第3話 盗賊の頭領
今回は視点がコロコロ変わるので注意してください。
1/14(土)主人公のステータスを下方修正しました。
1/21(土)プロローグ改変に際して、齟齬を直しました。
1/24(火)スキルにランクがあるのは煩わしいな、と思いスキルのランクシステムを廃止しました。
1/27(金)主人公のレベルを下方修正しました。
「何だよあれ……」
不意にそんな言葉が漏れた。
私はメタスラムとリビア王国とを繋ぐ、入り組んだ路地を闊歩していた。異質な何かがメタスラムに入ってこないように、と。
盗賊の頭領をやっていると頭の痛いことがよく起こる。とりわけ盗賊共は、見境なく窃盗や墓荒らしを繰り返す。その所為で、盗賊の人気も地位も名誉も地に失墜している。
路地を歩いていると、大勢で徒党を組んだ盗賊集団が、リビア王国からやって来た人間を襲っていた。またやっているのか、と止めるため近付いたが、襲われている男が異質の権化と言えるような存在であることに気付き、足を止める.
それは、盗賊の頭領をして警戒心を抱かせる程の異質さだった。
男は私の予想通りの異質さを以てして盗賊集団を殲滅し――それも手心を加え、一人も殺さずに――メタスラムへと歩を進めようとしていた。
何千、いや、何万人をも殺してきた殺人者のような、そんな深い闇を思わせる目を持った男に、私は問いかけるしかなかった。
「お前……何者だ……」
「……」
男は喋らない。今この瞬間にも私を嬲る算段でも立てているのかもしれない。
暫く間を置き、ようやく男は答えた。
「……ごく普通の一般人なんですけど……」
「ほざけ」
嘘をつくにも程がある。あんな盗賊の集団を無手で、それもスキルすら使わずに倒すような奴が一般人なら、私は盗賊の頭になんてなってはいない。この男には何を訊いてもまともな返事が返って来る気がしない。
――なら体に聞くしかないか……。
短剣スキル≪真空の刃≫
私は短剣を高速で振り、圧縮された空気の刃を射出する。
男は見えざる刃を肌で感じたのか横に飛び抜け、先程まで男のいた所に大きな裂け目が出来上がる。
男は出来上がった裂け目を見やると瞠目し、口をパクパクと動かしている。
殺すつもりはない。手心を加えたつもりではないが、これほどに異質な男ならば、この程度、何発かまともに直撃しても死にはしないだろう。そこで弱ったところを拿捕し、事情を聞き出す算段なのだが、これは演技か……? この程度の攻撃ならそこまで怯えることではないだろう。
演技か演技でないか、男は顔面を蒼白にし、私に懇願する。
「いや、本当に一般人なんですって! 信じてください!」
「ほざけ」
私は再度ソニックブームを射出する。が、男は怯えながらも二発目のソニックブームを避ける。
男は恐怖を張り付けたような顔で私に一瞥をくれ、逃げた。
「待て!」
私は男を追いかけながらもソニックブームを射出する。が、中々当たらない。
男は遂に腹に据えかねたのか、走り逃げながらも私に声を投げかける。
「すいませんすいませんすいませんすいません、僕本当は一般人じゃないです! 異世界召喚された異世界人なんです!」
「なに……?」
が、騙すにしては酷く信憑性の低い情報を提供された。
異世界人、全世界に伝わる伝説の存在。昔、戦争で荒れ果てた世界を救ったとされるリビア国の元国王が、お側仕えに書かせた冒険記。その冒険記に記載されていた言葉こそが――
今後いつの日か、異世界から英雄となる者が召喚される。
というものだった、
伝説の存在と言われる異世界人……それが……こいつ?
