6話:新製品の開発指令
興味あるかと聞かれ、あると言うと、今晩、うちに泊まっていけと言われた。清水が、良いのですかと聞くと、ここは、田舎だからなーと言った。是非、品質管理の実験の様子を見たいと言うと、じゃー次のテストの時、見せようと告げた。
1300度以上になると、もちろん直接目で見ることはできず、溶接の時に使う、手に持って見る、特殊な器具を通して、その燃焼時の色を見て温度を測るしかない。そのため、品質管理試験の前に水分補給として、お茶を入れてくれた。
15分後、電話が入り、さー実験だと言い、一階の実験室に入った。そこで、厚い土鍋の破片みたいなものが、3つ置いてあった。これは、数種類の化学薬品とアルミ粉末と酸化鉄が入っている。つまり、アルミと酸化鉄のテルミット反応である。
これが、アルミ粉末と酸化鉄粉末と保温材を混合し熱風乾燥した鋳造用スリーブと呼ばれる商品だと語った。その後、そこにある溶接で使う手持ちのメガネの仮面を使えと指示した。
それを装着し、それでは、いくぞと言い、ガスバーナーに火をつけて、その鋳造用スリーブを焼くと、すぐに白煙を上げて激しい勢いで燃え始めた。工場長は、もう片方の手でピストルのような装置をその一番明るいところに向けた。
10分足らずで品質管理テストは終了し、ピストルのような装置を見て、燃焼時の温度をノートに書き込んが。1400度以上で合格としていた。これが、1400温度以下が、不良品となる。
そこで、何に使うのかと、清水が工場長に聞くと、大きな鋳物を作る時、このスリーブという超高温発熱保温剤を鋳物の上部につけて、毎回、必ず、鋳物の最終凝固点をそのスリーブの所にする。
そうする事によって完全な固体としての鋳造物を作ることが出来る。そして、鋳物が冷えた後に、その最終凝固点を焼き切れば、完全に密な金属に満たされた強固な鋳物商品が完成する訳だ。
大きな橋の橋梁をイメージしてもらえば、理解しやすいと述べた。もし、大きな鋼鉄製の橋を支える鋳物製品の中に空気穴が出来ていれば、強度が、足らなくて、橋が、折れて、落ちる危険性はあると語った。
つまり、そういう欠陥鋳物が出来ないように品質管理をしているのだと述べ、自分は、品質管理官に万全を期していると教えてくれた。巨大な鋳物製品の安全を保証するためのきわめて重要な製品を製造している。
そういう事で、長年、技術開発して、危険と隣り合わせの特殊化学製品を作る企業は、日本でも2社、世界では、ヨーロッパとアメリカの2社、世界でも4社しかない、そう言う点では素晴らしい会社と言えると話した。
工場長が、技術者として入社した時、現社長が、その道の日本の第一人者として、この仕事をしていた、5年間、現社長にしごかれて、この品質管理の仕事を受け継いで、もう20年近く、毎日、この退屈な仕事をしていると自嘲気味に笑った。
実は、私は、この工場から車で20分程の所にある理髪店の奥さんの実家に婿養子として入り、ずっと、この仕事をしてると語った。そして、また、工場長室に上がり、どうだ、ここで、働く気になったかと聞かれた。
そこで、面白そうですねと率直に伝えると、そうか、3年間の期限付きの新製品開発で、大変だけれど、やりがいは、あるぞと言われた。工場の奥には、3つの長屋形式の8畳和室の1Kの平屋と、もう一つ2LDKの妻帯者用の社宅があると言った。
風呂は、外に、従業員と兼用の大きな風呂があると言われた。近所から来てる工場の男性職員は、ほぼ全て、製造現場での作業が終わる17時過ぎに、風呂に入れる事が出来る。そのため、ほぼ全員が、風呂に入ってから家に帰ると話した。
従業員は、40才以上の男性ばかりだと言った。発送と事務に若くはないが、女性が、4人いると告げた。それに、知恵遅れの2人の男の子も働いてると、教えてくれた。
この誠実そうな、工場長を見てると、信用できると思い、さらに、試製品の商品開発か、実に、やりがいのある仕事だと思い、武者震いがした。こんな経験は、なかなか出来ないと思い、清水は、ここで働きたいと思ってしまった。