第8話
思い悩んでいるうちに、日曜日が来てしまった。
「行き先は決めたのか?」
初めて見る私服姿の宗隆は、スーツ姿でいるよりもいくらか若々しく見えた。
Vネックのセーターはあたたかなクリーム色で、襟元が大きく開いており鎖骨が露になっている。髪はやはりがっちりと固めてあり、柾は少しがっかりした。
「それなんだけど…せっかく貴重な休みの日なのにあたしの行きたい所に行くのもどうなの?」
「どういう意味だ?」
「…アンタはどこか行きたい所はないの?やりたいことでも、見たいものでもいいけど」
誘いを受けた日から、ずっと考えていた事だ。多忙な中で得られた大事な時間なのだから、宗隆がしたい事をするべきではないだろうか。
本当なら何もせず休息をとってもらいたい所だが、それでは宗隆は納得しないだろう。
「ないこともないが…」
「じゃ、そこにしない?アンタが行きたい所にあたしも行ってみたい」
「…構わないが、女の子が行って楽しいような場所ではないぞ?」
「いいって。楽しめるかどうかなんて、行ってみないとわからないじゃない」
「君は…」
「何よ?」
「いや、何でもない…」
宗隆が柾を伴ったのは、駅前にある古いビルだった。薄暗い階段を登っていくと、洒落た看板が出ている。
「…カフェ?」
「普段はな」
「…どゆこと?今日は違うの?」
問いかけた柾に、宗隆は意味ありげに笑って見せた。
「…いい匂い!」
硝子張りの扉を開けたら、出汁の香りがふんわりと漂ってくる。
「いらっしゃいませ」
優しい香りと同じくらい、柔らかな男の声がふたりを出迎えた。
濃い紺色のエプロン姿の青年が、カウンターの中で微笑んでいる。
カウンター席の他には、テーブルが幾つか置いてあるだけの小さな店だった。客席は半分ほど埋まっている。
その客たちが皆、ズルズルとすすっているものがいい匂いの正体だった。
エプロン姿の青年は、宗隆の姿を認めると驚いたように、目を見開く。
「宗隆!来てくれたんだ?」