始まりは森の中
爽やかな森林の香と、草が頬をそよそよと撫でる感覚で目を覚ました。目を開けた際に始めに見たのは青い空と、太陽光で透けてキラキラ綺麗な木々の葉っぱだ。それに加えて、爽やかで心地の良い空気にじんわりとした不安が広がる。
さっきまでは汗ばむ程湿度が高く、正に梅雨時のそれだったはずなのだけれども。
慌てて身体を起こし辺りを見渡す。私が倒れていた周辺は木が生えておらず、20畳ほどの小さな広場のようになっていて柔らかい草花に日差しが降り注いでいる。
しかしその周りは木々に囲まれておりそれ以上奥はよくわからなかった。規模はどうあれここは森の中らしい。
時折聞こえるバサバサという鳥の羽ばたきのような音と、風が草木を揺らす音以外はなにも聞こえない。
私は意識を失う直前のことを思い出そうとしていたが、どうにもはっきりしない。ただ、少なくともこんな場所で無かったことは確かだ。
暫く思案していたが、もしかして近くに誰かいるかもしれないという思いが頭をよぎり、私は助けを呼ぼうと声をだした。
「誰かいませっキャアァァァァ!?」
同時に耳元に聞こえてきた男性の声に思わず叫び声をあげた。
「誰!? 何!? え! 私!?」
パニックになりながらも男性の声は自分から出ていることに気がつく。同時に自身の身体が男性に変わっていることがわかった。
よく見ると服も自分のものではなく、髪も明らかに短い。全体を確認したくても姿を写せるものはない。出掛ける時いつも持ち歩いているものどころか何も持ち物はなかった。
(何これナニコレ!? 何でこんなことになってるの!?)
その時、ザッザッザッと何かが動く音が少し遠くから聞こえた。誰かいるのかもしれない。
「だっ……誰かいるんですか!?」
慣れない声に詰まりながらも後音のする方を向くと、人影が見えた。そしてこちらの声に答えるように徐々に近づいてくるのわかる。
「よかった! 助けて下さ……」
それが何かを認識する前に安堵感から近づいた足が硬直した。
茂みの向こうから顔をだした人のような何かは、明らかに人ではないように見えた。
髪はなく緑色の爛れた肌。顔に対して不釣り合いなほど大きく尖った耳。唾液塗れの口にギザギザした歯。その何かは嬉々とした咆哮をあげながら私を見て歪に笑う。
息が詰まる。ほんの少しだけ後ずさりした後は視線を逸らすことさえも恐ろしかった。
それは急激に距離を詰めて、棍棒のようなものを持つ手を振り上げ私に襲いかかってきた。
頭が真っ白になり無意識に右側によろけ尻餅をつく。それと同時に振り下ろされた棍棒が、私の左横をかすめて地面に叩き下ろされた。恐怖で声すらでない。2撃目のモーションを見て、私はそのままの姿勢で固く目を瞑った。
体感で数秒後だろうか? 肌に風圧を感じ、それと同時に先ほどの化け物の声であろう絶叫が響いた。
「大丈夫か?」
そう問われ恐る恐る目を開けた。
目の前には血塗れでピクリとも動かない先程の化け物のと、黒いフード付きのマントを被り仮面を付けた人物が私を見下ろしていたのだった。