第4話
辿り着いた先に待っていたのは、控え目に言って豪邸と呼ぶべき洋館だった。
「…庭にプールが!」
「泳ぎたいのなら止めはしないが、今は冬だぞ」
テレビでしか見たことのない絵に描いたような豪邸に驚いて声を上げた柾に、宗隆は真面目な顔で応える。
「…今のは『お金持ちなんですね』という意味です」
柾は呆れて肩を竦めた。
宗隆はそれにも自信ありげな笑みで返す。
「何をわかりきった事を。私の妻になれば贅沢し放題だぞ」
何故そこで結婚に話が飛ぶのかよくわからないが、そもそも金持ちの考える事など柾の理解の範疇外である。
ともかく宗隆が独身なのは確からしい。
「…嫌みに聞こえなかったならなによりです」
すげなく言うと宗隆は心外、とでも言いたげに眉根を寄せた。
「贅沢に興味がないのか?」
「っていうか、あなたの妻になるのはあたしじゃないでしょ」
「…それは」
何事かを言いかけた宗隆を、しとやかな女性の声が遮った。
「おかえりなさい、ぼっちゃま」
重そうな木製の玄関扉を開けて、現れたのは古式ゆかしいエプロンドレスをまとった年配の婦人である。
ほぼ真っ白と言っていい髪は丁寧に巻き上げられ留められて、露になった耳許には銀色のクローバーのピアスが光る。
「あらいけない。宗隆様とお呼びしなければいけないのでしたわね。わたくしとしたことが…」
ぼっちゃま、と呼ばれた宗隆が渋面を作ったのに気付いた彼女はころころと笑って柾を見た。目尻に深く刻まれたシワが、温かみのある表情をいっそう強調するようだ。
「あなたが柾さんね。宗隆様からお話は聞いていますよ」
「…あ、はい。はじめまして」
「はじめまして。わたくしは稲村琴枝と申します。こちらのお家で家政婦として働いているのよ。どうぞよろしくお願いします」
そう言って、琴枝は深々と頭をさげた。慌てて柾も頭をさげる。
「こちらこそよろしくお願いします…っ」
顔を上げてから気がついた。
いや、よろしくお願いしちゃだめだろ。
…まだここに世話になると決めた訳ではないのだ。
二週間くらいの間自活できる程度の家政スキルなら柾にだって備わっている。
父子家庭六年は伊達じゃないもんね。
「琴枝、すまないが後は任せた」
「あらあら、落ち着かないこと。承知いたしておりますよ。お気をつけていってらっしゃいませ」
「え…!?」
驚く柾を他所に、宗隆はあわただしく車に戻ってしまった。呆気にとられて動けずにいる柾の背を琴枝が優しく撫でる。
「お忙しい方なのですよ。…さぁ、お部屋にご案内しましょうね。お茶の支度も出来ていますよ」