第6話
…そしてまた、柾は宗隆の車の助手席にシートベルトではりつけにされている。
教材等、必要な品を自宅アパートに取りに戻るのだ。
その帰りにどこか寄り道をしようという話になり、柾は行き先を考えている。
どこか行きたい場所はあるか、と訊ねられたのだが、正直なところどんな楽しい場所に連れていかれたとしても、柾にそれを楽しむ余裕があるとは思われない。
「…アンタ、仕事は何してる人なの?随分忙しそうだよね」
考え疲れた柾は、シートに体を沈めて運転席に視線を投げた。
「琴枝さんのごはん美味しかったのに。出来たて食べられなくて残念だったね」
宗隆は昨日同様不機嫌そうに唇を引き結んでいる。
一瞬ちらりと視線を寄越して口を開いた。
「琴枝の事はさん付けで、私はアンタ、か?」
「そりゃそうでしょ。あたしの知りたい事は何にも教えてくれないですぐに居なくなっちゃうし」
「それだけの事で?私には名前を呼ぶだけの価値もなくなるのか」
「…何、拗ねてるんですか」
「拗ねてなどない」
語気を強めた宗隆に、柾は思わず唇をほころばせた。
「じゃあこうしましょ?私が知りたいことを教えてくれたら、名前で呼んであげます。まずは職業から。…どうぞ?」
「悪いがその取り引きには応じられない。君が知りたいこと全てを私が教える訳にはいかないからな」
「…ねえ、そんな人に言えないような仕事なの」
「仕事は会社経営だ。…だが君が知りたいのは私が何者か、という事じゃないのか?生憎だが、それを私が教える事は出来ない。君はそれを既に知っているはずだからな」
またそれだ。
昨日父はなんと言っていた?
『覚えてないの?』
やっぱり以前に会ったことがあるという事?
だけどこんなしかめっ面の偉そうな人、忘れたりするかな…。
「あら、お早いお帰りですこと」
「結局今日も、明楽さんはお仕事に呼び出されてあたしはおいてけぼりです」
「あらあら、困ったこと」
予想外に早い柾の帰宅を、琴枝は苦笑で出迎えた。
「今日くらいはゆっくりしていただけると思ったのだけれど」
「いつもそんなに忙しいんですか?昨日の夜も遅かったし、ろくに休息とれてないですよね…」
…だからあんなにいつも渋い顔をしてるんじゃないの。
そんな状態で柾をここに置いておく事は、彼にとって負担にしかならないのではないだろうか。
何しろ宗隆は、柾の学校への送迎まで請け負うといっているのだ。
「ぼっちゃまを心配してくださるのね。大丈夫ですよ。ぼっちゃまもいい大人ですからね。柾さんが気にする事はなにもないんですよ」
柾の考えを読み取ったかのように、琴枝はふんわりと笑って見せる。
「でも、もしぼっちゃまを気遣ってくださるのなら、優しくしてあげて頂戴。…あの方は柾さんに会うのをとても楽しみにしていたようだから」
…再会を、という意味なのだろうか。
何も思い出せない柾にはただ、頷く事しか出来なかった。