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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

汚れた水は何度も溢れる

作者: トミネ

 大好きだった。愛していた。その想いは依存だと、異常だと言われる程だった。だからだろう、彼が私に見向きもしなくなったのは。初めは笑っていたのに、段々とその笑みが引きつっていき、距離を置かれ、手紙すらくれなくなっていった。会えば必ず一歩引き、引きつった笑みさえ浮かべない、無表情。言葉も冷たく、殆ど話してはくれなくなった。でも、彼がそんな人になってしまったのだと思っていた。それすら愛おしいと想っていた。けれど、彼はそんな人になったわけではなかった。

 ある日彼に会いに行った時、彼の周りには沢山の人達が居て、とても楽しそうに話をしていたのだ。私には決して向けられない、見た事も無い笑顔。そして、彼は周りの人達に言ったのだ。


「あんな気味の悪い重い女から自由になって、カリーナに堂々と交際をと申し込みたいよ」


 と。そして周りの人も


「お前とカリーナとの事は誰もが認めるものだ。今更誰もお前の浮気だなんて思わないし、カリーナも悪者になる事は無い」

「そうだそうだ。お前が気の毒だと誰もが思ってるさ。あんな女に幼い頃から付きまとわれてって」

「いつでも協力してやるからな。俺達はお前とカリーナの味方だ」


 と。彼の言う気味の悪い重い女とは、間違い無く私の事で、カリーナとは私と彼の一つ下の幼馴染の事。そして彼の周りには私の兄が居て、その兄が彼が気の毒だと、妹の私をあんな女と言っている。

 知っていた。兄が私を嫌っている事。両親が私の事を煩わしく思っている事。この村全体が、私が頭のおかしい人間だと思っている事を。そんな中で、彼だけが優しかった。だから私は彼を好きになり、愛した。それが依存で異常だと言われようが、彼だけを見て、彼だけの為に生きてきたのに。その彼も、私以外には微笑み、カリーナと交際したいと言う。それをするのに、誰もが協力をすると言う。今更誰も彼の浮気とか、カリーナを悪者呼ばわりしないと言う。

 彼を愛している。その気持ちに嘘は無い。例え人には依存、異常であっても。だから私はその日、森で首を吊った。彼に昔貰った、森に生えている蔦で出来た籠を解いた紐で。その籠は昔、彼に、森で木苺を籠いっぱい摘んで、それでジャムを作って欲しいと言われた時に貰った物だった。分かっていた。木苺の季節じゃなかったのに、大きなこの籠いっぱいどころか一粒すら摘める筈が無かった事。その時はもうカリーナに想いを寄せていて、ただの厄介払いする為に言っていた事。分かっていたけど、私は嬉しかったのだ。初めて貰った物だったから。頼まれた事だったから。だから今回も、頼めば良かったのに。

 多分、私がこのまま生きていたら、愛する彼が愛するカリーナを羨ましく思って嫉妬して、下手すれば殺すかもしれない。そうすれば愛する彼は私の事をもっと嫌いになって、殺そうとするかもしれない。それでカリーナの弔いにするのだ。助けてやれなくてゴメンと言うに違いない。彼の心には、私の存在は愛するカリーナを殺したゴミとしか残らないだろう。だからそんな事はしない。彼の手を汚すなんて、彼を愛する私には出来ないし、彼を愛したのは少なくとも人であったと思って欲しいから。ゴミに想われていたなんて、可哀想だ。だから、さようなら。




 その日、森で一人の少女の死体が見つかった。異常な頭の持ち主だと皆が知っている少女の死体は、皆が知っているいつもと同じボロボロの格好で、年頃の娘には程遠いガリガリの身体とボサボサでザンバラな髪、裸足の状態だった。死体を見つけたのは近くの村に住む、皆から愛された愛らしい少女だった。その少女は、死体の少女が愛していた少年が想いを寄せる相手だった。彼女もまた、彼に想いを寄せていた上、死体の少女に代わり、彼と寄り添いたいと思っていた。しかし、死んで欲しいとは迄は少しも思っていなかった。だからこの状況は非常に焦った。死体の少女は間違い無く自殺だ。何を思ってかは分からないが、自ら死を選んだ。彼に死ねと言われたのか。一番有り得るのがこの理由だった。彼至上主義の死体の少女が、自ら死を選ぶのに、他の人は理由にはなり得ない。どれだけ家族から疎まれ様が、虐待され様が、心無い言葉を言われ様が、死体の少女の心は動かないのだ。だからきっとこの状況を見た村の人は、間違い無く自分と同じ事を思うだろう。そう、少女は考えた。だから途端に怖くなった。村の誰しも死体の少女がおかしいと思っている。そして、彼を憐れみ、自分との事を応援してくれている。その自覚はある。しかしそのせいで、中には彼のせいだと思う人が出るかもしれない。同情しつつも、自分や彼を、完全な被害者と見てくれなくなるかもしれない。何も悪い事をしていないのに、と。だから少女は慌てて村へ帰って、彼の元へ向かった。そして他にも死体の少女の兄や他の彼の友達二人も連れて、森へ戻った。皆、その死体を見て固まった。どうして死んだのか分からなかったからだ。そして、少女と同じ考えを持ち、全員である事を決めた。


