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1.ベンノはフレデリクに会いに行く

「おい。俺たちの邪魔をするな!」

 王都の下町の裏通りで、厳つい三人の男たちがベンノを取り囲み、その中の一人が彼の胸倉を掴んでいた。

 辺りには他に人影はない。偶に通りに入って来ようとする者がいたが、関わり合いになりたくないと足早の去って行った。

「僕は別に君たちの邪魔をしていないけどね。契約書の内容を読んであげただけだよ。嘘はついていない」

 平民には文字を読めない者が多く、中には少額を借りただけで身売りしなければならないような契約書に署名させられることがあると、王都守護の騎士をしていたフレデリクから聞いていたベンノは、契約書の代読を商売にしていた。もちろん、依頼人は貧しい者が多く報酬は少額しか受け取っていないが、実家からそれなりに補助を受けているベンノは困ることがない。彼ほど契約や法律に強く、低額で代読を請け負う者は王都にはいないので、かなり重宝されていた。


 しかし、最初から無学の者を騙すつもりの輩にとって、ベンノは邪魔者でしかない。

「二度と文字を読めない体にしてやってもいいんだぞ!」

 ベンノはそれなりに有名人なので、本気で傷つけたりすると面倒なことになるのはわかっていたが、二、三発殴ってやれば、こんな小金のために商売を続けることはないだろうと、ベンノを脅す男は考えていた。


「僕は騎士のフレデリクと知り合いだよ。僕を傷つければフレデリクが黙っていないと思うけどね」

 半年ほど前、王都守護騎士隊に忽然と現れた真っ赤な髪の大きな騎士は、あり得ない程に強く、王都のならず者たちを一掃する勢いで王都を守っていた。そんな彼の姿が王都から消えて一か月ほど経ち、こうして悪いことを企む輩が戻ってきていたのだ。

 フレデリクの強さを良く知る男は、そんな騎士の名を口にしたベンノに怯んで胸倉を掴んでいた手を放してしまう。


「騎士様! こちらです! 男の人が襲われています。早く来てください!」

 どこからともなく、女性の大きな声が聞こえてきた。

「今度俺たちの邪魔をすれば許さないからな!」

 その女性の声に驚いた男たちは、そんな捨て台詞を残して去って行った。


 取り残されたベンノが辺りを見回すと、建物の陰に隠れるように女性が立っているのが見えた。彼女の名前はアニタといい、ベンノがよく行く古物商の店員だった。名前は知っているが、何度か言葉を交わしたくらいでそれほどベンノと親しくはない。

「僕を助けてくれたんだね。ありがとう」

 ベンノが礼を言うと、アニタが建物の陰から全身を現す。

「あいつらが馬鹿で良かったわ。騎士様を呼びに行っている間がなくて、騎士様がいるというのは嘘だったの」

 安堵したようにアニタが笑った。つられてベンノも笑顔になる。

「そうだったんだ。あいつらが騙されてくれて助かったね。でも、本当のことがばれると危険だから、こんなことはしない方がいいと思うんだ」

 小物そうな男たちだったので、自分だけならばフレデリクの名前を出せばどうにかなると思っていたベンノだが、アニタまで守る自信はまるでなかった。


「ベンノ様、フレデリク様のお知り合いというのは本当ですか? 今どこにいらっしゃるかご存知ですか?」

 実家から仕送りを受けているとはいえ、ベンノはそれほど豊かではない。そのため、古物商を利用することが多かった。資金繰りに困った貴族からの放出品など掘り出し物があり、それらを探すのはベンノの楽しみになっているのだ。当然上得意なので、店員のアニタは彼の名前を知っている。

「それは知っているけどね。フレデリクに何か用でもあるの?」

「一度ちゃんとお礼を言いたかったのですけれど、王都の騎士隊にはいらっしゃらなくて。以前父が少額の借金をしてしまったのですが、契約書が読めなかったため、高額な利子がついてしまったのです。それで、私がその(かた)に娼館へ売られそうになっているところを、フレデリク様に助けていただきました。そして、職まで紹介してくださったのです。こうして平穏に生活できているのはフレデリク様のお陰です」

 真剣な目でアニタはベンノを見つめている。彼はちょっと困ってしまった。


「フレデリクは仕事なので礼は不要だと言うと思うよ。それに、彼は婚約したばかりだから、誘惑しても絶対に靡かないと思うんだ。諦めた方がいいよ」

 騎士は危険な職だが、強くて収入も良いので、女性にはとても人気がある。強さなら王都でも一、二を争うだろうフレデリクと知り合いたいと思う女性がいたとしても不思議ではない。

