第13話
「思い出したのか?」
宗隆は億劫そうに口を開いた。
「…そもそも忘れてないから」
ベットの端に腰をおろして、柾は宗隆がレンゲを手に取るのを見守る。
宗隆は、驚いたように一瞬目を見開いた。
「…教えてくれればよかったのに」
粥を口にいれた宗隆は、熱さのためか顔をしかめる。
「六年も前の事を?俺にとって特別な出来事が、君にとってもそうだとは限らないだろう」
「…だから、ただ花言葉に想いを託したの」
声に出してから、柾は自分の言葉に違和感を覚えて口をつぐんだ。
想いとは?
どんな想いが込められているというのか。
…ちょっとあたし自意識過剰過ぎない?
自問自答する柾に何を思ったか、宗隆が小さく鼻を鳴らした。
「ちょっと、何で笑うの!?」
「…いや、そこに想いがあると思ってもらえるのならば、脈がないわけではないんだろうと…」
微笑んだ宗隆は、ゆっくりとした動作でその指先を柾の頬へとのばす。
「ずっと君に礼が言いたいと思っていた。…ありがとう」
宗隆の乱れた前髪の一房が額に垂れかかってくるりと巻いているのを、柾はただ見つめた。
頬に触れる男の指が酷く熱い。
けれどその指はほんの一瞬頬をかすめただけで、すぐに離れていった。
「…たかが飴玉ひとつでしょ」
「そうだな。だが、実をいうと俺はあの時低血糖を起こしかけてもいて、あの飴がなければちょっと困ったことになっていただろう」
「いい大人の癖して自己管理が出来てないにも程があるんじゃないの?…しかも全く成長してないし」
照れ隠しの早口で、柾は一息に言い切った。
「手厳しいな」
「本当の事だもの」
…今日だって、凄く心配したのに。
「…ねえ、もしあたしが本当にアンタの事覚えてなかったらどうするつもりだったの?」
「どうもしない。君の父上には既に話をつけてある」君が覚えていようがなかろうが関係ない」
「……ちなみに、父とどう話をつけた訳?」
レンゲですくった粥に軽く息を吹き掛けながら、宗隆は意地悪く笑った。
「聞いたらもう、後戻りは出来ないぞ」
「勿体つけないでよ」
「……君をめとりたいと」
「はぁ!?」
思わぬ大声が出てしまい、柾は慌てて口許を押さえる。
「驚くような事でもないだろう。君はもう婚姻可能な年齢に達している訳だし」
「それでお父さんはなんて…まさか無条件であたしを売った訳じゃないよね?」
「二週間で君を口説き落とせたら結婚を認めてもいいと…どうだ?」
「どうだって何が!?」
「今でなくても構わない。こたえを聞かせて欲しい」
冗談言わないでよ、と笑い飛ばそうとしたのに、宗隆の顔は驚くほど真剣である。
ひるんだ柾は思わず立ち上がって宗隆に背を向けた。
「二週間ならまだあと二日あるでしょ」
背後で宗隆が苦笑する気配がある。逃げるように戸口まで移動して、やっと振り返る事が出来た。
「…あたしもずっと気になってた。濡れ鼠の迷い犬が元気でいるのかどうか」
躊躇いがちに言葉にした、それが今柾に出来る最大限の告白である。
言うだけ言って、柾は後ろ手に扉を閉めて廊下へと出た。
「…迷い犬というのは俺の事だったのか」
故に、柔らかな笑みとともに宗隆が落とした呟きを、柾が聞くことはなかった。