2-3 改変・二手目
なんとかゴールデンウイークウイークに後一話出せました。
簗は電車に揺られながら「うーん……うーん……」と唸っていた。
「どうしたのよ。牛みたいよ」
「……モー」
「ははは、いきなり下手になった。で、本当は何に悩んでるわけ?」
三ツ矢薫に両頬をうにーっと引っ張られながら、話すべきかどうかを少し考え、そして話すことにした。
「苗字しか知らない、顔も見たことがない。そんな人を探す方法ってあるかな?」
「ないでしょうね」
「即答って……聞いたのそっちなのに」
「いやだって、予想以上に無理難題に悩んでたんだもん。そんなの常人には無理、それこそ漫画の情報屋でも現れないか、もしくは親戚が偶々近くにいて自分から名乗り出てくれない限り100%不可能でしょう。まあ、そんなご都合主義な世界じゃないのが現実なんだよね~」
それが世界。分かっている。分かっているが、どうにかしたい。
ご都合主義でも何でもいい。後1つ……いや2つでも何かつながる情報があればなんとかなる可能性が上がるのに。
答えは出ないまま、学校の最寄り駅へ到着した。
改札を出て互いの高校へ続く分岐路まで行きながらも、私は考え続けた。
「一応聞いといてあげる。その苗字って?」
「伊吹。後老夫婦ってことだけはわかってる」
「ふーん……伊吹……——————やっぱ知らないや」
「そうだよねぇ……はあ」
ため息をこぼし項垂れる。そう簡単にはいかないよねぇ……。
分岐路に着き薫と別れ学校への道を歩く。
「どうしたものかな……」
考え事をしているとどうしても視界が狭まってしまう。……まあ、それを抜きにしても後ろは死角になってしまうのは普通だろう。
「おは、よッ!」
「にょわ!?」
背後からドン!と背中を押され驚きのあまり猫のような声が出て口を押える。
振り返ると、そこには「やり過ぎた?」と目で問いかけてくる青年の姿があった。
「せ、先輩!おはようございます!!」
「おう」
黒髪ツーブロックの少し肌の焼けたザ・運動部という雰囲気で高身長の先輩———宇津美祐也先輩であった。学校屈指のイケメンであり、私とは小学生時代からの付き合いである。あ、付き合いと言ってもまだ付き合っているわけではなく、たまに遊ぶ友達、と彼は思っているのだろうが、私は片思いの相手であるためにどうしても声の調子が上がる。
「めめめめずらしいですね!先輩がこの時間帯って。朝練は……?」
「今日は休み。グラウンドの水捌け工事が行われてて使えないんだ」
「あー……確かにうちのグラウンド、水捌け悪かったですもんね」
「でもこれで!雨の次の日でもちゃんと出来るぞー!そしたら全力で練習したらー!」
サッカー部のエースである先輩は、夏休み中に行われる最後の大会に向けて燃えている時期だ。その大会が終われば、すぐに受験勉強に入るから、私と遊べるのも夏休みの始め、どうしても野球部との兼ね合いで練習できなくなる日にちだけ。
だからこの時期に告白するのは受験の妨げになる可能性もあった。
けど……もう関係ないや。だって、伝えたって意味は無い。
「あ、そうそう。24日なんだけどさ」
「はい?」
「前に言ってた通り映画見に行こうな!」
「……はい」
先輩は楽しみにしてくれているのだろう。でも、もしかしたら———いや必ず、その約束は果たされない。その前にタイムリミットが来て、皆とはもう……。
どうやらその気持ちが滲み出てしまっていたのだろう。先輩が訝しむような表情を浮かべて通せんぼしてくる。
「ど、どうかしましたか?」
「なあ……なんかあった?」
「どど、どうしてそう思うんですか?」
先輩は目を細めたかと思ったら、いきなりニッと快活な笑みを浮かべて見せてきた。
「笑顔が暗かったからだよ。笑う時は全力で笑え!暗いのは、泣くときだけで十分!」
太陽のように笑う先輩の笑顔を見ていると、確かにその通りだと思ってしまう。それに今は暗い気持ちを抱えている場合でもないし。自然と口元が綻ぶ。
「何というか……ありがとうございます、先輩」
「ん?おお、何か知らんが元気出たんならよかった!」
うん。私、やっぱり先輩好きだなぁ……。でも一旦その気持ちはしまっておいて、先輩にもあのことを聞いてみよう。
「先輩、ちょっとお尋ねしたいんですが……」
「俺が答えられることならいいぞ!」
「いやー、そう言われると大変聞きづらいんですけど……。伊吹という苗字に心当たりはありませんか?老夫婦の」
「伊吹?ああ、それなら————」
だが、先輩の声は学校から聞こえてきた朝礼の予冷によって掻き消された。
「ってやべー!?話は昼休みか放課後にするから、今は急ぐぞ!!」
「あ、はい!?」
急ぐと言いつつも私と先輩では足の速さに大きな差があった為、すぐに置いて行かれることとなった。
