私が好きな、変な騎士
「マリアちゃん、この冒険が終わったら、君に告白してもいい?」
「どこから突っ込めばいいかわからないよツヴィンくん」
真面目くさった顔で言われた言葉は、状況にさえ目を瞑ればすごく格好良かったと思う。
ここは森へ続く、実に平和な平原の道。
この辺りを治める大公様からの命令で、森の奥にある神殿へとお使いに行っている途中のことだった。
私は下位貴族の末娘、普段は教会のお手伝いをしている。女神の神殿へ今年一年の報告をしに行くのは、そういった貴族の娘たちの仕事だった。
ツヴィンくんはその護衛についてきた、私の幼馴染みで緑の瞳が素敵な正規騎士。私の片想いの相手でもある。
神殿と言っても、神官も常駐しない洞窟の奥に女神像が一つあるだけ。森だって、魔獣はほとんどいない穏やかなものだ。
つまり、別に冒険というほど冒険なこともなく。何なら普通に日帰りできる。大仰なことは何もない。それを彼に指摘すると、まるで疑問にも思っていないかのような顔をする。
「大公ユーウェイン様から直々に賜った任務、これ以上ない騎士の誉れ」
「私たち、くじ引きで負けただけだよね」
危険はないけど普通にだるい。皆そんな感じなので、どうしても使者の決め方は雑になる。
私たちが生まれた頃はまだ戦乱が続いていて、身分別け隔てなく助け合っていた当時の名残りで今でも大公様とは誰でも割とラフに接することが出来る。
一発で当たりくじを引いた私たちを、親指立てて送り出した大公様の何とも言えないぬるっとした笑顔が忘れられない。
「ちなみに何の告白? 罪?」
「違うよ、普通に愛の告白だよ」
とんでもない秘密を共有させられるとかじゃなくて良かった。いや、愛の告白されるのも大事件なんだけど。私、君のこと好きだもん。
「告白しちゃ駄目?」
「うーん、駄目じゃないし全然良いんだけどさ、というか何で告白の許可なの? 婚姻の許可取ってよ、何なら今普通に言ってくれればオッケーするんだけど」
「いや、それは段階を飛ばし過ぎてるから」
「差し込む段階がおかしいよ」
実質今ので告白と了承済んだみたいなものでしょ。駄目なの? 違うの?
昔からそういう謎な自分ルールがあるやつだった。真面目で、格好良くて、強いのに、よく分からないところで全てを台無しにする不思議系。
まあ、そういうところが好きだったのですが。
「もっと俺の頼りになるところを見てもらってから、生涯の伴侶足り得るか判断して欲しい」
「いよいよ今日するべき話じゃなくなってきたね」
本当に今日で良かったのか、それ。他に良いタイミングは今後いくらでもあったと思う。それこそひと月後には大公様主催の馬上槍試合があるんだけど…………。
「例えばそう、試合で格好いいところ見せてくれてからじゃ駄目かな」
「人目のあるところで告白するのはちょっと……」
「シャイか」
シャイか。何を恥ずかしげに鼻かいてるんだ。というか槍試合で活躍出来る自信が当然のようにあるくせに、何で告白は隠れてやりたいんだ。
「さっきも訊いたけどさ、何で告白の許可なの?」
「だって、マリアちゃん昔『わたしおおきくなったら大公様のおよめさんになる』って言ってたから、まだその野望捨ててなかったらアレだなと思って」
「何年前の話してるの。それ『パパとけっこんする』と同じノリだからね」
というか、野望扱いってどういうことよ。小さい女の子って大概格好いい大人の男に憧れるものでしょ。若くて眉目秀麗で親しみやすい大公様なんて恰好の対象に決まってるじゃん。みんな同じこと言ってたもん。
「そうなの? 良かった。まあ大公様って年上で甘えさせてくれる人のほうが好みらしいしマリアちゃんは当てはまらないね」
「聞きたくなかったよそんな話」
格好いいお兄さんのイメージが壊れる。
「そう言えば、ツヴィンくんって私のこと好きだったの? そういうの無いタイプの人かと」
「マリアちゃん以外の人間はみんな服着た丸太に見えるくらいには好きだよ」
「思ってたよりちょっと重いな」
これが既に結構デカい告白な気がする。それもどちらかと言えば罪寄りの。
そんなことを話している内に、平原はとっくに過ぎてしまい、森の中ほどまで来た。あと少し進めば神殿のある洞窟だ。
「かなり奥まで来たね。ツヴィンくん虫駄目だったよね、大丈夫?」
「は? 全然怖くないし」
「じゃあさっきからこまめに肩とか脛とか確かめてるの何なの」
確かめ過ぎて歩き方が大分おかしなことになっている。よく足を捻らないなと感心するくらいだ。
彼のシワの寄った眉間を見つめながら、私はふと思ったことを口にする。
「…………君が求婚してくれるならそれはもう喜んで受けるんだけど、お父様が許してくれるかなあ。ツヴィンくん、大公様に目をかけられてるから平気かな」
「それは大丈夫。ご両親にはもう許可取ったから」
「根回し早いね」
「実は大公様や皆にもお願いして、俺たちが当たりくじ引くように仕組んだんだ」
「すごい確実に外堀埋めてくるね」
ここまでしておいて、本当に何で今このタイミングで告白しようとしてるんだろう。計画の詰まったところと緩いところで差があり過ぎて、風邪を引きそう。二重人格か何かなの?
