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3.セシーリア様は惚気たい

 ブリットからの手紙を読み終えたセシーリアは、手紙を畳みながら大きなため息をついた。ブリットが夫であるイェルドのことが大好きなのは知っているし、彼女がこうして執拗に夫との睦まじい様子を伝えてくるのは、セシーリアのためであるということも重々わかっている。


 イェルドがあれほどの拷問に耐えたのはセシーリアを助けるためだった。そして、セシーリアが何も語らず修道院へ入ったため、ブリットは無理に結婚させられてしまう羽目になったのだ。

 セシーリアがそのことを気にして苦しんでいると知ったブリットは、自分たちは結婚して幸せになっていると常々伝えてるようにしていた。


 修道院で会った時、ブリットがあれほど明るく惚気を言わなければ、セシーリアは外へ出る勇気が出なかったと感じている。

 あの拷問の時、イェルドが受けた痛みがどれほどかと思う度に、セシーリアは心を閉ざしてしまいそうになる。そして、ブリットも少しで結婚を辛いと感じている素振りでも見せれば、それがどれほど卑怯なことだとわかっていても、セシーリアは修道院から外へ出ることはできなかっただろう。


 今こうして幸せになることを自分に許せるのは、(ひとえ)にブリットの気遣いのお陰だとセシーリアは感謝している。

「でもね、ちょっと悔しいわよね」

 セシーリアの婚約者であるフレデリクは、甘い言葉を軽々しく口にする男ではない。言葉の端々に愛を感じるが、ブリットへの手紙でわざわざ惚気るほどでもなかった。手を握ったのはセシーリアからだけで、フレデリクは文字通り指一本触れることもない。

 それはフレデリクの気遣いだと彼女は気づいている。酷い拷問を見せたことでセシーリアが恐れていると考え、体格もかなり違うこともあり、怖がらせないために彼は一定の距離を保っていた。


 フレデリクに好かれている自信はある。しかし、セシーリアは身悶えするくらいの惚気をブリットに返しがしてみたいのだ。


「お嬢様、フレデリク様がお見えになっています」

 その侍女の言葉に、セシーリアの気分は一気に浮上した。自分でも単純だと思うが、婚約者が会いに来てくれたのだ。喜んでも仕方がないと、セシーリアは内心で言い訳をしていた。



 セシーリアが玄関ホールに行くと、その大きな騎士は真っ赤な薔薇の花束を抱えて姿勢良く立っていた。

「花くらい持って行かないと嫌われるからと、侍女が作ってくれました」

 セシーリアに花束を渡す時、フレデリクは恥ずかしそうにしながら正直に申し出た。

「ありがとうございます。とても綺麗ですね」

 とてもフレデリクらしいと思い、セシーリアは思わず微笑んでしまった。

 彼が屈強な騎士であることは間違いない。それでも、セシーリアはフレデリクが可愛いと思ってしまう。こうして目を見つめていると、照れたように目線を外すところも、それでも、嬉しそうに口元が緩むところも。



 セシーリアはフレデリクと一緒に庭を歩くのが大好きだ。彼女の歩幅に合わせてゆっくりと歩いてくれるフレデリクの優しさが感じられるし、言葉が多くない彼なので会話が途切れ気味になることもあるが、変化する庭の風景を眺めているだけで場が持つ。何より、フレデリクの大きさが実感できてセシーリアは好ましいと思う。

 王太子の婚約者であったので、セシーリアは大柄な騎士を見慣れていた。その時は別段好ましいと思ったことはないので、このような気持ちになるのはフレデリクだからだとセシーリアは感じている。彼のこの大きさも可愛いと思うものの、誰にも共感は得られないことはセシーリアもわかっている。

 だからこそ、フレデリクの可愛さを理解しているのは自分だけだと、セシーリアは嬉しくなるのだ。


 侍女に薔薇の花束を渡したセシーリアは、今日もフレデリクを庭の散歩に誘った。もちろんフレデリクに異存はない。

 彼もまたセシーリアと庭を歩くのが好きだった。彼女と対面して座っていると、目線の置き場所に困ってしまうのだ。どうしても白い首や胸元に目がいってしまいそうになる。それに、セシーリアにまっすぐに見つめられてしまうと、焦って会話もままならない。もっと余裕のある男にならなければと焦るほどにフレデリクは余裕を失ってしまっていた。

 その点、二人で並んで歩いていると、身長差があるのでそれほど視線が合うこともなく、少し余裕をもって会話を楽しむことができる。

 庭の散歩はフレデリクにとっても、有難い申し出だった。



 さすがに公爵邸の広大な庭である。咲き乱れた色とりどりの花が目を楽しませ、長いアーチは美しい木漏れ日を描き、木で作られた巨大な迷路も楽しむことができる。

 隣には愛しい婚約者がいるのだ。退屈などするはずもなく、時間はあっという間に過ぎていった。


「わたくし、フレデリク様と結婚すれば、してみたいことがあるのですが、許していただけますか?」

 陽も傾いて、フレデリクが帰る時間が迫ってきた時、セシーリアは意を決して聞いてみた。

「俺にできることならば、どのようなことでも」

 セシーリアが望むのならば、どんなことでも叶えたいとは思う。しかし、どれほど努力しても叶わないことがあるとフレデリクは知っていた。


「それほど難しいことではありません。わたくし、フレデリク様のお背中を流したいのです。ブリットさんがイェルド様の大きな背中が格好良いとおっしゃっていたの。わたくしは逞しいフレデリク様の背中だって格好良いと思うのです」

 セシーリアはただただブリットに惚気てみたかった。


 急にそんなことを言われて、フレデリクは固まってしまう。

 二人で風呂へ入る意味が本当にわかっているのかとか、その場になれば逃げてしまうのでないのかと思いながらも、

「楽しみにしておきます」

 フレデリクはようやく返事をすることができた。

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― 新着の感想 ―
[一言] セシーリア様、大胆! 公爵が影からこっそり聞いてたら倒れそうな件(笑)
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