七つの試練~後編~
槍と斧と短剣の試練を完遂。残すは弓、拳、魔法、剣の四つとなっていた。
「……次の試練場所」
どうやら、次の試練場所に着いたようだ。四回目ともなれば、流石に彼女が何を言いたいのか分かる。
どうやら、次は拳か魔法の試練のようだ。何故分かったかって? それは、手に何も持っていないからだ。これから拳と魔法の二択に絞られる。
さて、どちらになるだろうか。
『よく来たな。さて覚悟は出来ているか?』
出来てるもなにも決めなきゃ始まらないし終わりもしない。なら、出来てると言うしかないだろ。
『ふむ、では行くぞ!』
いや、まず何の試練か教えてくれ!?
『人間族、躱すだけでは変わらぬぞ』
分かってる。反撃しないといけないことは。今回は、拳の試練か。理由は簡単、殴り掛かってきたから。
「はぁっ!」
『ほう。良い一撃を打つではないか』
褒められても嬉しくはない。だって、簡単に受け流したから。今のは少し自信があったのにな。確実に当たった! くらいには。
『どうした? 躱されたことがそれほど意外だったか?』
「ああ、意外だな。だけど、4つ目の試練だ。これくらい躱す事は読んでいたさ」
うん。読んではいた。ただ実際に躱されるとショックだけど。
『なら、これは読めているか?』
「──くはっ!」
拳の突きが速い……。 来る事は分かっていた。けど、身体が追い付かなかった。反応は出来たから、ダメージは小さい。だけど、痛いな……。
『ほう、完全に躱しきれなかったとはいえ、ダメージを最小限に抑えるとはな』
「……お褒めに預かり、光栄だね。はぁはぁ……とはいえ、ダメージは相当あるんだぞ」
『それにしては普通に立つではないか』
寝てもいられないだろう。寝てて良いなら、寝てるけど。そうもいかないだろう。エミーリアの事もあるし。
『このまま行かせてもらう!』
「──のっ!」
『──かはっ!』
俺の一撃が決まった。いや、相手も油断してなかっただろうけど、こちらもタイミングを合わせて当てに行ったからな。まあ、ここまで上手く行くとは想ってなかったけど。
『……なかなかやるな。いい一撃だった』
相手のダメージも大きい。これで状況はイーブンに戻ったな。
『……』
沈黙したまま、動かない。これは次の攻撃が来る予兆か?
『……合格だ』
……へっ? 合格?
『どうした? 納得いかないか?』
「いや、やけにあっさりと終わったな。と思って」
事実そうだ。確かにクリティカルヒットに近いダメージは与えた。だけど、それだけで終わりとは思えないからな。
『これだから人間族は、人を何だと思ってるのか』
試練だから、過去の英霊みたいなものだと思ってたけど。
『まったぬ……。それより、次の試練の場所へ行け』
厄介払いされた感じがするのは気のせいだろうか?
「……次の試練場所」
……だから、いい加減後ろから声かけるの、やめて貰えませんか?
「……?」
意味が分かっていないようだ。というか、また何も言わずに先へ行ってしまった。
5回目となると、流石に察しは付くけども。さて、次はどの試練になるのか……。
◆
次の試練の場所から少しまっすぐ進んだのち、右の方へ曲がった場所にあった。正確には一人の試験官? が立っていただけで試練の場所といわれてもどうかと思うが。そして案の定、シュティルは消えていた。何度目だろう、彼女は一体何処へ行ったのか? もしかして、試練の時は試験官と対象者以外は消えてしまうのか。と。
『ここまで来たか。大変だったろう』
あれ? 今までとは違って労いの言葉が出て来たぞ。なんだ、油断させる罠か?
『……さて、今回の試練は弓と魔法だ』
えっ? 今回は二つ? どうやってやるんだ?
『相手は私ではない。あれだ』
男が指した方向には鹿が二匹。なんだ、俺は鹿と戦えという事か?
『今回はあれを倒して貰う。標的としては十分だろ?』
標的としては? どういう意味だ?
『簡単な話だ。あそこにいる鹿二匹。あれを標的としては弓と魔法で倒して貰う』
鹿二匹を弓と魔法で倒せ? これは狩りの技術を求められているのだろうか?
