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海からの風が

作者: 吹野藤

 波の砕ける音だけが、聞こえる。

 冬の海の音がする。

 北国の海のように荒々しくはないが、厳しさだけは潮風にのって吹き付ける。

 堤防に打ち寄せる波が、月明かりで白く牙をたてる。

 潮が引く瞬間のゴウという音が、魔物の遠吼えにも聞こえる。

 真夜中の海岸には、海の息吹以外の音は、何もない。

 ただひたすら寄せては返す波。そして風の音。


 堤防の先端に人影がある。

 真夜中には、しかも冬の真夜中には不相応な格好をした少年だ。

 帽子のひさしを後ろにかぶり、キャラクターのプリントされたTシャツに半ズボン。

 まるでさっきまで、セミでも追っかけていたような格好だ。

 堤防の先端にちょこんとこしかけて、手持ち無沙汰のように足をぶらぶらさせている。

 波のしぶきが、足先にかかりそうだ。

 なにをしているわけでもない。ただ堤防に腰掛けて、海を見つめているのだ。

 年のころは10歳くらいだろうか。親にしかられでもして、ちょっと家から飛び出してきたのだろうか。

 いつの間にかもう一つの人影が現れた。

 少年のすぐ近くだ。

 筋肉質な体格だが、年齢は老人といってもいいような風貌だ。

 猟師町によくいる、海焼けした顔に、タオルの鉢巻。長靴。一昔前までは、遠洋漁業にでもいっていたような、いまは浜で海藻やら、干物でもつくってそうな、そんな風貌だ。

 ねっからの猟師なのだろう。


「よう。ぼうず。なにしてるんだ」

「じいちゃんこそなにしてるんだい」

 お互いにニコリともするわけでもなく声をかけあう。

「待ってるんだよ。ばあさんを・・・」

「おいらはとーちゃんさ・・」

「そうか・・・・・」

 老人は少年のよこに腰かけた。


「坊主は、どうして死んじまったんだ・・」

「海水浴にきてたんだよ。もう30年くらいまえだけどね。おいらまだしっかり泳げないのに沖まででちゃっておぼれちゃったんだ。じいちゃんはどうしたんだい」

「わしは、5年ほど前に、ガンでな・・・」

「ふーん、じゃあとーちゃんと同じ病気かあ・・」

「親父さんはいくつだ」

「63かな・・今夜くるんだ。こっちに・・」

「ばあさんもやっと、今夜くることになったよ」

 急に風がやんだ。海鳴りも心なしか音が小さくなった。

「とーちゃんさ、ずうっと30年も後悔しつずけてたんだ。おいらから目をはなしたこと。おいらが死んじゃって、それが原因でかーちゃんとも離婚したんだ・・」

 はじめて少年の顔に悲しみの表情が表れた。

「おいらが悪かったのにね、自分せめなくてもいいのに、とーちゃんのせいじゃなかったのにね・・」

 二人はけっして目線をあわすことはせずに海をみつめつずけた。

「ばあさんは老衰だ。ちょうどいい歳だよ・・」

 老人は両切りのタバコに火をつけた。

「こんなわしだが・・よくつくしてくれたよ。若いじゅぶんには好き勝手して苦労をかけさせたのに、ガンでやられたときは最後まで面倒見つづけてくれた・・」

「仲よかったんだね」

「ああ・・」

 やっと老人もすこしやわららかな表情になる。

「もうすぐだ・・」

「うちもだよ・・」


「おじいさん。おまたせしましたね」

 柔らかな、そして暖かな顔をした老女が堤防にあらわれた。

「おう。きたか・・苦しまなんだか?」

「ええ。おじいさんのときは見てるのもつらかったですけど・・わたしは楽にこっちにこられましたよ。なんせ歳でしたから」

 皺のあいだから、ほっとするような笑顔をみせる。

「そうか・・やっと、またいっしょにおれるのう。とはいってもこっちでは時間なんてないんじゃが。おまえにゃ寂しい思いをさせたな」

「はい。やっと、ご一緒できますね」

 老女は老人をはさんで少年とは反対がわの堤防にこしかけた。


「たけし・・・・・」

 スーツ姿の男があらわれた。

「とうちゃん・・ずいぶん苦しかったみたいだね。」

「いや・・おまえが一人ここで逝ったときよりは、ましだったよ。」

 男は少年の頭をかかえて、抱きすくめた。

「あんなにおいらのことで苦しまなくてもよかったのに・・」

「おまえが、沈む直前に”とうちゃん”って叫んだ声が耳からずっと離れなかったんだ・・」

「ごめんよ、おいらが悪かったのに」

「ゆるしてくれるのか・・たけし」

「うん。だからこうして迎えにきたんだよ・・」

 やっと少年の顔に優しい笑顔があらわれた。

 男は少年のよこに腰掛けた。


「そろそろじゃのお・・・・」

 老人は、タバコを海になげた。

「うん。そうだね」


 ゴウと海がなった。ひときは大きな波が堤防に打ちつけた。

 海からの風が大きくひとつ吹く。


 堤防の先には闇が残った。




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