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2.セシーリアとフレデリクは観劇する

 伯爵位を父親に渡して身分を捨てていたフレデリクは、セシーリアと結婚するため再び伯爵に戻ることになった。しかし、フレデリクが何も言い訳をせず平民に身を落としていたことで、女の色香に迷って友の右腕を斬り落とした男との噂が社交界にはびこっていた。

 フレデリクはあえてその誹謗中傷を受ける覚悟だったが、カルネウス公爵は娘のために彼の印象を変えたいと思い、様々な工作を行っている。


 その一つが、フレデリクの両親である騎士団長とエステルマン公爵令嬢の物語を演劇として上演することであった。両親の恋物語にフレデリクたちもなぞらえ、英雄と同じようにフレデリクの行いはセシーリアを守るためだったとの印象をつけようとしたのだ。

 そのため、フレデリクとセシーリアは初日の国立劇場に招待されていた。ひときわ目立つ真っ赤な髪の大きなフレデリクと、輝くような淡い金の髪の美しいセシーリアは大層注目を集めている。中でも、少し冷たいとの印象を与えていたセシーリアが柔らかく笑っていることに皆は驚いた。

 将来の王妃という重圧と、愛人を容認しなければならないような結婚から解放されたのだ。それは当然かもしれない。そして、フレデリクが誠実な男であるというのは本当かもしれないと、皆は思い始めていた。



 現在のエステルマン公爵はフレデリクの母親の弟である。父親が亡くなった当時八歳と幼かった弟だが、英雄の後見を得ることができ、無事叔父から爵位を奪還できたのだ。姪に結婚を強要した叔父に世間は冷たく、彼はその後行方不明となっていた。

 そのような経緯があるので、演劇では叔父を思い切り悪者にすることができる。


「エヴェリーナ、おまえにはリングホルム伯爵と結婚してもらう。拒否することは許さないからな」

 舞台上ではいかにも悪役というような俳優が女優に詰め寄っていた。

「そ、そんな。リングホルム伯はお父様より年上の方です。しかも、五度目の結婚ではないですか。そんな方との結婚は嫌です」

「わがままを言うな! 弟がどうなってもいいのか!」

 大げさな動作で俳優が女優の頬をぶった。


「どうかわたくしを助けてください」

 バルコニーで女優は辛い胸の内を歌にする。その歌声を聞いていたのは英雄役の俳優だ。


 そして、暗転。


「姫! お救いに参りました。どうか私と一緒に逃げてください」

「貴方は英雄となったパートリック様ではありませんか。わたくしを助けに来てくださったのですね」

 舞台上では、英雄役の俳優が姫役の女優の手に口づけを落としていた。

 主役を張る俳優なので、細身の整った顔をした男は騎士団長に全く似ていない。しかし、赤い髪の女優は母親に少し似ていると感じ、フレデリクはいたたまれない思いを抱きながら、うっとりと舞台を見つめているセシーリアの横顔をちらちらと見ることで何とか席を立つことを我慢していた。


「何があっても邪魔をさせるものか。姫をそのような男と結婚させないぞ」

「わたくしはパートリック様と一緒に参ります! どうか道を開けてください」

 女優を片手で抱いた俳優は剣を抜く。そして、公爵家の護衛との戦闘が始まった。

 セシーリアはその場面を見て、少し興ざめた。普通の男が女性を抱いて大立ち回りなど無理なので、全身黒い服を着て顔まで黒い布で隠した男が女優を抱く補助をしているのだ。

 セシーリアは隣に座る大きな騎士ならば、補助などいらないのでないかと思う。


「お義父様ならば、あんな補助はいりませんよね。お義母様を片手で軽々と抱き上げられそうですから」

 ボックス席なので他の席とは離れているが、セシーリアはできるだけ小さな声を出す。フレデリクなら自分を軽々と抱き上げてくれるのではないかと訊くのはさすがに恥ずかしく、騎士団長夫妻の名を口にした。

「いくら英雄でも、無理やり公爵邸に押し入り、公爵令嬢を抱き上げて連れ去ろうとして、止めようとした護衛に剣を向けるようなことをすれば、大問題になるだろう。父はあんなことはしないと思う」

 セシーリアが耳の近くで喋るのが心地良いと感じながら、フレデリクは真面目に答えた。いくら何でも馬鹿馬鹿しい場面だと思う。しかし、会場の皆は喜んでいるらしく熱気に満ちている。フレデリクはそれが不思議だ。


「まあ、お芝居ですから、少し誇張した演出はあるでしょうね。ところで、フレデリク様はわたくしが望まぬ結婚を強要されたとして、わたくしを連れ去ってくださらないのですか?」

 セシーリアが微笑みながら横に座るフレデリクを見上げた。フレデリクは思わず首を横に振る。

「俺は馬鹿だから」

 セシーリアが助けを求めるのなら、どんなことをしても彼女を連れ去るだろうとフレデリクは思う。

「わたくし、半年もの間厳しい修道院で過ごしていましたから、どんなところでも生活できると思うのです」

「俺も、半年間平民騎士として生活していたから、下町にも詳しくなりました。セシーリア様と二人なら、どんなところだって生きていけます」

 高位貴族の子女にしては、二人は生活能力があるらしい。しかし、カルネウス公爵がそんな暮らしを許すことはない。その前に、セシーリアに望まぬ結婚を強要するようなことを公爵がするはずはなかった。フレデリクへの仕打ちをセシーリアはまだ許していない。公爵はこれ以上愛娘に嫌われるのは耐えられそうにもなかった。


 舞台上では俳優と女優が熱いキスを交わしている。しかし、フレデリクとセシーリアは顔を見合わせていて、その場面を見逃してしまった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] り [一言] 両親のラブロマンス観劇しに行くのは息子的にある意味拷問…でもないのかな。二人が幸せそうでなによりです。
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