1 もふ耳も角もしっぽもありませんが!
いつか私にも、角とかしっぽがにょきにょきと生えてくるんじゃないかって信じていた。
「お兄様、私のお耳はどんな柄かな。しっぽはふさふさで、角は大きなやつがいい!」
「メーラ。僕たち人間にはしっぽも角も生えてこないよ」
「そんなの嘘! 皆持っているのだから、私だってもう少し大きくなったら、きっと!」
私の名前は『メーラ・ルロワ』
ルロワ家に長女として生まれ、今日、十六歳の誕生日を迎えた。
さすがに十六歳にもなると、自分に角やしっぽが生えないことは理解している。
「可愛いけも耳とか立派な角とか、もふもふのしっぽは!?」
そう叫んで、兄を困らせた日のことを思い出し乾いた笑いが漏れた。
私が生まれ育ったこの世界は、動物を先祖にもつ獣人が人口の大半を占めている。
そして、ルロワ家が住むセリアンテ王国は、獅子を先祖にもつ王が治める国だ。
物心ついた時、自分に角やしっぽがないことが不思議で仕方なかった。
世話をしてくれていた乳母は羊の獣人でくるりと巻いた角がついていたし、騎士は猫の獣人でひょろりと長いしっぽを持っていた。
父の応接室をこっそり覗けば、大きく立派な角を持つ男性と話をしていたし、幼馴染の男の子もぴんと立った耳にモフっとしたしっぽがあったから、いつか自分にもそれが生えてくるものだと思っていたのだ。
ヒョウの獣人のような柄のついた耳と長くて美しいしっぽにも憧れたし、狼の獣人のふさふさの毛並みにも憧れた。鹿の獣人の大きな角だって羨ましいと思っていた。
自分の家族にそれらがないことを不思議に思いながらも、私にはどれが生えてくるのだろう。そうやって様々な妄想をして幼少期を過ごしたのだ。
そんな私を家族や使用人たちは微笑ましく見ていたのだろう。
ある日、兄と共に歴史の授業を聞いていた時、私はようやく気付いたのだ。
この獣人の溢れる世界に生まれたにも関わらず、頭に飛び出すふさふさな耳や立派な角はなく、お尻にふわふわ揺れるしっぽも生えてこない。自分はいわゆる人間。生粋の人間。まじりけのない人間であると。
父も母も祖父も祖母も人間で、ずーっと遡っても人間しかいないのだと。
そして、獣人が大半を占めるこの世界で生粋の人間というのは数が少なくなっており、むしろ珍しい一族ということも知った。これは朗報である。
自分に欲して止まないけも耳やしっぽや角がないのであれば、好みの獣人を伴侶とすればいいじゃない! まさに名案。
その日から、いつか理想のもふもふと出会うため、私は自分磨きを続けたのだ。
そして、今日がその日。今から、私の誕生パーティがある。
これは一世一代のイベントだ。私はずっとこの時を待っていた。
必ず、好みの獣人と結婚するぞ。気合を入れて立ち上がる。
「……お、お嬢様!?」
ガタンと音を立てて私が座っていた椅子がひっくり返り、目の前の女の子は私が勢いよく立ち上がった反動で後ろによろめいた。
くるりと巻いた角、ぴるぴると動く白い小さな獣耳が頭についた女の子はメイドのリナ。羊の獣人で、幼い頃からずっと一緒にいる。彼女の耳は触り心地がすこぶる良くて眠れない夜は触らせてもらったりした。
「お嬢様、ど、どこか悪いところが?」
よろめいたリナを支えた男性は、私の顔を訝し気に覗き込む。この黒の燕尾服を纏い、リナと同じく巻き角と毛におおわれた耳を持つ男性は、執事のトマ。ヒツジの執事だ。
「お嬢様、大丈夫ですか? 体調が優れませんか?」
トマが心配そうに声をかけてくる。
「ん? 大丈夫よ」
「急に立ち上がったからびっくりしました! それになんだか顔色も悪い気が…… ああ! メーラお嬢様! 旦那様に言って今日のパーティを中止にしてもらいましょう!」
