耳長族-エルフ-の族長
家の中は質素で暖炉や食器棚、テーブルなど生活用品の他には何も無い。その屋内には、老人が一人。
「族長、ただいま戻りました」
「──っ!?」
エミーリアの言葉遣いが、急に変わった。そしてこの老人が、族長なのか!?
「ふむ……」
族長も頷いてる。この空気は居づらい……。
「エミーリアよ……」
「はい、なんでしょう?」
俺達に何をさせようとするんだエミーリア。面倒なやつは勘弁願いたい。お願いだから。
族長、怒ってるよ、絶対。
「その話し方は、やめてぇ」
……はい?
「……お断りします」
「エミィちゃん、どうしたの? おじいちゃんの事、嫌いになったの?」
えっ? えっ? えっ?
「……おじいちゃん、恥ずかしいからやめて」
「エミィちゃんが冷た……ゴホンゴホン! で、その者達は?」
えっと、つまり族長とエミーリアは祖父と孫の関係で。親バカならぬ孫ばかというやつか?
「里を出る前に交わした約束と言えば分かりますか?」
交わした約束?
「ほう。で、どっちなんじゃ?」
どっち? どういう意味だ?
「なるほどな。そういうことか」
ヴォーデが何かに気付いたようだけど、俺にも教えてくれれば良いのに。
「テメェの出番だよ、ほらっ」
「わっ!?」
痛てて……いきなり背中押すなんて酷いじゃないか。
「ほう。こやつが……」
なんか、品定めされてる感じがする。男にジロジロ見られるのはキツいな。
「お主、この世界の人間ではないじゃろ?」
「──っ!?」
「なんで、分かったんだ? という顔をしとるのう」
そんなに分かりやすい顔をしているのか。俺は。
「よりによって、異世界の人間を婿にしようとはのう」
はっ? 婿?
「別にダメって言われてないもん」
「ちょ、ちょっと待って」
思考が追い付いていない。なんだ、婿って。……ん? 誰かが、服の裾を……って、シャロン?
「サトルさん、帰りましょう。私達は忙しいんですから」
シャロンの言い分も分かるけど、このまま帰るにもエルフの案内が無いと……。
「魔術師の力は必要だぜ。ここはサトルが、がま─っ!」
「ヴォーデは黙ってようね?」
「は、はい……」
ヴォーデ、同情するよ。
「エミィちゃん、この男がホントに婿になる者?」
「そうだよ? ああ、あそこで騒いでる人間族? いつものことだから、放っておいていいから」
エミーリア、その言い方もどうかと思うけど。
「ふむぅ。では、お主の力量を試させて貰うぞ」
力量を試す? 一体、何をさせられるんだ?
「お主は冒険者なんじゃろ?」
「えっ? はぁ、まあ……」
なんでそんなことを?
「サトルはね、万能師っていう職業で剣使えるだけじゃなくて、魔法も使えるんだよ。凄いでしょー」
俺のことを褒めてくれるのは嬉しいが、君のおじいさんが俺を睨んでるから止めて。
「お主、勇者か?」
ゆうしゃ? RPGとかに出てくる主人公の職業のこと?
「ユウシャってなんだ? サトルは万能師だぜ」
「なるほど。人間族達には、そう呼ばれておるのか」
ん? 人間からは万能師と呼ばれ、エルフからは勇者と呼ばれている。これは、どういう事だ?
「それなら、丁度良い。お主がどれくらいの者かを試したくなった」
えっ? そんなこと言われても、大した人間じゃありませんよ、俺。
「まあ、難しいことではない。簡単なことじゃ。七つの試練に打ち勝てば、良いのだ」
……はい? 七つの試練に打ち勝て? どういう事だ?
「剣、槍、斧、短剣、弓、拳、魔法。七つの試練じゃ。全て打ち勝てば、強き者であることが証明出来る」
なんてこった……。そんなの嫌なんですけど。
「エミィちゃん、この男は辞退すると言っておるぞ」
「えっ!? 頑張って、サトル!」
何故俺なんだろう? っていうか、この試練に打ち勝った場合どうなるんだ?
「お主を、エミィちゃんの婿として認める」
……はい? 婿?
「お断りします。私達は忙しいので。サトルさん、帰りましょう」
「えっ? あっ、ああ……」
ちょっと頭の中がこんがらがってきた。ここはシャロンの言う通りに……。
「さ、サトル! 待って!?」
なんか、エミーリアが慌てているな。どうしたんだ?
「試練を受けない。というのじゃな。であれば、船着場まで里の者に案内させよう」
「おじいちゃん!?」
エミーリアの焦りようから見て受けないとヤバいことになりそうだな。
「なあ、試練を受けないとどうなるんだ?」
「……エミィちゃん。ここまで連れてきた理由を話しておらんのか?」
そういえば知らないな。
「ふむ……元々、エミィちゃんには里の男と結婚させるつもりであった。それを嫌がってのう」
そりゃあ、好きでもない男と無理矢理結婚させられそうになったら、嫌だよな。
「じゃから、課題を出した。一年以内に婿となる強い男を捜してくると」
なるほど……えっ?
「反対です! そんなのそちらの都合じゃないですか。そんなことにサトルさんを巻き込まないで下さい!」
シャロンがここまで怒るなんて珍しいな。
「別にいいじゃねぇか。エミーリアの力はオレ達のパーティーには必要だし、サトルの負担も減って良いことづくめじゃねぇか」
ヴォーデが珍しく、正論を言った。熱くなりやすいヴォーデと冷静なシャロン。今は正反対の状態だ。
「……ところで、その相手はどんな奴なんだ? エミーリアが嫌がるくらいだからな」
「全てとは言わんが、剣、弓、魔法を得意とする男じゃ。この里の男の中では、一番優れた男と里の者から認められておる」
そんなに凄い奴なら、エミーリアは何故嫌がるんだ?
「武勇に関しては優れている。じゃが、性格がのう……」
「あんな女を物のように扱う男なんてまっぴら!」
ああ、なるほどな。そういう類いか。
「ワシも出来れば、あのような粗暴な男に大切な孫娘を渡したくはない」
……これって、試練を受けないとマズいよな?
「このままだと、また魔術師を探さないといけねぇし。エミーリア以上の魔術師を探すなんて難しいぜ?」
……はぁ。分かったよ。受ければいいんだろ? ここで退いたら、良くないよな。
「受けるということでよいのか?」
「それしか道は無いんだろ? それなら、受けて立つよ」
面倒だけど。
「うむ、承知した」
「ただし、俺は剣以外はあまり使ってないし、魔法もあまり使えない。だから」
俺は安全な道を取る。
「だから?」
「一ヶ月で良い。特訓したい」
ある程度、武器を使いこなせれば、試練も楽になるかもしれない。
「良いじゃろう。里の者に師事するも良し、自力で頑張るも良し。お主に任せよう。じゃが、ひと月という期限を過ぎたら、お主には試練の場所へと向かって貰うが良いか?」
「ああ、それでいい」
もう少し期限を多めに取った方が良かったかな?
「では、ひと月後楽しみにしておるぞ」
はぁ、気が重いけどやるしか無いか。
こうして俺の一ヶ月間の特訓が始まった。