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人生屋  作者: 城戸 慎太郎
ヒヤシンス
4/21

1-3 傷

遅くなりました。……毎回言っている気がしなくもない。

二個目の回想です。


……おそらく後二個程は回想が続くと思います。


後ところどころ直しているので、前回から読んでいただければ幸いです。



 2018年8月22日 正午。

 遠くから聞こえるサイレンによって彼女の意識は微睡から浮上した。

「んん……」

 両の瞼が重い……石でも乗っているかのようだ。それでもどうにか持ち上げると―――そこには真っ白な天井とカーテン、そして物々しい機械に点滴というあからさまな個室だった。

「此処……って…………」

 上体を起こそうと腕を動かした瞬間、全身にズキン‼と痛みが駆け抜ける。

「うぐっ……!?」

 体を動かすことを諦め元の位置へと戻すと、眼球運動だけで視線を回し辺りの様子を窺う。消毒液の匂いのするその空間にはやはり物々しい機械ばかりで、他に変わった物は無い。少し頭上に視線を移すと、そこに一つのスイッチが吊り下げられていることに気づく。

「あ、もしかして……———よっと」

なんとか腕だけ動かしそのボタンを握り押し込む。

すると、室内にピリリリ、という小さな音が鳴る。少しして、扉があると思しきお方から「ドドドドドッ」という地鳴りにも似た足音が聞こえてくる。

その音は徐々に大きくなってきて、私のいるこの部屋の前で止まった。

勢いよく開けられた扉の風によってカーテンの裾が浮き上がり、その一瞬後に足元の方のカーテンが左右に開けられた。

荒く肩を上下させながら息をつく看護婦がそこに立っていた。

「よかった……ハア、ハア……目覚めたん……ですね‼」

看護婦の表情は感動と安堵と色々な色をたたえて遂には涙まで流し始めた。

私は困惑するも、体が動かせないので顔を引きつらせて苦笑いを浮かべるぐらいしかできなかった。


「……うん。脈も正常だ。ちゃんと意識が戻って良かった」

「ありがとうございます、先生」

 ベッドの横に丸椅子に座る医師に向けて横になったまま会釈する。

看護婦が来てからすぐ後に私の主治医を担当しているという医師が来て、容体のチェックを始めた。

 最後のチェックが終わり、看護婦と同じく安堵する。

 さっきからこの人たち、あまりに反応が過剰過ぎないだろうか?

「意識が戻ってすぐだからまだ体を自由に動かせないだろうけど、絶対に無理は禁物だからね?入院は後一ヵ月ぐらいはしてもらうつもりだから、長らく学校に行けないけど我慢してほしい」

