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彼女がいない馬車 30
「……」
男はチヒロを撃った銃を見つめていた。
「……ふ」
そして、自嘲じみた笑いが漏れた。
「完全な計画にするなら殺したほうがいいんだろうな。
だが……感傷か、これは」
男の呟きなど耳に入っていないのか、シンシアは泣きながらチヒロを抱えた。
「チヒロさん!チヒロさんっ!!」
チヒロは呼びかけに応えることはなく、目を閉じたままだった。
撃たれたはずの額は、若干の血を滲ませていたが、何故か傷はなかった……塞がっていたのだ。
「死んではいないよ、お嬢さん」
チヒロはハッとした表情で男を見た。
「な……なんなんですか、あなたはっ!?
なんでこんな……」
仮に男が野盗だったなら、目的は明白だ。
チヒロの財産の強奪と……まぁ、チヒロも無事では済まないだろう。
しかし、男にそんな素振りはなく、目的を全て果たしたようだった。
「……本当は野盗に見せかけてあなたも殺してしまったほうがいいんだろうな」
「っ……!」
シンシアの顔が強張る。
しかし、シンシアもそうなるかも知れないことはわかっていた。
わかった上で、飛び出してしまったのだ。




