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瞳に映るもの
私はアニスと同じ目線に腰を下ろし、手話での会話を試みた。
「えっと……”聞きたい、こと、あります”」
アニスはすぐに返事を返した。
『どうぞ』
「”お母さん、話、聞かせて、下さい”」
アニスは返答を考えているようだった。
ただ、今必要な情報はある程度決まっている。
「”薬師、だった、お母さん、の、話、して欲しい、です”」
アニスは了承するように頷いた。
だけど、そこで話されるのはあくまで、親子の思い出だ。
微笑ましい話ではあったものの、最後まで耳を傾けたが必要な情報は出ない。
そこで、私はアプローチを変えることにした。
「”辛い、話、だと思う、けど、お母さん、死んだ、時、話、聞かせて、欲しい”」
アニスは驚いたような表情になった。
そして、まっすぐに私の目を見つめてきた。
全てをクリアに見通すような、綺麗な目だった。
私はそのまっすぐな視線にまっすぐ見つめ返した。
恐らくは私の真剣度合いを図っているのだろう。
子供を子供と侮ってはいけない。
経験という先入観がない分、時に本質を見抜くのだ。
だから、私は精いっぱいの誠意を、その目に返した。