というか、見送りの時の大公様の顔に納得が行った。全部知った上で面白がって協力したな、あの人。
腐り残った落ち葉を踏み分け進んでいくと、突然開けたところに出る。ツヴィンくんは少し残念そうな顔をして先を指した。一年の報告は一人でしなきゃいけないから、ツヴィンくんは森で待っていなくてはならない。多分それが嫌なのだろう。
「…………ほら、洞窟だよ、マリアちゃん」
「結構早く着いたね。じゃあ行ってくるからここで待ってて」
「すぐ戻ってきてね、別に虫が怖い訳じゃないけどね」
「はいはい」
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湿っぽい洞窟はなんだか生臭くて嫌になる。
私は一応貴族の娘だけれど、別に汚いとかそういうのがてんで無理という訳ではない。むしろ大分庶民に近い感覚だと思う。それはそれとして、人間として忌避したくなる感じの臭いがするのだ。
所々、上に穴が空いていて、小さく青空が覗いている。そこから漏れる光だけが、道を行く手がかりだった。
あれ? と思ったときには遅かった。
まだ奥に空間がある筈の洞窟が、壁で埋められている。いや、壁ではない。鱗のある巨体だ。
「な、何…………?」
それがズルズル動き出すと、あちこちで小さな振動と落石が始まる。クルリとこちらを向いたのは、腐臭のする息を吐く、大きな大きなドラゴンだった。
今年捧げる予定だった収穫物の入った籠を取り落とし、ゆっくりゆっくり後ずさる。すぐに躓いて、尻餅をついてしまった。
跳ねる心臓とは裏腹に、やけに冷静になった頭が分析を始める。
(いや、今までこんなやつがいるって話はなかったんだから、どっかで住処を失ったやつが逃げ込んだだけ、多分弱ってる、この狭い通路じゃ自由に動けないだろうし、すぐに逃げれば、逃げれば…………)
足が動かない。
声も出せない。
何となく、私はここで死ぬんだなと察した。
ドラゴンは大口を開けて、私の頭をめがけて首を突っ込んでくる。
咄嗟に顔を伏せる。
血飛沫が洞窟の壁に跳ねる。
私の血じゃない。
恐る恐る顔を上げると、ドラゴンの口に剣を噛ませて堪えているツヴィンくんがいた。
「ツヴィンくん、どうして」
入口で待っててって言ったのに。まさか、私の危機を察知して?
「蝶に追いかけられて逃げてきた」
「ちょうちょ…………」
剣をそのまま横に引き、返す刃で首を狙う。硬い外皮に阻まれて、落とすことは叶わなかった。
ドラゴンは剣の刃で口の端と喉が切れたらしく、ボタボタと血を吐いている。もう一度首を引いて、噛み付いてくる瞬間、ツヴィンくんは素早く腰のナイフを引き抜いて敵の目を突き刺した。
怖気づいたドラゴンが曝け出した逆鱗を、剣で脳天まで突き上げ穿つ。
くぐもった声を上げて怪物は倒れ込み、その巨体を痙攣させていた。
「………倒した、の?」
「………………うん」
「す、すごいよツヴィンくん、ドラゴン倒しちゃった」
「このくらい、騎士団の皆ならもっと上手く…………いや……」
騎士は肩で息をしながら、刺さった剣を引き抜いた。
竜の返り血を全身に浴びた彼は片膝をついて、へたり込んだままの私に手を差し伸べる。
「……レディ、貴女の手を取る栄誉を頂けますか」
「も、もちろん」
「私は民の善き騎士、大公に仕える東の騎士。竜殺しのツヴィン・ヴァヴェルスモーク。どうか私に、貴女の良き伴侶となることを許しては頂けませんか」
古くから伝わる、婚約を申し出る言葉。
私は、真っ赤に濡れたその手を取った。
「右の刃先を大公が為、左の刃先を民が為、そして鞘を私の為に使うなら、貴方と共に添い遂げましょう」
ツヴィンくんって、本当に不思議。変なこと言ったり、格好悪かったり、なのに最後はちゃんと決めてくれる。
この人に恋をしてよかった、と心の底からそう思う。
なんとか報告も終えて、一緒に街へ帰る。
私はふと思い出して、ツヴィンくんに囁いた。
「あ、ツヴィンくん、おとぎ話だとこういうとき、乙女は善き騎士にお礼のキスをするけど」
「いや、そういうのは正式に婚約してからにしよう」
「真面目か」