「————……長らく?」

 私が首を傾げると、「しまった!?」という表情で医師が看護婦と顔を見合わせる。

「あの!今はいった何月何日なんですか!?」

「…………」

 顔中に汗を浮かべ難しい顔で黙ってしまう医師の先生の手を握る。

 睨みつけるような視線を先生から看護婦に移すも、看護婦の女性もどこか違う方へ視線をわざと外している。

 もう一度先生へ視線を戻し、手を握る力を強める。

 先生は逡巡の末に私の手をそっとベッドの上に戻しながら私の双眸をしっかりと見据えてきた。

「……これから伝えることは全て事実です。必ず貴方は絶望してしまうかもしれません。それでも聞きますか?」

 ゴクリと生唾を飲み込む。真剣な表情の先生の語る私の知らない私の事実に。鼓動は自然と加速し、体が熱くなる。あの時は違う理由で顔が火照る。

 それでも———聞かなければ。

 知って後悔するよりも知らないで後悔する方が辛いということが私の信条だから。

「———お願いします」

 先生はこくと頷き、口を開く。

「今日は———8月22日。君が意識を失うことになった事故から1ヵ月が経っている」

「事故?事故ってなんのことですか?」

「やはりあの時のショックで記憶が……いや、分かった。そこから説明しよう」


 ——————時は戻り6月23日。

 福岡熊本間を繋ぐ高速道路。昼頃からでき始めた渋滞の中でその事故は発生した。

 渋滞は主に福岡から熊本へ下る方で出来ており、そのせいで一部で車の密集地帯が出来ていた。

 そして昼過ぎの1時10分。

 対向車線を走っていた2トントラックと逆走してきた普通自動車が衝突仕掛け普通車がハンドルを逆車線側へ思い切り切った。

 結果的にすれすれの部分をトラックにぶつけ車体が斜めに上がり、植え込みをジャンプ台にして回転が掛かりながら飛び上がった。

 渋滞の影響で滞っていた車の頭上を飛び、そして運悪く私たち家族が乗った車にその車が落ちてきた。

 普通車に押しつぶされたのは運転席と助手席部分。

 エンジンも当然つぶされ、さらに相互の金属部分が擦れた影響で火花が発生し車体は炎上した。

 ただ一つ運が良かったのは、近くに別件から帰るところだった消防隊が迅速に救助活動を行ったおかげで二人の子供が助かったこと。


「普通車に乗っていたのは78歳の老夫婦だったそうだ。運転していた旦那さんの方に認知症の症状は見られなかったが、どうしてもこの年齢をみるからに―—————」

「…………」

 先生の話声は、すでに思考の遥か遠くへ行ってしまいまったく届かなくなっていた。

 この話の流れでは……お父さんもお母さんも……子供は二人助かったと言っていたが……私のこの状態を考えると……相手の普通車の運転手さんは?……助かったの……それとも——————————————————————————。

「————ん—————ちゃん————簗ちゃん!!」

「ッ!?」

 肩を揺らされハッと我に返る。

「真っ青じゃないか。やはりこの話はもう……」

 しかし私は首を左右にフルフルとふる。

「いえ、大丈夫です……続けてください」

「……今までの話で分かっていると思うけど助かったのは君と弟君の二人だけだ。他の方々、対向車に乗っていた老夫婦と……君たちのご両親も助からなかった」

「そう……ですか……」

 もちろん話の流れから分かっていた。最悪の結果なのだろうが、私の心は最初の動揺以上に乱れることはなかった。

 代わりに気になることが一つ出てきた。

「あの、今弟はどこに居るのでしょうか?」

 弟の所在。両親がともに亡くなったということは自宅にいるとは考えにくい。15歳はまだ子どもの範疇なのだ。一人で生活の全てをこなせるとは到底思えない。特に蔑兎は、家事全般は不得手で、私が代わりにやらなければならない程だった。私が眠っていた一ヶ月間誰かが面倒を見てくれたのだろうか?親戚の誰かかな?

「ああ、彼なら―――――――」

 と、先生が言いかけたところで三度扉が勢い良く開け放たれた。

「姉さん!!」

 息を切らしながら真っ赤な顔に大粒の汗を浮かべながら叫んで入ってきたのは、当然弟の蔑兎だった。

「蔑……兎…………」

 傷一つない健康そのものの弟の顔を見た刹那、事故当時のことが一部だけフラッシュバックする。自身の腕に抱える中で意識を失っていたあの姿が。自分が守ることが出来たその命に、最愛の家族の最後の一人がそこにただ元気にいてくれたことに、私の頬を自然と涙が流れる。

 蔑兎も同じく目元を赤くし涙の粒をためながら駆け寄ってきて、ぎゅっと私を抱きしめた。私もその背に両腕を伸ばし抱擁する。

「よかった……よかったぁぁ……」

「ごめんね……心配したよね……ありがとう」

 二人の声はどちらも震えており、上ずっていた。

 