「話を聞いてやろう」
「ありがとうございます」
私は、異質な男に恐怖心、警戒心、そして高揚心のそれぞれの感情がない交ぜになった気持ちで、男の話を聞くことにした。
勿論、敵愾心を感じられれば、その場で拿捕する。
■
俺と同じ金髪碧眼に整った鼻筋、柳眉をした美しい女に、俺は襲われた。
だが、なんとか誤解を解いて、俺が異世界人だということを分かってもらえた。
正直、異世界人だということは誰にもバラしたくなかったが、この際仕方がない。殺されかけたのだから。あんなものまともに直撃すれば、人体がバラバラになってしまう。本当に、避けきれてよかった。正直、この女にはまだ警戒心しかないが、話も聞いて貰えず襲われるよりは今の状況の方が幾分かマシだろう。
女は俺の話した内容を信じ切れないのかうんうんと呻り、手を組んでいる。
「つまりなんだ、お前は異世界召喚されたが、勇者が嫌だから盗賊になりたいってか?」
「その通りです」
「アホか」
話を分かって貰えたと思ったのに、彼女の口から出たのは「アホか」の一言だった。因みに、虐められていたことは言っていない。言う必要はないだろう。
「異世界人ってのはこの世界を救う英雄って言われてんだぞ、そんな奴盗賊にさせれるか」
マジか、初耳だ。道理で俺が異世界から来たって聞いても驚きが少なかった訳だ。
最初は、以前にも多数の人間が異世界召還されてきたんだろう、程度にしか思っていなかったが、そういうことか。
「でも、異世界人が盗賊になって世界を救うのかもしれませんよ?」
「それは否めない」
「それに、異世界召喚された人ってもっと沢山いますよ」
「何いいぃぃぃ……!?」
女は驚きで上体を捩り、目を見張った。ちょっとリアクションがアメリカンチックだ。というか、さっき「盗賊にさせれるか」と言ってなかっただろうか。
もしかしたらこの女は他人を盗賊にする力をもっているのかもしれない。俺は多少の希望と期待を持ち、女に――
「もしかしてあなたは人を盗賊にさせることが出来るのですか? 僕を盗賊にしてください」
そう要望した。
当人の女は複雑そうな面持ちで俺に一瞥をくれ、またうんうんと呻り、暫く呻った後何か思いついたかのようにはっと顔を上げ、値踏みするかのような顔つきで俺に――
「お前、このステータスプレートに手をのせてみろ」
こう要求した。女の手には、鋼鉄製かと思われ、表面が丁寧に磨かれた薄いプレートが乗っていた。ステータスプレートということは俺の身体能力を測るということなのだろう。
俺は特に反駁する理由もなく、手をのせる。その様子を見た女はさらに渋面に顔を崩し、「なんなんじゃぁ……」と独り言ちている。美しい顔が台無しになるほどの可愛らしくないリアクションだ。
「体内の魔力がこのプレートに移すように意識しろ」
「はい」
魔力の操作方法は全く分からないが、血液を心臓から腕に移るように意識する。異世界に来たのだから、感覚で何とかなるだろう。
手中に意識を向け、腕の血液が沸騰するかのように熱くなり、刹那、ステータスプレートが青白く発光し、一瞬にしてプレートの表層に文字が彫られた。
いや、彫られたというよりは映った、という表現が正しいのかもしれない。
女はそれを見た後数分間もの間押し黙り、
「お前を盗賊にしてやろう」
俺を盗賊にしてくれることを認めた。
ようやく勇者の運命から抜け出すことが出来た、と俺はほっと息をついた。
■
嘘だろ……。
私は男のステータスを確認した後、暫くの間茫然自失としていた。
ステータス総合値は盗賊の加護を受けている私とほぼ同等で、この世界の救世主という異世界人だということも納得できるほどの数値だった。
――時は、数十分前に遡る。
立場上、様々な犯罪ごとの仲裁をすることのある私は、男が大量殺人を犯した戮殺者であると考えた。が、それにしては男は、のほほんとした呑気な雰囲気で私と対峙している。バカなのだろうか、それとも私の勘違いなのだろうか。