昼休みに入ってから宇津美先輩と話そうと思っていたけど、サッカー部の集まりがあるということだったので放課後にすることにして、昼食をとった。
お昼は基本自分の学年の空いている教室か食堂で食べる。今日は教室で食べることにした。他の友人が食堂での食事が多いのか、今日はポツンと一人でお弁当を広げる。
「いただきます」
静かに両手を合わせて呟く。
と、突然ガラと音を発てて教室前方の扉が開き生徒が一人入ってきた。
「努武君?」
「あ、簗」
片手に弁当を包んだ風呂敷を持った努武は私の目の前の席へ腰かけた。
「一人か?」
「うん。あいや、今日だけだからね?いつもは人が居るはずなんだけど……」
「分かってるよ。お前の周りは友達が多いってことは」
風呂敷を開いた彼の弁当箱は淡い青色の一段式弁当箱で、中は肉類を中心にかなりボリューミーだった。
「いただきます」
私と同じように両手を合わせて言うと、パクパクと結構なスピードで食していく。
まあ、男の子なのだしこの体だ。これが普通なのだろう。いっぱい食べて強くなってる途中なんだなぁ、とババ臭いことを思ってしまう。
「あ、そうだ」
「ん?」
丁度いいし、今のうちに何か彼の為になることを叶えるために彼の望みを聞いておこう。
「努武君の夢って何?」
「えッ?」
お箸で掴んでいた卵焼きを弁当箱の中に落としてしまうほど驚くことだろうか?と首を傾げていると、ゲホンと咳払いした努武は視線を泳がせる。
「え、え?なんで急にそんなことを?」
「いやぁほら、努武君って体も大きいし力持ちだし、柔道で全国とか目指してるのかなって思って」
「どうだろう……。確かに柔道で行けるところまで行きたいって気持ちはあるけど、それが夢かって聞かれると少し違う気がする、かな」
「そうなんだ。じゃあ夢は?」
「…………」
相変わらず視線を泳がせたままだった努武は、空を仰ぎ、しかし瞼を閉じたまま黙する。その時間が数分続き、弁当を食べ進めながら待っていると、急にガタリと彼は立ち上がった。
「夢、一つだけ、あるんだ」
「ムグッ……ゴクン。で、その夢って?」
立ち上がった彼がそのまま私の隣へとやってきて、立ち止まった。顔をそちらへ向けると、見上げる形になりながら彼の顔を見る。すると、その表情が赤く染まっていることに気づく。それこそ、照れているかのように熟したトマトみたいに真っ赤に。
「俺の夢は————お前と家族になることだ!」
「ふぇえ……?」
今度は私がお箸ごと具を落としてしまう。体が硬直する。
彼は今、なんて言った……?私と家族ってそれってつまり————
「これはもしかして、私告白されてる?」
「告白兼プロポーズだ。高校卒業したら俺と、結婚して所帯を持ってほしい!」
「ちょ、ちょっと待って!?話が急すぎるって!?何時から私のこと好きだったの?」
「……中学の最後の方から。一目惚れだった」
実のところ、彼も同じ中学出身の同級生で同じクラスになったことはなかったが、同じところを受けたということで面識はあった。でも、そんな雰囲気おくびにも出してなかったのに……。
「全然気づかなかったよ」
「気づかれないようにするのに必死だった。お前が宇津美さんに片思いしていることを知ってたから」
「うえ!?知ってたの?」
「うちの学年じゃ結構有名だったぞ?」
「うっそォ……」
私だってかなり外聞を気にして隠してきたつもりだったのだけど……。あ、これ完全に遺伝子だ。あの二人の遺伝子だぁ。頭を抱え「ぬおー……」と悶えていると、努武は手を差し出してきた。
「それで……返事は……」
「あ……その、えっと……」
あわあわとするが、しかし先輩への気持ちを自覚した時同様に、現状の自分と未来を考えると落ち着きを取り戻した。答えは決まっている。しかしありのままに伝えたとしても彼には信じることが出来ないだろう。
だけど嘘はつきたくない。真摯に自分の気持ちを伝えてきてくれた彼に、嘘をつくのは無粋というもの。
だから————
「……ごめん、その気持ちには、応えられない」
「理由を聞いても?」
その問いに首肯する。
「理由は色々あるけど、一番大きのは私がまだ先輩のことを諦めてないってことだと思う」
「可能性は限りなく0に近いんだぞ?」
「でも0じゃないのなら、諦める理由にはならないよ」
そう、0にならない限り可能性は可能性として未来が存在する。その一割にも満たない道を掴もうとしてる自分が、そんなことで諦めていいはずがないのである。
「そうか……」
手を引っ込めた彼の顔を再度覗くと、その表情は振られた直後とは思えない優しい微笑が張り付いていた。
その予想外の表情に困惑する。え、まさか努武君ドM……?
