1-2 一筋の光明
また一週間ほど遅くなりまして申し訳ございません。
店内へ響く金物を落とした時の音。
マグリスの心中は思い切り氷水を掛けられたような、心臓が止まりかねない衝撃を受けてフリーズしていた。
「な……何言ってんだよ……現に今、僕は此処に……」
「立っています。しかしそれは、この店があの世とこの世の境目だからです」
「ふざけるな!?そんな虚言を誰が信じる—————か……?」
店内を駆けて扉を引き開け外へ出ようとして、その歩みを本能が止めた。
そこはついさっき歩いてきた樹海———ではなく、深い深淵であった。上下左右の区別もなく、あるのはただただ地獄もありなんという程の常闇。落ちれば底へ着くさえ分からない恐怖に、身が竦んだのだ。
「何故ッ!?……森は……ドルングは何処へ行ったんだ!?」
「今はパスを繋いでないからないだけです。その扉は何処へでも繋がる万開の扉。神の遊戯の犠牲者が出れば自然とつながる、一方通行の扉」
「つまり戻れないのよ、あの世界へわね。んんー♡」
切迫した状況に顔面を青くし膝を震わせる僕に対し、レモンプラッシュを頬張って黄色い唸り声を上げるフェイに殺意を覚えつつ、真剣に話を聞いて説明してくれているシロガネさんに向き合い問いを続ける。
「じゃあ僕は、このまま消えてしまう……ということでしょうか……?」
「はい。貴方の存在は今、世界にとってイレギュラーとなっています。故に元の惑星へ戻ろうとも、数分と経たずに消えるでしょう」
自分の中の精神が凍り付き砕けるような感覚に襲われ、震えていた足が限界に達する。
その場に膝から崩れかけ、しかし傍にあった垣根から二本の枝が伸びてきて両腕のようにマグリスの体を抱え支えてきた。背後では自動的に動いた扉が閉まり、体を支えていた枝が体を持ち上げ元の席へと戻される。
それがフェイの魔法であったことは後から知った。
「クリームが死んでしまいましたね。注ぎなおしますのでそちらをお食べになっていてください」
「…………はい」
全くもってそんな気分ではなかったが、放心状態に近い状態であったマグリスは、無意識にフォークを握りケーキを一口大にして口に運んでいた。
フォークで切った時に感じたフワリとサクッとした感触は口の中に入った刹那、サーっと雪のように溶けていった。口の中に広がる甘みと酸味が得も言われぬ至高の幸福感を体の奥底へポツンと垂らしてきた。
思わず目の前のケーキを凝視する。
これは本当に自分の知るような甘味と同じ次元の食べ物なのか?
「驚かれましたか?」
カチャリ、と最小限の音を経て斜め前に置いたシロガネさんが得意げな顔でそう訊ねてきた。
「はい、僕の生まれ故郷ではあまり果物が育ちませんでしたから、こんな甘味は初めてです」
「ならばこちらもどうぞ」
そう言って出されたのは、オレンジ色のジェルが入ったワイングラスのようなカップに入ったモノ。おそらく“ゼリー”と呼ばれるモノだ。
しかし———
「こんな高級品払えませんよ!?」
そう、ゼリーとは僕の国では高級品の扱いになっているのだ。
先に言った通り、僕の生まれ故郷マトラクスは海と鉱山によって形成されている。その比率は5:5であるが、鉱山ではまともな植物はそう育たない。なのでマトラクスでは人工畑島などを作り栽培を行っている。しかしそれにも限度があり、中でも果物は一年の生産量が約0.5トン。民間人に配れる分など無い。
なのでこれは、そんな惑星で生まれ育った僕の自然な反射だった。
「元々一銭も持っていないじゃないですか」
「…………」
言われてみればそうだった。
惑星の命運を分ける一大決戦に金を持っていくバカがどこにいるって話だ。
ただそうなるとレモンプラッシュの代金も払えないことになり、僕は食い逃げということになる
「ご安心ください。ここは彼女が持ってくれますから」
そう言ってシロガネさんはフェイを指し示す。フェイも「そうだよ~だから遠慮なく食べな~」とモヒモヒと口を動かしながら、いつの間にか追加注文していたパフェを頬張っている。……本当に良く食べるなぁこの人。いやこのドルイド。
「そういうことなら……いただきます」
最後の晩餐。これも最後の良い思い出ってね。
死の間際に味わえるのがこんな高級品なんて、なんと運がいいんだろうと少し自嘲を含んだ微笑みを浮かべながら一緒に出されたスプーンで一匙掬い上げる。
張りがありながらも軽い絹のように容易く揺れるその食べ物は、僕の唾液腺を刺激するには十分過ぎる。
多少の躊躇いが残っていたが意を決してパクリと一口食べる。
瞬間、広がる色とりどりの味。果物そのものが使われていると言っても過言ではないその固形はとどまることなくするりと喉元を越え胃を満たす。
幻想空間のような高原が、このゼリーに使われている果実が生まれ育った場所が見えた気がした。
「美味しすぎる」
その一言に尽きる。
何も着飾る必要のない、最短でありながら最大限の敬意を表す言葉。
「80%果汁のゼリーです。マトラクスでは60%が限界のようでしたから、貴方の故郷では誰も知らない味です」
「んぐ、んぐ———ゴクン。ご馳走様でした、とても美味しかったです。これで後悔はありません」
「それは嘘でしょう」
「え?」
シロガネさんの言葉は探っているようでも当てずっぽうでも無く、確信をもっての言葉だった。
