第7話
宣言していた通りに、宗隆は柾を学校まで送迎し、夜遅くまで働く事を繰り返していた。
バスを使う事も出来ると、主張してはみたのだが却下されたのだ。それでも、その送迎に費やされる時間分、宗隆の業務が滞っているの事は疑いようもなく、柾は心苦しいばかりである。
…そうまでして何故、宗隆は柾をこの家に招いたのだろう。
ベッドの上に転がって、柾はキャンディの包みを開けた。
祖母の気に入りのそのキャンディは、個包装に花の絵柄とその花言葉が描かれている。
「…ストロベリー・キャンドル」
柾は何気なくパッケージに描かれた花の名前を読み上げた。
ベッドサイドに飾られていたアマドコロは萎れてしまって、今は新しく濃いピンク色の花が飾られている。
紅花詰草。
その名の通りクローバーの仲間で、一般的な花屋に置いてあるような品種ではない。
飴玉を口に入れて転がしながら、柾はパッケージに描かれた花と、ベッドサイドの花を見比べた。
同じ、花だ。
偶然?
…そんなはずはない。
田舎の花屋の店頭でたまたま選べるような花ではないのだ。
「ねぇ、まさか…?」
柾の口から、掠れた声が漏れた。
指がパッケージに書かれた小さな文字をなぞる。
『私を思い出して』
「まさか、だよね…」
不意に、部屋のドアが控え目に叩かれた。
「はい!?」
応える声は、驚いたせいで妙に高くなってしまう。琴枝の叩き方ではなかった。
手にしていた空の包みを慌ててポケットに突っ込んで、柾はドアを開けるために起き上がる。
宗隆は、許しがあったとしても決して自分からはドアを開けない。
琴枝の教育の成果なのだそうである。
「…おかえりなさい。今日は早かったんだね」
ドアの外に立っていたのは、やはりスーツ姿の宗隆だった。
ひとつ屋根の下に暮らしていながら、柾は宗隆のスーツ以外の服装を見たことがない。
「…次の日曜、完全オフになるよう都合をつけた」
…そういえば髪も、がっちり固めてある所しか見たことがないのだ。
目の前の男に記憶の中のむく犬の面影を探して、柾は宗隆の顔を見つめた。
「行きたい場所を考えておきなさい」
「…へ?」
おかげで宗隆が何を言ったのか、まるで聞いていなかった。
「理解できなかったのか?…デートに誘ったつもりだったのだが」
「デ…っ!?」
「…そんなに驚く事か?」
「そりゃ驚くでしょ…突然過ぎ」
「突然という訳でもないのだがな。…嫌なら無理にとは言わないが?」
横柄な態度のわりに、その目の奥には不安が揺れているように見えて、思わず柾は宗隆の袖を引いてしまった。
「嫌だなんて言ってないでしょ…!?」
途端に宗隆の面が柔らかく緩んだ。いつものしかめっ面しい顔の消え去った、自然な笑み。
「では、行き先を考えておいてくれ。君の行きたい場所に行こう」
素っ気なくそれだけを言って、宗隆は去っていった。
残された柾は、一人両手で頬を押さえてうずくまる。
待って。
ほっぺた熱くなってるとか、気のせいだよね?