『互いに近くにいるから、片方が危険な目に遭えば、もう片方は逃げるぞ。この試練は一匹でも逃げられたら、不合格となるから、気を付けろ?』
いや、それ無茶ぶり以外、何物でもないんですが? 弓か魔法で片方は倒せる。だが、もう片方を倒すのは難しい。少し離れているなら、まだなんとかなりそうだ。でも、二匹は近い距離にいる。それもそれぞれ違う方法で倒さないといけない。
こんなのハードモード以上の難易度だ。直訴しないと。
「あのぉ……もう少し易しくなりませんか?」
『ん、難しいか? 耳長族なら、これくらい朝飯前だと思うのだが。例え、人間族であろうと、譲歩はしない。これが出来ないというのであれば、今からでも遅くはない。引き返すことをオススメする』
くそっ! 引き返すなんて真似、出来るわけがないだろ。エミーリアと外道との結婚を阻止するために特訓までしたんだ。それに付き合ってくれた耳長族の人達だけでなく、エミーリアにも顔を合わすことが出来ない。今出来ることは、試練を全てクリアする事。それ以外にないのだから。
文句がないと言えば嘘になる。エミーリアが結婚に納得しないから。外道以上に優れた男が部族内にいないこと。
まあ、上げればキリはない。だけど、人のせいにしてはいけない。エミーリアが困っているんだ。それを解決出来るのは──。
「俺しかいないだろう……ああ、やってやろうじゃないか」
覚悟を決めろ。やるかやらないじゃない。やらなければならないんだ。
『ほう。目の色が変わったな。良いだろう、その実力。とくと拝見するとしよう』
責任は重大だ。俺の失敗で一人の少女の人生が狂ってしまう。緊張で頭が働かない……ダメだ。二匹を確実に仕留めないといけない。だが、どうやって?
弓なら矢を番える時間が。魔法なら詠唱の時間が。それぞれタイムロスとなり、逃げられる可能性が高い。
このロスを無くすにはどうすれば良いか……。
せめてもう1人俺がいれば、同時に魔法と弓で二匹の鹿を仕留められるのに……。
……同時に?
『何か突破法を思い付いたか?』
「……まあね。ちょっと賭けになるけど、二匹を仕留める方法は思い付いたよ」
まさに賭けだ。失敗すれば、二匹どころか、一匹すら仕留められずに終わることになる。
『ほう。それは見物だな』
まずは……。
「《氷よ、彼の者を貫く刃と化せ……アイスエッジ!》」
そうまずは、氷の刃を一匹の鹿の頭上高くに設置すること。
これにより、多少の時間は稼げる。設置した氷の刃は、下にいる鹿の心臓目掛けて落下する。
そしてその間に、弓に矢を番えなくてはならない。とはいえ、番えるだけでは、鹿を貫けない。狙いを定めなくては。
狙いは、氷の刃で定めた鹿とは別の近くにいる鹿だ。
時間はないとはいえ、焦りは禁物。なにしろ、二度目はないのだから。落ち着け、上手く行く。絶対に!
キュルル……。
鹿が辺りを見渡して、鳴きだした……マズい、警戒しているのか。いや、焦るな。こちらの姿は確認されていないはずだ。焦るな……。
キュルルル……。
鹿が警戒を解いて、下を向いた……今だ!
ヒュッ! キュウッ!
命中! 矢が狙った鹿の心臓を貫いた。倒れて動かなくなったから、死んだのだろう。
キュッ! キュウッ!
もう一匹も倒れた仲間に驚き、逃げようとしたが遅い。氷の刃が、逃げようとした鹿の心臓に突き刺さり、同じく倒れた。どうやら、ツキは俺に味方したようだ。
『ほう……』
試験官も驚いているようだ。
さて、二匹の鹿の様子を見に行こう。願わくば、死んでて欲しいが。
……ふむ。どうやら、息絶えているな。二匹とも。無事、仕留めることは出来た。鹿には申し訳ないが。にしても、死んでなかった場合のことを考えると、ぞっとしないな。肝が冷える思いだ。
『まさか、そんな方法があったとはな。見事としか言いようが無い』
「いや、これしか思い付かなかっただけだ。たいしたことは無い」
運任せな所もあったし。
『だが、試練の内容には抵触しない。問題なく、合格だ。次が最後の試練となる。分かっているとは思うが、剣の試練は今まで以上に厳しい試練だ。だが、今の君なら問題は無いだろう』
どうすれば、そういう考えに行き着くのか知りたい。とはいえ、早く終わらせたい。訊くのはやめておこう。
そう考えている内に、男は消え、シュティルが現れた。
もしかしたら、全ての試験官は彼女なのでは? と疑ってしまう。有り得ないとは、思うが。
「……?」
「いや、なんでもない。最後の試練がある場所へ連れて行ってくれ」
あれ? 初めて頷いたな。今までは黙って先へ行くだけだったのに……。いや、頷くだけでそれ以外は変わらない。
よく分からない子だな。
◆
どうやら、最後の試練の場所は遠いらしい。何故なら、今までと比べ、長い距離を歩かされているからだ。
出来るなら、最後の試練の前に休ませて欲しい所だ。ここまでずっと、試練を受け続けていたから、疲労で倒れそうなんだが。
「……着いた」
まあ、休ませてはくれないよね。ここが最後の試練がある場所か。大樹の幹がそびえ立つ所で最終試練。幹の根本には、男が座ってる。彼が最後の試験官という訳か。強そうな見た目だな。相手の実力は未知数だ。
『……来たか』
なんていうか……威圧感が凄いというか。背筋が凍る思いだ。勝てるだろうか?
