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彼女がいない馬車 9
男は気配を殺し、歩き出した。
真っ直ぐにチヒロに向かって。
毛布を被って眠っているチヒロ。
およそ、3メートル程の距離から、チヒロに銃を向けた。
そして、ため息を吐いた。
「まさか、こんな簡単にいくーーーー訳ないよな」
前方にいるはずのチヒロが男の背後で、大剣を振りかぶっていた。
大剣が振り抜かれる直前に、男は前宙の要領で回避しながら、後方へと銃を向けた。
「おっと」
男は被っていた中折れ帽が落ちそうになるのを左手で押さえた。
そして、二人は対峙した。
「……なんだ、オマエ」
チヒロは敵意を隠しもしない。
一人で襲ってきた。
ましてや、ワープを駆使してのカウンター奇襲に対応されたのだ、チヒロの警戒心は最大限に高まっていた。
「……いい夜ですね、レディ?」
男は事もなさげに、軽口を叩いた。
「……」
チヒロは返事変わりに睨んだ。
男の顔が認識出来ない。
相貌失認と言う脳障害があることをチヒロを知っていたが、まるでソレのようだと感じた。