何故そう思うのだろうか?僕は確かにもう未練は無いのに。
しかし、確かにシロガネさんはマグリスの心を見透かしていた。
「後悔が無いのではなく、後悔することを諦めたのでしょう(・・・・・・・・・・・・・・・)?」
「うっ……」
ずきりと砕けたはずの心が痛む。
「私の出した料理は確かに、貴方の心を満足させることが出来たのでしょう。しかしそれは一時の幸福感であり、すべての悔いを払しょくするに至るほどのモノではなかったはずです」
「もう……いいんだ」
「自分の心から目を逸らすことは自らの人生を忘却する行為です。それは自らを貶める行為です。そのようなことを———」
「もういいと言っているだろ‼」
遂に感情が爆発し叫び声をあげながらカウンターを殴りつけた。
「ああそうだよ!後悔ばかりだ!僕が居なくなったことで2惑星間の拮抗していた戦力バランスは一気に崩れたんだ‼戦況はマトラクス不利で進行していきマトラクスの街は、家族は……ッ⁉」
あふれ出す涙。
同時に脳裏にフラッシュバックする家族、友、艦長たちの顔。その者たちと築いた思い出はある時を境に消えている。しかしそれ以前のことだけで十分な良い思い出。
それを作ってくれた人たちが蹂躙され凌辱されると考えた時、自分の死に後悔が無いわけがない。
自分さえいれば、自分さえ生きていれば、それだけで多くの命が救える、一秒でも長く生きられる。
「でも、消えちまうんだろ?死んじまったんだろ?だったらもう……諦めるしかないだろ⁉それともアンタは生き返らせることが出来るとでも言うのか⁉」
「ええ、出来ます」
「ほら見ろ!生き返らせるなんて—————出来るのか⁉」
思わず立ち上がりながら問うと、シロガネさんははっきりと首を縦に振った。
深淵に射す一筋の光明。それはまさしく、神から啓示を受けた聖教者のような心持だろう。
「どどうすればいいんですか⁉生き返られるというのなら僕はなんでもします‼」
「生き返るとは少し違うのだけれど、何もする必要はありません。今の確認で臨月ですから」
「臨月……ってことは条件があってそれが今揃ったという……?」
「さすがに察しがよろしい。では、改めまして名乗らせていただきます」
何故今更?とも思うが、黙して右手を胸の前に、左手を後ろで休めの状態で一礼するシロガネを凝視した。
「私はシロガネ。虚無の時空に存在する喫茶店“人生屋”の店長をしております」
●〇●
カウンターの背後の壁にあった扉に気づいていたが、不思議なほど気にしていなかった。
そこは所謂書斎と呼ばれるような正方形の部屋。扉から向かって両側には背の高い本棚が壁に嵌め込まれており、隙間が一切ない。そして正面には、何やら大きな石像がある。
その部屋の中心に一組の机と椅子がある。二つの椅子は互いに向き合うように置かれており、そこへ促されるままに座る。
「それでは始めますが、何か質問はありますか?」
いつも通り人生屋の説明は事前に行い、了承を得ている。
説明中も彼は真剣に聞き疑問を持っているようには見えなかった———が、予想に反し彼は手を小さく上げた。
「一つだけ」
「何でしょう?」
「———なんでそいつ居るんですか?」
彼が指さしたのは、私たちの中間で机に両腕をたて顎を両手で支える体勢でニマニマしている少女、フェイである。
フェイもマグリスが入ってくる時に一緒に入れた。入ってきた、ではなく、入れた。
「過去に干渉するには大きな力が必要ですが、私自身にはその力がありません。なので彼女には助力していただきます。ああ、でも気にしないでください。そこにいるだけの魔力装置だと思ってください」
「酷っ!?」
「さあさあ始めましょう。時間がありませんから」
フェイに目配せし空中にあった緑色の光球から本の白紙部分へ魔方陣が転写される。
「お手を」
彼の手を取り魔方陣の上で重ね私は目を閉じる。
「“自然が司りしは誕生と侵略。この者、理より外れ輪廻に戻りし者。いざ計らん、この者の可能性”」
手の甲に魔方陣が転写され、マグリスを背後の石像前まで移動させる。
そうして転写された魔方陣を丸いくぼみにくっつけさせる。そしていつも通り仰々しい音とエフェクトを発生させながら石像が動き出し、てっぺんの女神の瞳から一滴の涙が零れ落ちてきた。
それを両手で受け止めさせた彼の手に次の瞬間、両手から溢れそうな大きさの革袋が出現する。
「これが対価ですか?」
「はい。拝借しても?」
「あ、はい。どうぞ」
彼から受け取った袋に入っていたのは金貨80枚と銀貨120枚、そして二輪の花だった。
なるほどこれは……彼にはあの素質がある、ということでしょうね。つまり彼の言葉は自惚れではなく、無自覚にその意識を形成していたということでしょう。
「……何か?」
「ああいえ!なんでもございません。十分過ぎる額に少し驚いていただけです」
どうやら私の表情が緩んでいたようだ。一つ咳払いし机上に出した全ての硬貨を指さす。
「これは貴女の持ち金です。運用に関してはお任せになるので、貴方の願いを確認します」
「僕の、願いは—————」
今回で一区切りになります。
次話からは過去へ戻りやり直してく章へ入ります。
今の時点で今回の話は長くなりそうで今からちょっと恐怖を感じています。
(最後まで書けるかなぁ……(-_-;))




