2-2 改変・一手目
ゴールデンウイーク中最後の投稿になると思います。
意識が記憶の濁流に流されるように深くへと潜っていく。———いや昇っていく。
生まれた時から昇るように流れる全ての記憶には音声があり、私の忘れていた記憶さえもが私をあの時間へと導いていく。
それは清流のように、七夕の空に輝く天の川のように、静寂でありながら轟音。
冷たいようで、しかし温かいその流れの中で私は、微笑みを浮かべる。
「これが、未来の、可能性」
未来とは過去の選択によって選別された一本の道。その選択肢を全て思い出し、再選択する。それこそが可能性。新たな未来へと続く、もう一つの道。
「私が選ぶべき道は————」
————そして、一つの道へと手を伸ばす。
「あっ……」
混濁の中から意識が戻り目を開くと、視界には見慣れた天井があった。
両手を動かし周りの感触を確かめる。数秒でそこが、自室のベッドの中であることが分かる。
「日にちはっ———————」
ガバリと布団を跳ね除けてリビングにあるものと同じ壁掛け時計を見る。
その時計が指していた時間は
「——————2018年7月……12日!?」
夏休みに入る前日、つまり旅行へ行くことを明かされた7月22日の10日前だった。
「なんでこの日に……?」
未来を書き換える為に過去に戻ることは想像していた。けど戻れても、1日前2日前が妥当だと思っていた。何故1週間以上前に。
思考し、そして一つの仮説に辿り着く。
「もしかして……この日が未来に分岐する道が最も多い日?」
どんなに未来を変えられるとしても、それが一つの道への軌道修正だけでは絶対に望む全ての願いを叶えることは出来ない。多くの選択肢の中から自分の願うモノだけを取り出して繋ぐ。それこそが奇跡。
と、自身の仮説を整理していると、時計からポーンという音が響いた。
「あ、起きる時間」
この音は、1週間のうち5日間だけなるアラームである。登校するために必要な準備を行うのに十分な時間に起きるための音。
「……とりあえず、準備しよう」
未来を変えるにしても、どうやるのか手段が分からない以上、日常を崩すわけにはいかない。いつも通り、起きてまず制服へ着替える———つもりだったが、今日はなんとなく気が変わり制服へ着替えずに部屋を出た。
階段を下りていく途中、下の階から何か音が耳に届く。いや、違う。これは音ではなく声。
それも2つ。
その声に導かれるようにしてリビングの前まで行き、息を殺して耳を立てる。
「どうだ?取れそうか?」
「ええまあ、明日中に連絡すれば大丈夫だそうよ」
聞こえてきた声に思わず涙がこぼれそうになるがグッと堪える。声の主は父と母で間違いなく会話の内容は恐らく、旅行の話だろう。
「よかったぁ。夏休み前だからどこもかしこも埋まっちゃってて、ずらすべきかと思ったけど、その必要もないみたいだ」
「そうね。蔑兎の予定通りに行きそうでよかったわ。まさか蔑兎から提案されるとは思わなかったから驚いちゃった」
「ああ、そうだな。じゃあ簗には?」
「内密に、ね」
ここしかない。そう直感が告げている。最初の分岐点。今ここでもう一つの選択肢を掴まなければ、次に進めるどころか、この奇跡も終わってしまう。そう感じて、私は戸を開く。
「「っ!?」」
いきなりの登場に、二人はあからさまに驚き狼狽する。父は目を丸くし持っていた新聞を落とし、母は切っていた途中の何かをすかってまな板を叩いている。
「……おはよう」
わー、これで隠そうとしてるなら凄く下手くそだなぁと苦笑いしながら挨拶すると、二人とも顔中に汗を浮かべながら、いつも通りのにこやかな笑みで返してくる。
「お、おはよう簗!」
「珍しいわね、制服に着替えてこないなんて」
「うん、まあ、そういう日も良いかなって」
嘘はついていない。実際そういう日があってもいいと当時も思っていたし、今日それを行ったのも突拍子もないということはない———私にとっては。二人にとっては突拍子もない行動だったようだけど。
だが今はそこにあまり言及している暇はない。こちらから持ち出さない限り、2人からその話を振ることはないだろうから。
「あの!お父さん、お母さん!」
「ん?」
「…………私……聞こえちゃった。ごめんなさい」
「…………」
腰を折って頭を下げると、数分して父が動き出す気配が感じられた。正面から近づいてくる父にぶたれるかなと思って身構えていると、
「そうか、分かった」
そう言って私の頭をぎゅっと抱き締めてきた。
「え……怒らない、の?」
訊ねると、父は逆に不思議そうな顔をして首を傾げている。
「俺たちが不注意だったのが悪いのに、なんで簗を怒る必要がある?むしろ感謝したいぐらいだ」
父は一度私を離した。
