第7話 新しい装備
1/24(火)ギルドのランクシステムについて補足しました。
「じゃあまず、我ら≪あーちゃん親衛隊≫の初仕事としてクエストを受けるにゃ。ミストはどんな武器は使うにゃ?」
「武器を持ってません、先輩!」
「にゃに?」
俺はあーちゃんと、我ら≪あーちゃん親衛隊≫(笑)の初クエストの相談をしていた。
聞くところによると、ギルドも冒険者と同じくEランクからSランクまであるらしい。ギルドのランクはギルドとして活躍したり、ギルドの人数が増えたりすると上がるらしく、俺らのギルド≪あーちゃん親衛隊≫はEランクからの出発となる。
正直こんなしょうもないギルドが大成するとは思えないし、こんな名前のギルドが大成するならそれはそれでどうなの、という気分だ。
だが、俺は盗賊の知識を得るためにもあーちゃんに媚びを売っておくことは必要だ。俺はあーちゃんに媚びに媚びる。
「何で持ってにゃいのよ。もぉ~、しょうがにゃいにゃ~、後輩は~。私の短剣やるにゃ」
えへへ、と頭を抱えながらくねくねと動き、あーちゃんは俺に短剣をくれることを了承してくれた。なんてチョロいんだ。こんなおバカな子とギルドを組めたことを俺は誇りに思いたい。
「でも、ミストを盗賊にしたやつは一体誰にゃ? 短剣の一つもやらにゃいにゃんて……」
短剣をあげるのが当然かのごとく、あーちゃんが俺に質問する。あぁ、そういえば俺を盗賊にしてくれた人は盗賊の頭領だったからなぁ……、武器を授けるなんて初心者チックなことは忘れていたのだろう。
「僕を盗賊にしてくれた人は盗賊の頭領なんで、そういう所を失念していたのかもしれませんね」
俺が事実から導き出された推測を答えるとあーちゃんは――
「……? 今なんて?」
「え? いや、だから僕を盗賊にしてくれたのは盗賊の頭領だ、って…………」
「ぷっ……、盗賊の頭領がミストを盗賊にした……って……? ぷっ……あっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは、にゃぁーーーーっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは」
あーちゃんは、これでもかというほど笑いました。それは大層大層お笑いになっていました。冒険者ギルドの床を腹を抱えて転げまわり、まさに文字通り捧腹絶倒といった感じだ。
ちょっと止めて欲しい。他の冒険者がすごい顔でこっちを見ている。
「ちょっとあーちゃん、やめてよ。皆すごい冷めた目で見てきてるよ。ただでさえ恥ずかしいギルド名なんだから。盗賊の頭領がそんなにおかしい?」
俺があーちゃんに頼み込むように話しかけると、あーちゃんはさらに輪をかけて笑い出し、地面を叩いている。
「ミッ……ミストお前冗談は顔だけにするにゃ、ひーーーーっひっひっひ」
「む」
なんか途轍もなく失礼な言葉が聞こえた気がした。
「ミストお前新人じゃにゃいか。そんな新人に頭領が自分から話しかけるにゃんてことでも現実離れしてるのに、盗賊ですらにゃいやつを自分で盗賊にするわけにゃいに決まってるにゃ、にゃーーーーっはっはっはっはっは」
あーちゃんは笑いながらも理由を答えてくれた。まだ地面を転がりながら笑っている。本当にこいつどうしてやろうか。
それにしても、盗賊の頭領が自分から盗賊にするなんて、そんなにおかしなことなのだろうか。やはり俺が異世界召喚された人間だからという理由がそこにはついて回りそうだが、そんなにイレギュラーだったのか。皆こういうものだと思っていた。
「信じないならもういいって。早く起きてくれよ、本当周りの目が気になるから」
おもちゃ屋で買って買ってとごねる子供のお母さんの気分だ、俺は。
「あぁ~、笑わしてもらったにゃ……」
あーちゃんはようやく平常心を取り戻し、涙を拭いながらクエストについて再度話し合うことになった。
今までの人生でも、相当上位にくるほどの無駄な時間だったな。
■
「んじゃ、取り敢えずミストの実力を測るためにこのDランククエスト受けてみるかにゃ」
あーちゃんと俺はクエスト依頼掲示板の前で品定めもといクエスト定めをしていた。そこであーちゃんが手に取ったのは、Dランククエスト、≪翼大蛇討伐≫。
冒険者ギルドの窓口にクエスト依頼を出してきたあーちゃんはクエスト依頼掲示板の前に戻って来て、俺と共に、ウィングスネークの潜むという湿地帯に行くことに決めた。
■
「ふざけんじゃねぇぞ!」
俺があーちゃんと共に湿地帯への道順を確認し合っていると、唐突に冒険者ギルド内に怒声が響き渡った。
怒鳴り声の聞こえた方向に顔を向けてみると、臙脂色のフードを目深にかぶった男が≪冒険者関係≫の窓口で、ギルド職員のお姉さんに食って掛かっていた。フードの額には、ビールがなみなみと注がれたビール瓶に、金貨が三枚沈んでいるマークが刻印されている。
