ!」


 丁度良く後ろにベッドがあるのが悪い。ここまでお膳立てされて、何もしないなんて男じゃない。殿下のような思考が頭全体を支配して、彼女の小さな身体を腕で閉じ込めて、逃げられないようにして……

 ふと、見下ろしたメーラの潤んだ瞳とぶつかって、俺の中の熱は一瞬遠ざかる。今何を考えていた? 彼女を押し倒して何をしようとしている? 自問を繰り返し、答えが出ないように唇を噛みしめる。このままではいけない。早く助けを呼ばなければ。


「メーラ、すみませんっ。は、ぁっ、叫んでっ」

「え? あの、っ!」


 俺の理性なんて、ペラペラだったのだ。メーラの声を聞いただけで、すぐに熱が戻ってきて、抗えない衝動が襲ってくる。それでもどうにか耐えていたのに、メーラはちっとも助けを呼ばないし、終いには俺に触れようとしてくる。


 ……限界。

 

「はぁっ、く……っ」

「あ、ルシア、ンっ、さ!? ひぁっ」


 メーラの白い首元に顔を埋めて、呼吸をする。甘く心地よい香りに包まれて、どんどん大きくなる衝動に抗う気すらなくなった。このままここに歯を立てたら彼女の可愛らしい声が聞けるだろうか。躊躇いはなかった。匂いの強いところにかぷりと噛みついて、俺のものだという印をつけた。

 びくんと揺れた身体から、可愛い声が聞けるはず。


「ルシアンさまっ、だめっです……!」


 思っていたものと違う声が聞こえた。少し焦っているような、怯えているような……そうじゃない。傷つけたいわけじゃない。やさしくしたい。可愛がりたい。甘い声が聞きたい。


「メーラ」

「ルシアンさま……っ」


 耳元で名前を呼べば、ほら、可愛らしく俺を呼んでくれる。もう一度、彼女の柔肌に歯を立てようとした時……



「おや、これはこれは」

「殿下! のんびりしてる場合じゃありません! 早く止めなければ!!」

「あ、ああ、そうだな。おい、ルシアン! そこまでだ!」


 俺とメーラの邪魔をする声がする。羽交い絞めにされ、彼女から引き離された。


「っ、殿下……」

「ルシアンこれを飲め」

「んっ」


 口に錠剤が突っ込まれ、水を流し込まれる。飲み込むとすっと今までの猛烈な衝動が消えて、俺を支える殿下と彼女を抱き起すレーヌ様が鮮明になる。


「ルシアン、お前も男だったんだなぁ」

「殿下……」


 俺は今、何をしていた? メーラに何をした? レーヌ様に抱きしめられているメーラを見て血の気が引いていく。殿下の戯言も耳に入らない。


「フィリベール様! 呑気なこと言っている場合じゃありません! もう! 殿方は出ていってくださる!?」


 レーヌ様の声に、俺は自分のしでかしたことをやっと自覚した。


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