彼女がいない馬車 29
弾丸が自らの額を貫く音を、チヒロは聞いた。
「あーー」
これが、死か。
と、チヒロは自然に受け入れていた。
暗転していく世界の中で、チヒロの身体は反射的に剣を振るう。
しかし、その剣が届くかどうかさえも、チヒロは知ることは出来なかった。
ーー
シンシアの目の前でチヒロは撃たれ、斬りかかるのと反対方向へと吹っ飛び、倒れた。
チヒロの大剣は吹っ飛んでいる間に虚空を斬り、届かなかった。
「チヒロさんっ!!」
シンシアは叫んでいた。
絶叫に近かった。
まさか、チヒロは負けるなんて、想定さえしていなかった。
それ程までに、シンシアにとってチヒロの強さは絶対で……それでも、世の中に絶対なものなどないことを痛感していた。
それでも……
それでも、チヒロはそこから立ち上がって、また戦いだすことをシンシアは願っていた。
「……」
10秒……20秒と時間が経過するごとにシンシアの血の気は引いていった。
一向に立ち上がるどころか、起き上がる気配さえないチヒロ。
先程の光景がシンシアの脳裏に再生される。
あの時、チヒロは……頭を撃たれてなかっただろうか?
「あ……ああああああああああああああっ!!」
シンシアはなりふり構わず、絶叫しながら倒れているチヒロに駆け寄った。