聞けば、男は盗賊になりたいという。このまま放っておいても戮殺者と思われる男が盗賊の街、メタスラムに入ってくることは間違いない。かといって、無抵抗の人間を――それも強力無比と伝説上で言われている異世界人を――この場で殺すとなれば間違いなく高ランクである私に嫌疑がかけられる。最悪手配書に載ってしまうかもしれない。それに、今目撃者がいないとも限らない。特殊な魔法を用いられ、殺人者を私と特定することも出来るかもしれない。今この場でこの男を殺すことはどう考えても下策でしかない。
ならば、この男の手綱を握り、もしメタスラムを脅かす異常者であれば私がこの手で殺す、そうでないなら盗賊として私の手足となってもらう。それが今とれる手段の中でも最善手であると、私は結論付けた。
「体内の魔力がこのプレートに移すように意識しろ」
そう考えた私は男にステータスの開示を要求する。
ステータスはこの世界で他者に教えてはならない情報の一つだ。生命線であるステータスを他者に教えるほどのバカはいない。ここで何の躊躇もなくステータスを開示するような奴なら異世界人である可能性が高ま――
「はい」
そう考えていた間にも男は何の躊躇もなくステータスプレートに手を乗せた。
むぅ……やはり異世界人なのか、『勇者は目立つ』なんて阿呆な理由で盗賊になりたいと上申する男が、この世界の伝説の救世主たる異世界人という可能性が高いことに少しがっかりする。しかし、私の長年の勘は、この男が危険な殺人者だという。どういうことなのだろう。
この国随一の冒険者大国と言われるリビア王国の元国王が書き残した冒険記。信憑性自体はかなり高いのだが、異世界人は私の想像以上に多いと聞いた。この男は外れなのかもしれない。私の勘が外れたのも異世界というイレギュラーだったからだろう。
あまり能力は期待出来なさそうだ……。
ステータスというものは、自己研鑽によっても向上するが、魔物などを駆逐することによっても向上する。駆逐し、相手の魔力を奪い取ることでステータスは大幅に向上する。もし、この男が異世界人を語るような道化でなく、殺戮の限りを尽くした者ならば、多量の魔力を奪い取り、高レベルであると考えられる。
異世界人の可能性は高いが、そうでない可能性もまた、存在する。
そんなことを考えながらも、男のステータスプレートを持ち上げ、透かしてみる。
「あ……?」
おかしなステータスが見えた。
氏名:篠塚 未来
職業:なし
レベル:3
筋力:2469
魔力:3015
魔力量:3452
耐久力:2416
敏捷性:3338
<スキル>
なし
レベルが3だというのは先ほどの盗賊集団との戦闘で得られた経験値なのだろう、それは分かる。あの人数を相手にしてこのレベルの上がり具合の少なさは今一不思議だが、レベルが一の頃の上昇具合なんてものは忘れてしまったから、これで正しいんだろう。どちらにせよ、異世界に来て即座にこちらに向かったという男の話も本当だと分かる。こいつは本当に殺人者ではなかったようだ。嬉しい誤算に、ほっと安堵する。が、このステータスは何だ。盗賊の加護を受けている私とステータスがほぼほぼ変わりない。
氏名:篠塚 未来
職業:なし
レベル:3
筋力:2469
魔力:3015
魔力量:3452
耐久力:2416
敏捷性:3338
氏名:ミラサ・メイティ
職業:盗賊
レベル:413
筋力:3012
魔力:2415
魔力量:2765
耐久力:3042
敏捷性:16517
私のステータスと、男のステータスを並べ、見比べてみる。
やはり、盗賊の加護により向上する敏捷性以外は、私と殆ど差異がない。異世界人がこの世界を救うというのも案外眉唾物でもないのかもしれない。
男の言っていることは全て事実であった。
もしかすると、この異世界人が盗賊になることで、盗賊の何かが変わるのかもしれない。
私はそんな一抹の希望を持ちながら、男を盗賊にすることにした。
漸く盗賊になれそうです。
次から少しずつスキルを覚えていく予定です。