瞳を潤ませたリナが、私の肩をがっちりと掴んだ。
ちらりと鏡を見ると目の下には隈。これは今日が楽しみで眠れなかっただけ。ただの寝不足である。
しかし、このリナの的外れな心配も理解はできる。私は所謂箱入り娘というやつで、それは大切に大切に育てられた。家族や使用人たち以外との接触はほとんどなく、パーティなど一度も出席したことがない。それなのに誕生日を迎えたからと、急にパーティの主役となって、大勢の前で挨拶をしなければいけない。昨日もリナのお耳を触りながら眠りについたのだ。不安と緊張で眠れなかったのだと思われてもしかたない。
でも、今日の私はやる気に満ちている。新しいもふもふとの出会い。素敵な旦那様を捕まえるのだと。
「リナってば心配性ね! 本当に大丈夫。ちょっと寝不足なだけだから」
「お嬢様……」
なによりも、生粋の人間、珍しい一族の娘のお披露目パーティの日。この国の王様やその子息、ルロワ家よりも爵位の高い家の人々が私を見るために集まっているのだ。中止なんてもっての外である。
ルロワ家の爵位は伯爵。その中でも下から数えた方が早いという順番に位置している。位としてはそこまで高くないというのに、わざわざ国の王様が見に来てしまうくらい生粋の人間は珍しいということだ。
「メーラお嬢様。お時間です」
ドアがノックされ、声が掛かる。もうそんな時間か。
最後に全身が写る鏡を見た。長くてふんわりウェーブの赤い髪と蜜を垂らしたような金色の瞳。誰もが振り返るような可愛らしい顔立ちで、さらには出るところが出た魅惑的な体つき。
これを利用しない手はない。よし行くぞと、気合いを入れた。
トマが開けた先には、声を掛けてくれた騎士服の男性がいた。
ぴんと立った銀色の毛並みの耳と、背後で揺れる同じ色のしっぽ。先のほうだけ白くなっている。彼は狼を先祖に持つ獣人。ルロワ家に仕える騎士で、兄と同い年ということもあり、幼い頃はよく遊んでもらった。
「オスカー!」
「お嬢様、さあ行きましょう」
「はい!」
「あ、あの、お嬢様、ドレス、よくお似合いです」
「ありがとう、オスカー」
にこりと微笑むと、顔をさっと背けたオスカーのふさふさのしっぽが左右に揺れた。
これは彼が喜んでいる時の仕草である。「喜んでる、しっぽ可愛い」などと大人の男性に対して失礼なことを思う余裕もあったりする。
「こ、こほん、旦那様たちがお待ちですから早く参りましょう」
「ええ、そうね!」
オスカーに連れられて会場の前までくると、正装に身を包む赤毛の男性と上品なドレスを纏う茶色い髪の女性、そして同じく正装で赤髪の背の高い男性がいた。父 マルクと母 ミリアン、兄のミシェルである。
「メーラ、誕生日おめでとう。ドレスよく似合っているよ」
「我が妹はどこの令嬢よりも美しいな!」
「ありがとうございます、お父様、お兄様」
「もう時間になるが、準備はいいか?」
「はい、もちろんです! ……ふふ、お父様の方が緊張されてるようにみえます」
「これは慣れるものではないな……」
「メーラ、あなた、姿勢を正して」
「……はい、お母様」
「はい……」
父は良く言えば優しく、悪く言えば気弱。兄は典型的なシスコンで私には甘々である。
反対に母は気が強く、父を尻に敷くタイプで、いわゆる教育ママだ。
幼い頃からビシバシと厳しく教育されたおかげで、母の言葉には反射的に萎縮してしまう。
兄のお披露目パーティでも行ったはずの挨拶をすっかり忘れてしまったのか、緊張して冷や汗の止まらない父を見ながら、気合を入れた手をきゅっと握りしめ、私は会場の大きな扉が開くのを待った。