灰色のフードの額に、葉巻を咥えたライオンのマークが刻印された盗賊たちを彷彿とさせる。あれはやはりギルドの紋章を示しているのだろうか。
窓口のお姉さんは男に大声で怒鳴られ、困った顔をしている。
「またかにゃ……」
そんな男を尻目に、隣であーちゃんが小声で呟いていた。
「あれは……?」
「≪金酒≫の連中にゃ。ミストもあいつらには関わらにゃい方がいいにゃ。あのギルドの連中は金にがめついにゃ」
「ふ~ん……」
金にがめついギルドの連中、なら恐らくはあの男もクエストの報奨金に得心がいかず抗議している、といった所なのだろう。
少し集中して耳を傾けてみると――
「俺はクエスト依頼にあった薬草を持ってきた、っつってんだろうが!」
「ですが冒険者様、クエスト依頼の方は既に完了されていまして……」
「俺がクエスト依頼書を取らなかっただけだろうが! そんくらい良いだろ!」
どうやら、クエスト依頼を受けずにクエストを完了し、その報酬を求めている、といった様子だった。
なるほど、大方、たまたま見つけた薬草がクエスト依頼で依頼されていたな、ということを思い出し、持って帰って来たら誰かがそのクエストを完了していた、といった所だろう。
少し可哀想にも思うが、完全にこの男に非があるな。
あーちゃんも俺と同じことを思ったのか――
「ほら、ミスト。もう行くにゃ、ああいう輩はあんまり見ない方がいいにゃ」
「……うす」
そう言い、無駄に絡まれないよう、その場を後にした。
■
俺は、湿地帯に行く前に装備を整えるため、あーちゃんに武器屋装備屋を訊くと――
「何が欲しいんにゃ? 後輩」
「そうだな、出来れば顔を隠せるものが欲しいな」
「にゃら、あの店がいいにゃぁ」
あーちゃんが、この街でもまだ信用出来るという装備屋へ連れて行ってくれた。
俺は、あまり顔を公にさらしたくはない。まぁあれだけ冒険者ギルドで転がっているあーちゃんのそばにいた時点で結構な人間に見られた気はするがこれ以上は顔を晒したくない。
野畑や北も俺と同じくリビア王国から抜け出し、ここ、メタスラムに着いている、なんてことはないだろうからそこまで急ぐ必要もないだろうが、念には念を、だ。顔を隠して偽名を名乗ればさすがにあいつらとて、俺だと分からないだろう。
「それならこれがいいにゃ」
あーちゃんは俺の要望を素直に受け、まさにぴったりともいえるものを選定してくれた。それこそ―――
目出し帽。
……うん。まぁ、確かに顔隠せるけどさ……、俺がこの街に来てまず襲われたのが、目出し帽に葉巻を吸うライオンが刻印されて灰色のフードを被った集団だったし、そもそも目出し帽はダサい。
「目出し帽はちょっと……」
「そうかにゃ、じゃあこれとかは」
目出し帽をやんわりと拒否した俺に、あーちゃんは新たに顔を隠すものを選んでくれた。
目元あたりまで隠れるマフラーのようなものに、革で出来た黒のパイロットキャップ。パイロットキャップの額にはゴーグルがついてあり、ファーが各所についている。格好いい。なんて素晴らしい……。
顔はほとんど隠れるし、パイロットキャップもマフラーも黒で染め上げられており、ゴーグルをすれば目元すら大部分を隠すことが出来る。
……欲しい。
そんな欲望が口から漏れ出ていたのか、それを見つめる俺の気持ちを察したのか、あーちゃんが――
「買ってやろうかにゃ?」
とても魅力的な提案をしてくれた。
いや、だがよくない。なんでもかんでもあーちゃんに買わせるなんてこんなんじゃヒモだ。嫌われてしまう。俺は嫌われないために異世界を暮らしたいんだ。
でもちょっとだけなら……いや、でも……そんな風にうんうんと呻って考えていると、あーちゃんが足早にその装備品を買って来てくれていた。
「ほら、やるにゃミスト」
ん、とあーちゃんは俺に装備品を突き出した。
ヤバい、滅茶苦茶格好良い。
「俺が女なら惚れてたぞ」
「男のままで惚れて欲しいところにゃ」
あーちゃんは、俺の軽口に軽口で返す。何はともあれ、俺はあーちゃんから装備品を貰ってしまった。
これは本気で≪あーちゃん親衛隊≫に片足を突っ込んでしまいそうだ。早めにクエストをこなしてあーちゃんに、買ってくれた分の金額はきちんと返そう。
「ありがとう、あーちゃん」
「どういたしましてにゃ」
俺は、あーちゃんに対する好感度が急上昇した。
こうして装備品を整えた俺はあーちゃんに連れられ、ウィングスネークを狩るために、湿地帯へと赴いた。
湿地帯にはウィングスネークの他様々な魔物が生息しており、濃霧や沼などの自然トラップも存在しているらしい。
町の近くに魔物が生息する森があるというのも、中々異世界然としているな。
ようやく、俺の初めてのクエスト依頼の遂行を始めることが出来る。