『これが最後の試練だ。今まで立て続けで疲れただろう。これを飲んで、疲労を回復しろ』
なんか青色の液体が入った小瓶を渡されて飲めって……。疲労を回復させる薬か。しかし、大丈夫なのだろうか?
とはいえ、背に腹はかえられないし。ありがたく頂こう。
……うん、薬の味。おっと、身体の疲労が多少だが取れた感じがする。
『それは霊薬だ。体力を一時的に回復出来ただろう?』
そういうことか。正直助かった。立て続けで疲れてたし。まさか本当に疲労を回復する薬だったとは。
『準備は良いか?』
「ああ、大丈夫だ」
これは剣の試練。体力さえ、回復できればなんとかなるだろう。
『そうか。では、こちらから行かせて貰うぞ』
「──えっ!?」
──速っ! 受けるので精一杯だぞ。
『どうした、防戦一方だぞ。反撃はしないのか』
反撃出来るなら、とっくにしてるよ。そっちの攻撃が速すぎて反撃出来ないんだ。
『捌くので精一杯という所か? それが貴様の実力なのか!』
うるさいな……少しずつではあるが、慣れてきた。だが、まだ捌くので精一杯だよ。体力が回復できたおかげで、限界はまだ迎えそうにないけど。が、反撃のチャンスは必ず来る。その時まで待つんだ。
『ほう。少しずつではあるが余裕が出て来たようだな』
こいつ。攻撃しつつ、こちらの様子を窺っているのか? ということはまだ余力があるって事か。
『ほうほう、なかなかやるな。こちらの攻撃を捌きながら、反撃をする余裕が出て来たな』
こいつ、やっぱまだ本気じゃない。この男が、本気を出す前に倒すしかない。
『むっ! 攻撃の手が強まってきたな。こちらが本気を出す前に決着をつける。そういうことか。面白い、そう簡単にいくかな?』
「な……にっ!」
ぐっ! 反撃を喰らった。やっぱ、強いな……。
『むっ、もう終わりか?』
「……ふっ、まさか」
終われるわけないだろ。意地でも勝たないといけないんだから。
『それでこそ、今まで待った甲斐があったというモノだ!』
とはいえ、こちらはダメージを負っている。それもなかなかの。これから逆転するには、大ダメージを相手に与えるしかないが……。
『ダメージで、動きが鈍ってるようだな。そろそろ終わりとするか』
……来た!
『ほう、そんな状態でまだそこまでの余力が残っているとは。やるではないか』
「……はぁはぁ。お褒めに……預り、光栄だね」
褒められても素直に喜べないが、受け取っておく。全身が痛みで悲鳴を上げている中、早く決着をつける為の麻酔となる。
『そろそろ限界のようだな』
「さあ、どうかな?」
嘘だ。次の一撃で決めなければ、勝ちは望めない。
『強がりは良い。今度こそ、終わりだ!』
「負けるかぁ!」
『──かはっ!』
……上手く……カウンターが決まった。これで動けるなら、俺の負けになる。
『……なかなかやるではないか』
まだ動けるのか……。あれだけ上手くカウンターが決まったというのに。
『なかなかのカウンターだった』
「……はぁはぁ。運が良かったんだ。まあ、初めてじゃないし、もしかしたらカウンターを当てるのが得意なのかもな……」
とはいえ、もう限界かも。
『……いい一撃だった。良いだろう』
「……それは、合格と取っても良いのか?」
合格じゃないと、もう無理なんだけど。
『うむ。だが、もう少し腕を磨いた方が良いな』
耳が痛い話だ。身体中痛い中、耳まで痛くなるなんて、今度は何処が痛くなるのか。
『戯れ言を。だが、これで七つの試練は完了となる。これを受け取れ』
……なんだ? 金色のメダルのようなモノを渡されたけど。
『それは、七つの試練を完遂した証だ。それを族長へ見せれば、分かるはずだ』
「そうか、分かったよ」
早く帰りたい。全身が痛い。シュティルは何処だ?
「……集落へ帰る」
……いた。やっぱり先を行くのね。まあ、付いていこう。出来るだけ急いで。