「実をいうと、望み薄だろうなぁとは思ってたんだ。ごめんな、困らせちゃって」
「ううん。私が頼んだことだったんだから、気にしないで」
「それに実は、もう一人……気になるやつが居てさ。酷い男だよ俺は」
「え、誰々?私の知ってる人」
「いきなり食いつくな……」
苦笑いしながら席へ戻り額をポリポリと指先で掻きながら、またほんのりの顔を朱に染める努武。乙女か!と突っ込みたくなるが、実際にはそんなことを言わずに彼の口からその思い人の名が出てくるのを待つ。
「あいつだよ。お前と一緒に登校してる」
「一緒に登校……ってもしかしてみっちゃん!?」
「そうそう、三ツ矢薫。なんか、喋ったことないけど、良いなあって思っててさ」
「へぇ」
意外だったというか、完全に予想外。薫は私と小学校から一緒で中学も同じだったのだが、中学のクラスも私とずっと一緒。つまり努武君は同じクラスになったことはなかった。体育でも一緒になることはなかったし委員会も違った。だから本当に接点は0だと思っていたし、一番あり得ない選択肢だと思っていた。
これ……もしかして改変の弊害?
二人の接点に一つだけ覚えがある。それは私が事故にあったあの世界で私がリハビリ期間に入ってからの面会だ。たまたまお見舞いの日が被った日以降は一緒に来ることもあった。それ以外に考えられる接点は無いと思う。
しかしそれはあくまで私が事故にあった未来の話。事故にあう可能性が無くなったこの世界とは違うパラレルワールドの世界の話。
でももし、改変しようとした世界が元の道へ修正しようとして、元の世界の記憶が干渉してきているのなら、接点の覚えはなくとも惹かれる可能性はあるのかもしれない。天使やら神やらが居る世界なのだからあり得ないことではないだろう。
「じゃあ、好きってこと?」
「いやいやいや!?そこまで言うつもりはないよ!彼女にだって思い人の一人ぐらいいるだろうし」
「今みっちゃんフリーだよ?」
「う……まじか……」
揺らいでる……これはもしかしたら、二つ目の改編のチャンス!
「みっちゃんは良い子だよ?今は確かに誰とも付き合ってないけど、誰かに取られるのも時間の問題かもね~」
「確かー北高にもーイケメンが居た気がするなー」
「ぐふッ」
吐血するかのような声で噴き出す。これは効果抜群だったようだ。
どうかなぁ……と彼を窺うと、努武は「ムムム……」と唸っていた末に「よし!」と言って両頬を張った。
「今日、俺はあいつに告白してくる!」
「うん!それがいいと思う。……でもそうなると、一日に二人に告白したことになるね!もうこれは一つの武勇伝だよ!」
「ぬおおお!!それ言われると告るの嫌になってきたあぁぁぁぁあ!?」
「あっはは、冗談冗談。そういうことだったら、今日みっちゃんと一緒に帰る約束してて駅で待っててくれると思うから、その時に行ってきて」
「重ね重ね、すまん。そんでありがとう」
こうして二人が結ばれれば二人を幸せにするということになるだろう。もちろん、他の幸福が起こるようにもするけど、私が居なくなった時に互いが互いに支えられる存在であることは一生ものの宝物となる。
そうなることを願う。———いや、なるに違いない。
直感。あの時と同じ直感がそう言っているから。
世界の修復によって世界が重なりあう。
実像と虚像が重なり不確かなモノが実態に対して本来のモノを見せる。
そうして感じる郷愁は世界の姿に実像と虚像の境目を薄れさせていく。
実像を得た世界は、それが正道であると、自称を始める。
この章も残りわずかになりました。おそらく後三話程度で終わりですので、作者も頑張って近日中にはだしたいと思っています