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二律背反と言うには身勝手な
私の気持ちが通じたのか、アニスは私を見つめたまま、手話で語り始めた。
複雑でわからない箇所も確認しながら、ひも解いていきたい。
私はより集中しながら、その話に耳を傾けた……厳密には目だけど。
――
アニスの母、アミテさんは、子供の頃から体質で差別されていたが、薬のことを勉強し、集落にとっては他に代えがたい薬師となることで、自分の立場を確立させた――
幼子である、アニスでさえも、そのことに気付くほどに、集落の差別は厳しく、
それでも、集落で薬師は貴重だった。
普段は自分達を迫害する人間が、病で弱まると、一転して、アミテさんを頼り下手に出る。
そんな手のひら返しをアニスは何度も見てきた。
それでも、まっすぐな目をしていられるのは、アミテさんが慈しみ育てたお蔭なのだろう。
これまでの話に出てこなかったように、アニスの父親はいない。
詳細をアミテさんは語らなかったそうだ。
アニスは、子供ながらに察して、聞くことはしなかったそうだ。
そうして親子が支えながら生きていた。
そんな二人に転機が起きたのは、時期にして1年程前の話だそうだ。