「ニタは失踪した。だから死体は此処には無い」


 誰かが言った。そして誰もが賛同し、一人が村へと戻りシャベルを持って戻ってきた。死体の少女は木から降ろされ、シャベルで掘った穴に埋められた。木の蔦と共に。そして村へ戻り、皆知らぬ存ぜぬを通した。数日は村の誰もが居ないことを多少なりとも気にしていたが、元からおかしいと思っていた相手が居なくなったところで、何ら害が無いと誰もが判断し、家族ですら清々すると言い放った事から、誰もが気にしなくなっていった。森にも不自然な場所があっても、子供が良く掘ったりしている為、いつもの事と誰も気にしなかった。そして彼と少女は数年後、何の障害もなく、誰からも祝福され、結婚して幸せに暮らす事が出来た。






「…何コレ」


 ()()()()は目を覚ますと同時に、何とも言えない恐怖を覚え、身体を震わせた。冷たい感触が手に残っている。そして、何より臭いを覚えていた。()()がした事に、吐き気がする。それが、例え夢であっても。

 カリーナは可愛らしく、村の同世代の子供達からは憧れの的だった。その中でニタだけは自分に見向きもしなかった。それが面白くなかっただけでなく、ニタは村長の娘だったせいもあり、村の医者の息子であるカイと幼い頃に婚約を結んでいた。カイは誰にでも優しい王子様で、カリーナとは違う意味で憧れの存在だった。そんなカイに引っ付き、彼の為にと何でもするニタを嫌いになるのは当然だった。ニタは誰にも愛されない、カリーナとは逆の存在だった。実の家族からも早々に厄介者扱いされ、カイとの婚約も無かったことにしようと何度もされたと言うが、その都度何でもするからと縋り付き、蹴られても殴られても頭を下げて願ったと言う。真実は大人同士で早々に無くしていたが、おかしいニタが何をするか分からないからと、本人達には知らせずにいた状態だったが。結果として、カイは沢山の同情と、カリーナとの仲を応援される事になっていった。そして謎の自死を、ニタは選んだ。沢山の人の記憶にも残らず、カイもカリーナと無事に祝福されて結婚し、幸せな家庭を築いた。ニタの死によって不幸になった人はいない。寧ろ、幸せしか無かった。彼女の死体を、死んだ人を土に還したに過ぎない。あの時はそう思い続けてきた。死んでまで自分達に迷惑を掛けるのかとも思った。流石頭のおかしい人は違う、と皮肉も言いたくなった。けれど、本当に人としてそれで良かったのか、と言う思いもあった。

 カリーナはそれを()()()()()た。そしてカリーナとしての人生は、一度目では無い事も。だから余計に気持ちが悪かった。同じカリーナを何度もやり直している事は、ニタの呪いでは無いのだろうか。カイと幸せになった、自分に対しての、復讐では無いのだろうか。今、カリーナの横にはカイが居る。結婚して、子供はまだ居ないが、医者を継ぐ為未だ勉強中のカイと、幸せになったばかりの新婚だ。そして、いつも幸せになってから夢に見て思い出すのだ。お前の人生は何度ニタを土に埋めたのだ、と言う事を。そしてその都度何度かカイに言った事もある。私達は幸せになって良いのだろうか、と。あんな事をしたのに、と。その都度カイは自分達は何も悪い事をしていない、勝手に死んだのはニタで、自分達は死ねと言った事なんか無いし、埋めたのは土に還しただけ。そしてこの事で誰が不幸になったのだ、と。その通りだとカリーナも思うしそう返して来た。しかし何度もやり直して居るのは、きっと何かあるのだろう。せめてもっと早く、ニタが死ぬ前なら分かる事もあるのだろうが、思い出すのはいつも幸せの絶頂なのだ。これを呪いと思うのも、然りだろう。


「確かに埋めて、死んだ事を隠した事は人として駄目だと思うけど、生きている間人に散々迷惑を掛けて挙句死んでも迷惑を掛け、その後誰もが幸せになってるって事は、貴女の存在自体が居てはいけなかった事の顕れじゃない。だから私達を呪うのはお門違いなの。良い加減にしなさいよ!」


 小さく、呟くように憤る。ぶつける相手は死んでいるのだ、どうする事も出来ない。だからこそ余計に憤るしか出来ない。






 彼女達が幸せなのか不幸なのかは分からない。けれど、彼女達は知らない。これは呪いでも何でもない事を。とある物語の裏も裏、モブもモブである彼女達は、何処かの誰かが主人公の物語のループに巻き込まれているに過ぎないのである。それが死んだ人間の呪いだと思う事は勝手であり、それによって幸せではなくなったとしても、それは彼女達の責任であり、彼女達次第。いつ、ループが終わるか分からない世を生きている以上は、逃れることが出来ないのだから。それがモブである彼女達の役目なのである。

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