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12 お茶会の乱入者

「……私が呼んだのはラスだったはずですが?」

「レーヌ、今日も美しいな。うむ、やはり赤のドレスだったか」



 にこやかにレーヌ様と言葉を交わすのは、自分の誕生パーティで一度挨拶をしたことがあるこの国の王子様だ。相変わらず麗しい見た目に、顔を埋めたくなる豊かな金色の御髪である。レーヌ様は呆れた様子で殿下を部屋の中へ招き入れた。


「で、殿下……! ルロワ伯爵家の娘、メーラです。本日はお招きいただき……」

「ああ、メーラ嬢。堅苦しい挨拶はいらない。レーヌは美しいだろう? お茶会は楽しんでいるかな」

「は、はい」

「ははは、そんなに緊張しないでもいい」


 一国の王子と会って緊張するなというほうが無理な話である。



 しかし、何故殿下がここにいるのか……


 レーヌ様たちから「発情」の話を聞いたあと、今すぐ確かめようということになった。レーヌ様は待機していたメイドに「ラス」というアーヤ様の婚約者を招くように言いつける。


 私の発情を確かめる方法はこうだ。


 他の女性がいると匂いが混ざってしまうとのことで、まずは二人きりになる。そして、近くで匂いを嗅いでもらう。これまでのお見合いでは二人で手を伸ばした距離、握手の距離ですでに駄目だった。恐らくラスティン卿もそのくらいの距離まで近寄れば感じることができるだろうとのこと。

 アーヤ様曰く、ラスティン卿はアーヤ様のことなら屋敷に入る前にわかるらしい。少し怖い。

 この段階で何もなければ私が獣人男子に襲われる理由は他にあるということになる。


 逆に、ラスティン卿が私の発情の気配を感じたら、すぐにシャルロット様が常備している発情を抑える薬を飲む。即効性のあるものをもらったので、すぐに効果があるだろうと言われた。

 そして再び、同じように匂いを嗅いでもらう。それで発情時の匂いに変化がなければ別の薬や他の発情を抑える方法を試すしかない、ということらしい。

 アーヤ様という婚約者がいながら異性と二人きりになることも許してくれた上に、ラスティン卿の安全性はアーヤ様を含め、皆のお墨付きである。


 そんな彼の到着を待ちながら、他愛のない話をしていると部屋にノックの音が響き、そこには思いもよらない人が……


 フィリベール殿下はレーヌ様にだけでなく、私にも蕩けそうな笑顔を向けてきて、うっと声が詰まる。恐るべしライオン王子。戸惑う私を庇うようにシャルロット様とアーヤ様がきて、美しく礼をした。


「フィリベール様、お久しぶりでございます」

「ご機嫌麗しゅう、殿下。ラスを呼んだはずでしたが、フィリベール様もいらっしゃったのですね」

「おお、シャルロット嬢、久しいな。いつ見ても惚れ惚れする美しい髪だ。アーヤ嬢も。ああ、その宝石よく似合っているな」


 殿下がシャルロット様の髪に触れて微笑む。女好き、そんな言葉が浮かんでしまう程に手馴れた様子で女性を褒めて、気安く触れる。そこに嫌味やいやらしさがないのは、この人の見た目のせいか、王子様であるからなのか。

 次にアーヤ様の首元のレックレスに触れようとしたとき、私とアーヤ様の間に大きな人影が現れた。

 すぐにアーヤ様の身体を後ろから引き寄せ、自分の腕の中にすっぽりと収めている。目にも止まらぬ早業である。


「殿下でもアーヤに触れるのは許しません」

「……ラス」

「アーヤ!」


 ラスと呼ばれた男性はやはり私をここまで案内してくれた男性だった。犬のような猫のようなやや大きめの耳がぴこぴこ動き、ジャケットの隙間から覗く、先が黒いしっぽは左右にぶんぶんと振られている。


「ラス、飛びつかないで」

「会いたかったよ、アーヤ! あ、メーラ嬢。先ほどぶりです」


 ハイエナの特徴を持つ彼はアーヤ様を抱きしめたままこちらに振り返り、にっこり微笑んだ。


「私とも今朝会ったじゃない」

「俺はいつでもアーヤに会いたいと思っている!」

「え、っと、ラスティン様、ですよね?」

「ええ! ラスティン・ガルニエです。一応侯爵家のものですが、そう高貴なものではありません。それに、アーヤの友人は私の友人でもあります。私のことはどうぞ気軽にラスと呼んでください」

「ラス、様……?」

 

