442/1085
脱力
「え……あ、大丈夫ですよ」
行き詰っているのは確かだが、疲れているわけじゃない。
正直、一分一秒も無駄にしたくないのが本音だ。
「まぁ、そう言わずに、お茶も入れましたから」
「え……」
すると、門下生は私の袖を引っ張って強引に連れ出していった。
縁側に連れていかれると座布団に座らされた。
「夕飯の残りものですけど、お茶受けもありますよ」
「ど、どうも……」
ここまでされて、無下には出来ない。
私は湯のみを受け取って、一口啜った。
「……ふぅ」
「こうして、肩の力を抜くことも大事ですよ。
あらゆる動作も脱力することが極意になると言いますし」
「……!」
「目に見えてリキんでましたからね」
「それはどうも……ありがとうございます。
えっと、すみません、あなたは……?」
観察していた関係で門下生の顔と名前は全て覚えていたつもりだった。
しかし、目の前の女性の記憶が一切なかった。
「わたしはトウコです」
「すみません、覚えていなくて……」
「いえ、わたしは気配を殺していたので、仕方ないかも知れません」