「こういうことは、聞いてもどうしたって聞いてなかったふりをしちまうもんだ。けど、知っているサプライズを受けても反応は嘘っぽくなっちまって、仕掛けた方も興ざめしちまう。けど、お前は言ってくれた。だから、ありがとう。蔑兎を悲しませずにすむ」
「……うん」
今度は私の方から父に抱き着き頷く。久方ぶりの父の両腕に包まれ郷愁が胸を突きまた涙が溢れるが今度は一粒だけ流れる。でも今は止められないよぉ。そんな私の頭を大きく武骨な手で優しく撫でてくる。
しばしその腕の中でその温かさに浸かっているも、まだだと直感が告げており、その渓谷に対して目で頷く。
「で、何を謀ってたの?」
「実はな————」
父から7月22日に受けた説明と同じものを受ける。違っていたのはホテルが取れているかどうか。
一通りの説明を終えて父が「———でだ」と続ける。
「夏休みが始まってすぐの4日間、行けそうか?」
「えーっと……」
これが2つ目の選択であると察する。元々、あの日に旅行へ行ったからこそ事故にあい、2人は死ぬことになった。だからそれを回避すれば私の望みの一つ、両親の死の回避を達成される。
日にちをこの日にしたのは、両親の話の流れからしてホテルがその4日間しかとれなかったから。だが、今はまだとっていない状態。ここでその期間は無理だとはっきり言えば二人はまた別の期間で計画することだろう。
だがしかし……断る理由が思いつかない。
生憎と、私は部活にも所属しておらず練習や試合という名目は不可能。
夏休みに入る前ということで友人たちとも遊ぶ約束はまだしていない。
「えっと、えっと」
必死になって理由を探す。
何か、何かッ———————————
その時、ある約束を思い出す。今の今まで何故それを忘れてしまっていたのか分からないが、私にはこの時点ではまだ存在する約束があった。
顔を上げ叫ぶ。
「私!好きな人がいるの!!」
この言葉はかなり省かれた言葉で必要最低限の情報も入っていないただのカミングアウトだった。そんなものをいきなりされれば、愛を込めて育ててきた父親はぎょっとするのも道理というものだ。
「ど、どうしたいきなり?」
「ああえっと実は私……前々からいいなぁって思ってる先輩がいて、その先輩と遊ぶ約束してるんだよ。それが丁度夏休みに入ってすぐの2日間だから……」
どうだ……?と両親の様子を窺う。父は母と顔を見合わせ肩を竦ませた。
「なるほど。つまり、アタックするチャンスってことだな?」
「うん」
「そうか……————だったらちゃんと遊びに行かないとな」
「!?」
私の頭をわしゃりと掴んで撫でてくる。さっきの優しい撫で方ではなく、少し強めにわしゃわしゃという撫で方で。
「親としちゃ心配だが……何時かは通る道だ。一目惚れしたなら、チャンスを掴む機会があるなら掴まんと損だろ?」
「……ッ、ありがとう」
「まあ家族旅行なんていつでも行けるしね」
いつでも……か。そうだよね。生きていれば何時だって何処だって行ける。そうして幸せを積み重ねていける。だから———生かさなければならない。私以外を。
その後は遅くに起きてきた蔑兎と両親と朝食を済ませ、私は自室へ戻り登校の準備をする。制服に着替え鞄に教材など諸々の必要物を詰めている途中、ふと思う。
「私は家族の命を救うことを願って戻った。……けど、あの老夫婦は?」
あの時に死んでしまう命は四つ。内二つの命は既に救われる未来が確定している。
でもまだ失われる命が二つもある。突っ込んできた対向車の老夫婦である。
出来ることならば救える可能性があるものは全て救いたいと考える簗だが、しかしこれに関しては手段が無いも同然。
まずもって、その老夫婦に関する情報が少ない。分かっているのはその老夫婦の苗字が『伊吹』ということだけ。私を治療してくれた医師がそう言っていたことを記憶の片隅に覚えている。
だが———それだけだ。苗字が分かったところで同じような苗字は多くいるだろう。
そんな中から目標の二人だけを見つける。海の中からある一種類の魚を見つけてくるようなものだ。
「それこそ、奇跡が起きない限り、不可能————」
「姉ちゃん!遅刻するよー!!」
階段の下からそう呼ぶ声が響く。ハッと我に返り時計を見ると、思考に耽っている間に長身が45分を示している。15分に自室へ戻ってから30分もの時間が経過したことになる。
「やっばッ!?」
そして、あと3分もすれば遅刻は確定する。
世界は優しくない。
世界は生き物だ。
命があるものに、必ず自己免疫は存在する。
自身の体を壊そうとするものを、排除するために対抗処置をとり、そして修復する。
修復力は排除の2倍の力を持ち、どんな矛盾も正しくする。
だから、望む未来を世界の正しい姿にする為には、最大の矛盾を排除させ最小の矛盾に視線を向けさせないようにしなければならない。
では————この世界にとっての最大の矛盾とは?
今回は後書きはありません。