 変わらずアーヤ様を抱きしめたままの姿で挨拶をされ、戸惑いが隠せない。愛称を呼ぶと満足げに微笑まれた。


「ラス、挨拶はしっかりしたほうがいいわ」

「あ、アーヤ、ここのリボンが取れているよ。すぐに結び直すね」

「……慣れ慣れしい上に話を聞いてなくてごめんなさいね、メーラ様。ラスはいつもこうなの」


 アーヤ様がリボンを結び直しているラス様の首元をくすぐると、そこは一瞬にして二人の世界になった。アーヤ様は呆れたようにため息とついているが、嫌そうではない。そんな二人を見ながら、私は殿下、シャルロット様と顔を見合わせた。そして、そこにレーヌ様が加わると、殿下の後ろからグレーのうさ耳がひょっこり顔を出す。


「皆さん、邪魔をして申し訳ありません。私は止めたんですが……」

「!!」


 彼のことは忘れることもできない。あの時倒れた私を運んでくれたうさぎさん、もとい、ランヴェール卿だ。彼にお礼も謝罪もできていないことを思い出す。もちろん、数々の失態も一緒に。


「ルシアン。いつも面倒を掛けるわね。せっかくだからあなたも一緒にどうぞ」

「い、いえ、私は……」

「あ、ら、ランヴェ「ルシアン様! 私の隣が空いてますわ! こちらへどうぞ!」


 挨拶とともにさっくりお礼を言って、謝罪も済ませてしまおうと意気込んだのに、シャルロット様に見事に遮られてしまった。彼女はあっという間にランヴェール卿の腕を掴むと、自分の席の隣に座らせた。


「お会いしたかったですわ、ルシアン様」

「シャルロット嬢。私はそんなに食べれませんから……」


 シャルロット様はすぐにランヴェール卿の前の皿にお菓子を山盛りにし、自らお茶を注ぐ。


「ふふ、シャルロットったら……あの子、ルシアンの前だと性格が変わるの」


 レーヌ様がその様子を見てくすくすと微笑んだ。シャルロット様の顔が完全に恋する乙女のそれだ。ここまでが、まさに一瞬の出来事で、自分の席に戻ることもできず、私はぼーっと突っ立ている。

 殿下もレーヌ様の隣に椅子を持ってこさせ、あっという間に馴染んでいた。


「思わぬ来客がありましたけど、変わらず楽しんでくださいね。メーラ」

「え、あ、はい!」

「それはそうと、どうしましょう。ラスだけならと思ったけど、殿下やルシアンがいる前でアレの話はできないわね……」

「……」

 

 私に耳打ちをしてきたレーヌ様が困り顔で室内を見渡した。あっという間に賑やかになったうえに、自分より上位の貴族様たちに囲まれ、どのように振舞えばよいのかわからない。 しかし、せっかく解決の糸口が見えそうだったのだ。自分の身体に何が起きているのか確かめたい。


「レーヌ様。フィリベール殿下もランヴェール卿もラス様も信頼に足るお方ですよね」

「え、ええ。それはもちろんよ。殿下はもちろん、ルシアンもラスも信頼できるわ」

「それならば、大丈夫です。むしろ、男手が増えて安全性が増したと思えば……」

「……わかりました」

「お願いします」

「では……ラス」

「はい、レーヌ様」


 私の言葉に頷き、レーヌ様はラス様を呼ぶ。アーヤ様と二人の世界から戻ってきた彼は、レーヌ様の元にきた。


「あなたに頼みたいことがあるの」

「なんなりと」

「レーヌ。それは俺ではだめなのか?」


 ラス様が呼ばれたのに反応して、なぜか殿下も近づいてくる。俺への頼みはないのか? と笑いながら、レーヌ様の肩を抱いた。


 ああ、もしかしたら獣人たちはスキンシップが多いのかもしれない。見ているこちらが照れてしまうほど、婚約者同志のイチャイチャが酷い。


「……殿下は絶対にダメです。堪え性がないんですもの。それにもし何かあったときに止めれる人がいないわ」

「堪え性? ……ああ、何をしようとしているのかわかったぞ。それならば、適任がいる」

「適任?」


 私はレーヌ様と殿下のイチャイチャから目を逸らす。


「ルシアン」

「はい、殿下」

 

 心を無にして窓の外を見つめていると、殿下はお菓子をもそもそと口に運ぶランヴェール卿を呼んだ。

 

「お前が、レーヌの頼みを聞いてやれ」

「私がですか? ええ、もちろん。私にできることであれば、なんでもおっしゃってください」

「ルシアンに頼むの?」

「ああ」

「もし、間違いが起きたら……」

「レーヌもルシアンの鋼の理性を知ってるだろ?」

「それはそうだけど……」

「よし、ルシアン。隣の部屋を貸す。メーラ嬢の悩みを聞いてやれ」

「「はい!?」」


 私とランヴェール卿の声が重なり、部屋に響いた。


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