「違います! 騎士様の恋人になりたいとか、そんな大それたことは考えたこともありません。ただ、純粋にお礼を言いのです。ベンノ様がお知り合いとお伺いしたから、会えるかなと思っただけです。それに、フレデリク様は強すぎて、ちょっと怖いです」

 アニタは思い切り首を横に振り、ベンノの言葉を否定した。

「それなら会いに行こうか? 僕も助けてもらったお礼をしなければね。ニーブロム商店にも世話になっているしね」

 ニーブロム商店とはベンノが贔屓にしている古物商の店名で、以前は店主夫婦だけで商いをしていたが、彼らが年老いて手が回らなくなってきたので従業員を探していたのだ。そのことを知っていたフレデリクがアニタを紹介した。働き者のアニタのことを店主夫妻も気に入っていて、お互いがフレデリクに感謝している状態である。



「こ、ここはどこですか?」

 あまりにも大きな館の門前に連れて来られたアニタは、震えながらベンノに訊いた。

「騎士団長の家だよ。ほら、英雄と真っ赤な髪の姫君の話は知らないか?」

「えっ! 英雄様? 私、お話を聞いたことがあります。無理に結婚させられそうな姫様を英雄様が助けたのですよね。あの、平民の私なんかが、こんなところへ来ては駄目なのではないでしょうか?」

 あまりにもベンノが平常なので、冗談かと思うアニタだったが、その館の大きさは冗談だとは思えない。


「僕も平民だから大丈夫だよ」

「本当にフレデリク様とお知り合いなのですか?」

 平民のベンノがこんな大きな館に住んでいる人と知り合いとは、甚だ疑問だとアニタは思う。

「うん。以前にフレデリクの妹のブリットさんと婚約していたんだけどね。僕の身勝手で婚約を破棄してしまったんだ」

 ベンノは悪びれることもなくそんなことを言う。もはや本当か嘘なのかアニタには判断できなかった。

「それって、絶対に嫌われていますよね」

 その話が本当ならばフレデリクに会うのはかなり不味いのではないかとアニタは心配した。恩人に嫌われたくはないし、あの最強の大きな人を怒らせるのはとても怖い。

「そうだね。でも、ブリットさんは他の男と結婚して幸せそうだから、大丈夫じゃないかな」

「あの、もういいです。帰りますから」

 こんな変な人に頼んだのが失敗だったとアニタはしみじみ思う。


「ここまで来て帰ることはないよ。早く入ろう」

 アニタが願ったように門番の止められることなく、ベンノとアニタは豪華な応接室へと通され、機嫌の悪そうなフレデリクがすぐに現れた。


「フレデリク、セシーリア様と婚約したんだって。おめでとう」

 ベンノが笑顔で祝いの言葉を口にするが、フレデリクの機嫌は悪いままだ。アニタは気が気ではなく、できるのならこのまま帰りたかった。

「それで、ベンノもその女性と婚約したので、わざわざここまで報告しに来たのか?」

「違います! 私は以前フレデリク様に助けていただいた者で、お礼を言おうと思いまして、やって来たのです。ごめんなさい。もう、帰らせていただきます」

 とにかく、フレデリクの言葉を否定しなければと、アニタは必死で首を横に振る。


「もしかして、ニーブロム商店の?」

「そうです。あの時は本当にありがとうございました」

 フレデリクが覚えていてくれたことが嬉しくて、今度は何度も首を縦に振るアニタだった。

「礼など不要なのだが、せっかく来てくれたのだから、ゆっくりしていくといい。茶と茶菓子もあるしな」

「はい、ありがとうございます」

 そうは言うものの、古物商に勤めているお陰で、目の前の陶器がとんでもなく高級なものだとわかるので、アニタは触れるのさえ怖い。でも、恩人に勧められたので、飲まないのも失礼だと思い、恐る恐る茶を口にした。


「それにしても、フレデリクがあの美しいセシーリア様と婚約するなんて、かなり驚いたよ」

「セシーリア様は美しいだけではなくて、とても強い方でもあるんだ。俺を守ると言ってくれている」

 そのフレデリクの言葉を聞いて、アニタは茶器を取り落としそうになった。

 こんな強い彼を守ることができる女性とは、いったいどれほど強いのだろうと、アニタは想像もつかなかった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] わぁ、シリーズになったんですね。 残酷なシーンもあったけど、ほっこりするのもあり好きな作品でうれしいです。 [気になる点] ベンノって、こんな感じなんですね。友達も、恋人もできなさそう、、…
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