 二人の抱擁は数分間続いた。

 誰一人としてそれに対して水を差せる者―――と言っても先生と看護婦しかいないが―――などいなかった。

ただ、蔑兎の後にもう一人部屋へ入ってきたならば、止めざるを得ないだろう。

「は、早いよ蔑兎く~ん……!?」

 だぷん、だぷん、という効果音に似合う走り方と福与かな体型を揺らしながら、眼鏡で茶髪な長身の男性が入ってきた。

「おお良かった!目が覚めたんだね」

 その男性はタオルハンカチで額の汗を拭きながら人懐っこく、それでいて本当に嬉しそうな笑みを浮かべた。

 私はこの時点で自身の疑問の答えが出されたことに気づいていた。

「そっか、叔父さんが蔑兎を預かってくれてたんですね。ありがとうございました」

「いやいや、君たちの状況の方が大変だったし。僕は兄さんの為に出来ることをしただけだよ。それに独身だしね」

 ははは、と自嘲気味に笑い頬を掻く。

 叔父―――父の5歳下の弟である眞壁敏則(としのり)さんは博多でレストランを営む料理人で自分で言っていた通り独身男性。私達家族も何度かそのレストランに食事へ行ったりして面識があった。

 私たちに対してはちょっと年上のお兄さんのように接してくれて、とても優しい印象だった。

 安心して信用できる人が蔑兎を預かってくれていることにほっと胸をなでおろす。

 先生が立ち上がり、敏則さんに椅子を進める。

 看護婦さんが新たに持ってきた丸椅子をベッドの左側へ置き、蔑兎と敏則さんはそちらへ、先生が右側へ座った。

「さて、ご家族が揃ったのでこれからのお話をしましょう」

 全員の視線が先生へと向けられる。一拍置いて続ける。

「簗さんの肉体は事故当時、突撃した車両の鉄金具が腹部に刺さり内臓器官がぐちゃぐちゃの状態でしたが、幸いに臓器移植の提供者が即日現れた為損傷した臓器はすでに安定しています。また拒絶反応もございません」

 そうだったんだ……と自身の腹部に触れると、確かに何か少しだけ歪な感触があった。

「加えて両足も車体によって潰され粉砕骨折となっています。貴方が眠っていた一ヶ月間で骨の修復は六割出来ていますが、まだ入院が必要です」

「どれぐらいの期間ですか?」

「そうですね……あと一ヵ月といったところでしょう」

「むぅ……」

 その場合入院費がさらに嵩んでしまう。蔑兎を預かってもらうばかりか、入院費も彼に負担してもらうこととなれば敏則さんの負担が大きくなり過ぎてしまう。そのことを懸念しながら彼へ視線を送ると、ドンと自身の胸をこぶしで叩き張った。

「大丈夫!これぐらいどうってことないよ!」

「でも……」

「まあもし、本当に気になるって言うんだったら、大人になってからゆっくり返してくれればいいよ」

「……重ね重ね、ありがとうございます。必ず返します」

 深々と彼に頭を下げる。彼はやはり優しそうな表情で首を左右に振る。

「では手続きをしますので、敏則さん。こちらへ」

「はい」

 敏則さんは立ち上がり先生とともに部屋を後にする。―――が、直後にひょこっと敏則さんが顔だけ出してきた。

「後で迎えに来るから」

 とだけ言い残し、また部屋の外へと消えていった。

 残った私達は互いに互いを気遣った結果無言の間を何分か作った後、どれだけ心配したのかという比べ話になった。そこからは止めどなく話した。

 薫ちゃんが心配して面会したがっていたこと。

 学校でも噂になり気を使われ過ぎてうんざりしていたこと。

 そして―――両親を失ったことで分かった事。

 二人の大切さ。二人の大変さ。二人の――――愛。

「……会いたいな」

「今だったら、もっと素直にお礼言えるかも」

「だね。――――……でも、もう会えない」

「うん……」

 実際に言葉にすることで、それが実感として体を蝕む。

 損失感やよく言われる「胸にぽっかりと穴が開いてしまったような感じ」とは、まさに今、こんな感じなんだろうと考える。

 すると、また自然と瞳の下が熱くなり、一筋の道を作った。

「会いたい……よぉ……ッ」

「……うん」

 蔑兎に抱きしめられその胸の中で嗚咽を洩らす。

 静かに、ただ静かに、弟は私の涙を受け止めてくれた。日暮れは赤みを帯び、私たちを真っ赤に染めていたことを、今でも思い出せる。

 



眞壁敏則まかべとしのり

33歳男性で所謂デブだけどかなり優しい性格イケメンです。

個人的にこの回では最も好きなキャラです。



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